第12話 強き思い
「うぉおっ!」
足裏で地面が爆ぜる。地術でも何でもなく、鬱憤を爆発させただけだ。今更脚が折れようがどうでもいい。
「うらぁ!」
見様見真似の『螺旋突き』。うねる大蛇の首元に刺又が食らいつく。腕が折れてようが関係ない。吸血の機構なんざ使い方を知らないので、力技で捻り上げるだけだ。
「おらぁっ!」
破城槌のような膝蹴りに、刺又の柄を強引に挟み込む。所詮は獣の知恵。狙いは見え見えだ。
「うぉっ…?!」
狙いは読めていても、その勢いまでは殺し切れない。骨までいかれた俺の腕では得物を保持できず、身体が天高く打ち上げられた。
上下逆さまになりながら、ちびっこい相棒のことを思う。あのとき機械竜に立ち向かったあいつも、同じような景色を見ていたのだろうか。…別れ際にああは言ったが、きっと今頃は冒険者を目指して頑張っていやがるんだろうな。
「はっ…」
場違いな思いに耽る自分を鼻で笑ってマントの留め具を外す。ふわりと広がって落ちていくそれは、この死闘の幕引きを表すかのようだ。
「…これで終いだ!」
重力の軛に引かれながら少し歪んだフォークを取り出す。人獣の視界を遮るマントを貫くように落下。
「だぁあっ!」
もはや意味のない絶叫とともに最後の武器を突き立てる。俺が持てる全ての力と思いを委ねた頼りない得物は、人獣の分厚い皮膚を確かに突き破り、鎖骨の近くの血管に届いた。
◇
「ぐぅ…」
受け身など取れるはずもない。衝突事故のような着地で俺の両膝は逆に曲がっている。無茶な一撃のせいで指の骨もばきばきだ。
気を失いたいほどの痛みだが、あの程度で仕留められているはずもない。涙を堪えて人獣に向き直る。
案の定、直立したままの人獣。肩から噴水のように出血しているが、その巨体は揺らいでいない。
思わず絶望しそうになるが、俺と目が合った人獣は怯えたように後ずさる。そのまま猫のように平服してしまった。
…何だ、それ。
歩み寄ってくる虎男たち。声を上げる間も無く口に突っ込まれる硝子瓶。まだ続きをさせられるのかと慌てるが、これはただの治療薬のようだ。
またたく間に引いていく痛みに鼻から安堵の溜息を吐く。人獣にいたっては、怪我の治療だけでなく、みしみしと音を立てながら元通りのおっさんに戻っていく。
どういう判定がなされたのか不明だが、ともかくこれで終わりのようだ。
◇
神代の治療薬とはいえ、死にかけの身体を元通りにするのは時間がかかるらしい。不気味な音を響かせる復元作業を待ちながら、これまでの戦いを振り返る。
最後の一合で発揮できた理外の力。あれは精神論で片付けられるものではない。腹の奥で渦巻いていた感情は、確かに魔力のような働きを見せた。
思えば、この魔術が使えない空間でも魔術具の類は正常に機能していた。魔力には、魔術として外界に発現させなくても何らかの使い途があるのかもしれない。そうであれば、ペトゥラさんの細腕に備わる異常な膂力にも説明がつく。
……もっと早く気付けば、こんなに苦労せずに済んだのに。
すっかり元通りになって寝息をたてるおっさんを見る。完全に絞め落としても効果はなかったのに、今はこの通りだ。
思い返されるのは、最後に見せた怯えきった姿。もしかすると、鍵となったのは「屈服させること、あるいは心を折ること」なのではないだろうか。
…こちらも気持ちの問題。帰ったらペトゥラさんに色々聞かなくてはならない。
そんな事をつらつらと考えている俺に、虎男がカードを差し出してきた。表の点数は一見しただけでは見間違いそうな桁数。計算していた配当金よりも多い。
延長戦を強いてきたあたり八百長はばれていたようだが、目一杯盛り上げたぶんのご祝儀だろうか。
ともあれ…
「これで二人ぶんの「自由」を頼む」
これで遺跡内を歩き回る自由とかだったら泣いてしまうが…そんなことはないよな?
「……あぁ、でも解放は明日…いや明後日以降にしてくれ」
明日は休養。明後日は大宴会だ。
◇
「失礼します」
丸一日の休息を終えて訪れたのはおっさんの居室。一応、俺に敗北を喫したおっさんだが、自由の身になったおかげか部屋を取り上げられることはなかった。
ちなみに俺は昨夜から隣の豪華な部屋を割り当てられている。
「おぅ、来たか。それでどうなったんだ?お前の大技を食らったあたりから記憶がないんだが……その様子では上手くいったんだよな?」
首を傾げるおっさんに策の成就と全裸で暴れ回っていたことを伝える。途中、完全に殺し合いをしていたが、まぁ細かいことは伝えなくていいだろう。
「…というわけで、これから宴会でもしようかと。もうお身体は大丈夫ですか?」
おっさんが腕をぐるぐる回してにっと笑う。
「もちろん大丈夫じゃなくても飲むぜ!」
だろうな、とは思っていた。まぁ本当に大丈夫そうなので、虎男たちに酒とつまみをどんどん注文していく。懐には余裕があるので、気になるものを片っ端からだ。
大量の料理を運んできた虎男たちに労いの肉を咥えさせて部屋から追い出す。
随分と長い時間を過ごしたこの遺跡、最後の宴は朝まで続いた。
◇
虎男に前後を挟まれて歩く俺たちの背には神代遺物のでっかい背嚢。異様に伸びる素材で出来ており、中には土産物がぎっしり入っている。
「自由」の意味は行動範囲が広がるだけ、というような嫌がらせもなく、出口らしき場所に導かれている最中だ。
「なぁ、お前はここから出たらどうするんだ?」
おっさんが振り返って問いかける。
とりあえずは、知り合いたちに無事の報告と事情の説明。そのあとは今度こそゆっくり休暇をとるつもりだが…
「報告と事情説明か。……聞きそびれていたが、お前は一体何者なんだ?」
べつに何者でもない駆け出し冒険者だが、言っていなかっただろうか。隠すことなど何もないのでそのままの身分を伝えるが、おっさんは意味深に頷く。
「駆け出し冒険者って……まぁお前がそうしたいなら、それでいい。恩人だしな」
どうやらまた何か齟齬が生じているようだ。訂正しようとするも、その前に先頭の虎男がぴたりと立ち止まった。
「でっかい昇降機…」
これまでで最大の広さを誇る円形の大広間。その中央には、孤島の遺跡で見たものよりも遥かに長大な透明の筒が備えられている。無限に続くかと思われるほどの高さ。
……今いる場所は一体どれほどの深さなのだろうか。
筒の前に辿り着くと、その壁面の一部が音もなく開いた。ここから乗り込めということなのだろうが…
「あ、これは返さなくていいのか?」
虎男にカードを差し出す。土産物の大量購入で点数はかなり目減りしているが、まだそれなりには残っている。地上に持ち帰っても使い途はないので、こいつらにくれてやろうと思ったのだが…受け取る様子はない。
その代わりに俺の腕を掴んで宙に釣り上げる虎男。いじめるつもりではなく、何やら腕輪を弄りたそうだったので、しばらくそのままぶらぶらと揺すられておく。
やがて作業が終わり、乱暴に床に放り出される。何をしたのか確認してみると、真珠色の腕輪に二つ目の星が輝いてる。意味は分からないが、頑張ったご褒美のつもりだろうか。
俺たち二人が筒の内部の床に立つと、開口部はまた音もなく閉じた。虎男たちとはここでお別れらしい。透明の壁越しに手を振ってみると、鋭い爪も同じように振り返される。……最後までよく分からんやつらだ。
円形の床が音もなく、しかしとんでもない速度で上昇を始める。
◇
「何が駆け出しだ。二つ星じゃねえか」
初体験の移動方法に少し慣れ始めた頃、おっさんが小さく悪態をつく。腕輪の星のことなんだろうが…
首を傾げる俺に、おっさんが片眉を上げた。
「…何だ、本当に分かってないのか?」
おっさんが説明するところによると、冒険者が名乗る星の数は腕っ節などを指すのではなく、所有する「鍵」の星の数を示したものらしい。
「鍵」と呼ばれる遺物は腕輪に限らず様々な形で遺跡に残されており、遺跡探索を主とする冒険者なら大抵どこかで手に入れているそうだ。その「鍵」の星の数が多いほど遺跡の深部まで潜ることが出来るので、星が多い鍵を持っているほど腕がいい冒険者であるとのこと。
……中には「鍵」も持たずに腕っ節だけで星付きを名乗る冒険者もいるそうだが、陰でえらい笑われてしまうらしい。
「俺のは、これだ」
おっさんがごつい首飾りを掲げる。逆三角形の飾りには輝く星が三つ。似合わないものを着けてるなと思っていたが、「鍵」だったのか。
そんな事を話し合っているうちに、いつしか側面の壁が透明の謎素材から剥き出しの土に変わっていた。
ここならもう魔術が使えるかもしれないと思い、試しに風術を行使してみる。
「おい、待て!」
井戸の中のように土壁に囲まれた縦穴。まだまだ先だが……完全に行き止まりなっていやがる。
この速度のまま上昇を続ければ圧死は確実。おっさんも不穏な空気に気づいたのか、頭上に向けて拳を構えている。…いや、それでどうにかするのは無理だろう。
地下空間に野太い悲鳴が谺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます