第8話 運命を賭す

 俺には無理でも、あのおっさんなら解放の夢が叶うかもしれない。急いで報告に行こうとするも、廊下に立ち塞がる虎男に止められてしまう。ベッドを指し示す刺又。

 残念ながら、もう本日の外出は認められないらしい。


 しぶしぶベッドに身を投げると満足げに頷く虎男。俺を攫った張本人だが、だんだん憎めなくなってきている。何くれと世話を焼く姿はまるで母親のようだ。

 …最近めっきり思い出さなくなっていたが、家族は元気だろうか。


 …やはり帰還を諦めるわけにはいかない。とりあえずは、明日の試合だ。

 おっさんの籠手の使い心地を確かめ始める。


     ◇


 本日の相手は剣士だ。こいつの得物もなかなかの業物のようだが、おっさんの籠手はそれを上回った。

 刃を昆虫の甲殻で受け止めて、逆の手で影人間の握り手を打つ。俺の狙いはまたも武器奪取だ。


 浅い打撃を地道に重ねれば、影人間は根負けしたかのように剣を取り落とした。すかさず峰を蹴り飛ばす。


 僅かな距離のかけっこは俺の勝利。ようやく手にした得物を肩に担ぎ、間髪入れず哀れな影人間に襲いかかった。


 その後は一方的な展開。影人間は武器の再奪取を試みるも、剣術に拳打を織り交ぜる俺の攻めにあえなく沈む。


 地面の染みに剣を突き立てて息をついていると、観覧席におっさんの姿が見えた。わざわざ応援に来てくれたらしい。

 感謝を込めて空いたほうの手を振るが、おっさんは無言で去って行く。

 「自由」のことを伝えたかったのだが…まぁ、後で部屋に行けばいいだろう。


 決着を見届けた虎男が歩み寄って来たので、ふと思い付いたことを聞いてみる。


「なぁ、この剣貰ってもいいか?」


 上目遣いのおねだりは不発で、間髪入れずに奪い取られた。


     ◇


 自室で身支度を整えてからおっさんの部屋に向かう。風呂も着替えもないので汗まみれのままだが、相手はおっさんなので構わないだろう。


 虎男をお供におっさんの部屋を訪れると、いささかしょぼくれたように見える獅子顔が迎え入れてくれた。何があったのが知らないが、俺の話を聞けば元気になるはずだ。

 挨拶もそこそこに捲し立てる。


「朗報です!脱出の方法が分かりました。実現は困難ですが、貴方なら不可能ではないと思います」


 切り出した話題に、億劫そうなおっさんもさすがに興味を持った。応接セットに座り俺の説明を黙って聞く。


「なるほどな。…しかし、百万か。とにかく戦いに勝ち続けりゃいいと思ってたから、俺でもそんなに貯めてねぇぞ」


 やはり第二階級は一勝で一万点貰えるらしいので、一年近く戦い続けているおっさんならそれなりに貯まってそうだが……酒かよ。

 予想はあながち外れていないようで、俺のじとっとした視線から逃れようとするおっさん。


「まぁ、まともな方法で百万も貯めるのは無理だな。……賭けに出るしかねぇな」


 命なら毎日賭けているが、さらに何か危険を冒すということだろうか。何とも不穏な話だが、手段があるのなら聞いておきたい。


「どうするんですか?……虎男たちの物資保管庫でも襲いますか?」


 あー、と唸り、がりがり鬣を掻き毟るおっさん。


「いや、そういう事じゃない。……説明が面倒だな。明日の試合が終わったら、また来いよ」


 何とも煮え切らないおっさんの態度にやきもきするが、日を改めたほうが良さそうだ。

 飯をご馳走してくれる様子もないので、大人しく自室に戻ることにした。


     ◇


 短剣使いの影人間を倒した俺は、今日もおっさんの居室を訪問する。早速、部屋に入ろうとする俺を、おっさんは押しとどめた。


「いや、場所を変えるぞ」


 それぞれの担当の虎男を連れて廊下を歩く。先日の豪華な部屋も通り過ぎて辿り着いたのは、試合場を見下ろす観覧席だった。

 眼下では双剣使いと弓使いがやり合っている。俺たちが戦っていない間は、影人間同士で試合を繰り広げていたらしい。


「あぁ、ちょうどいいな。……おい、アレ出してくれや」


 席に着きながら背後の虎男に頼み事をするおっさん。

 虎男が何処からともなく取り出したのは一枚の金属板だった。何だろうと思っていると、もう一匹の虎男が俺に同じものを手渡す。


 まな板ほどの大きさの金属板。左右がそれぞれ金銀に装飾されており、光る文字で1.8と2.2と描かれている。側面にはちょうどカードが差し込めるような切り込み。

 眼前の試合と見比べれば、自ずと意味を理解させられる。


「賭ける…って、そのまま博打っていう意味だったんですね」


 これまでの戦いを通じて何となく訓練所にいるような気分になっていたが、ここは賭場だったらしい。礼拝堂にあった「幸運」「富」といった記述は、悪趣味な見世物を楽しむ神代人に向けてのものだったのだろう。

 戦う以外に点数を稼ぐ術があったのは僥倖だが…随分と渋い倍率だ。


「わかったみてぇだな。そこの切れ込みにカードを差して、賭ける相手と点数を虎野郎に言えばいいんだ。まぁ黒いの同士の試合に賭けても面白くねぇが、運が良ければ稼げるだろう」


 たしかに上手くいけば稼げるだろうが…影人間同士の試合では予想も難しい。


「人間の試合にも賭けられればいいんですけど…」


 俺の呟きに目を逸らすおっさん。……もしや、昨日機嫌が悪かったのは?!

 薄情なおっさんに噛み付こうとするも、慌てて話題を変えられてしまった。


「ちなみに自分の試合にも賭けられるぞ。その場合は自分の勝ちのほうだけだが。力量差がある昇格戦なら結構な倍率になるから、そこで大勝負するのもいいかもな」


 そんな無茶はしたくないし、そもそも昇格戦は何度も行えない。百万点に到達するには一体どれだけ綱渡りをこなさなければならないのか…


 そこまで考えたところで、俺の脳裏に電撃が走った。


「……そういえば、以前に昇格戦で人間の相手をしたって言ってましたね?」


 狙い通り話題が変わった事に喜ぶおっさんが頷く。


「おう。あのときの俺は第三階級への昇格戦に負けた直後でむしゃくしゃしててな。むかつく騎士が相手だったから、存分にぼこぼこにしてやったぜ」


 おっさんの武勇伝にも何気に重要な情報が含まれている。……これは、いけるかもしれない。

 ここには虎男たちの耳があるので、今おっさんに俺の閃きを伝えることはできない。このまま賭場で遊んでいくらしいおっさんを残して自室に帰った。


     ◇


「…さて」


 テーブルの上には無駄に高性能な筆記具。これまでに得た情報を整理して、俺の運命を賭した企みを煮詰めていく。


 俺が閃いたのは、もちろん八百長試合。第二階級への昇格戦でおっさんに当たることができれば実現可能だ。とはいえ、いくつか課題はある。


 まずは、上手くおっさんと当たれるかどうか。おっさんが挑戦を受ける側に立ったのは自身が昇格戦に敗れた直後の一戦だけ。

 …情報が足りないので確かなことは言えないが、勝ち星ゼロが昇格戦の相手に駆り出される条件だと推測する。俺たちが昇格戦と呼んでいるものは実際には入れ替え戦で、下の階級の最上位と上の階級の最下位が対戦するということではないだろうか。

 いずれにせよ、自分に賭けるのは試合開始直前まで可能らしいので、昇格戦でおっさんの姿が見えなければ次の機会を待てばいいだけ。気長に構えるのなら問題にはならない。


 次に、種銭。先ほど虎男にそれとなく確認したところ、点数の譲渡は不可だが交換した物品の受け渡し可能とのこと。受け渡しできるのは形があるものに限らず、例えば治療の費用を肩代わりすることなども出来るらしい。……ここまで身振り手振りでやり取りするのは大変だった。

 つまり、俺が元手を全て自力で用意した上で、俺とおっさんの二人ぶんの自由を買い戻さなければならない。なかなかに厳しい条件だが、権利の譲渡が可能で助かった。俺の勝ちに賭けられないおっさんに八百長で負けてもらうには、あちらにも利がなければならなかったのだ。


 最大の問題として、虎男たちに八百長が露見する危険性が残っているが……そちらはやってみないとわからない。せいぜい、全力で死闘を演出するぐらいしか対策はないだろう。


「種銭か…」


 目下の課題は種銭。おっさんの経験によると昇格戦の倍率は10〜20倍程度になるらしいが、二人ぶんの自由を買い戻すには最低でも十万点の元手が必要だ。一勝あたり千点の第一階級でそれだけ貯めるのは、不可能ではないとはいえなかなかに辛い。

 何かもう一手欲しいところだ。


 一度裏道を見つけてしまえば、もうまともに頑張る気にはなれない。明日に備えて身体を休めるのも忘れて、頭を捻り続けた。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る