第10話 怪しい男


「うーん、まずはどう調べるか」


 マンション前のベンチで俺は腕組をして考えていた。

 十人以上殺して警察に捕まっていないのだ。犯人は相当計画的で慎重な男に違いない。下手に動いて犯人に感づかれれば証拠を消されるかもしれん。

 まずはゆっくりと大家の住所を調べてみよう。

 なにせこっちには幽霊という頼もしい味方がいるのだ。貞代たちは地縛霊だからここを離れられないが、幽霊なぞ探せばどこにでもいる。

 彼らと交渉して大家の家を調べて貰えば一発だ。俺がそう考えていると、ベンチの足元に影が差した。


 誰だと思って顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。年齢は二十代半ばといったところだろうか?

 値の張りそうなブランド物を身に着けた男で、ニコニコと笑っているがその目には温かみがまるでないまるで肉食昆虫のようだ。


 何だこいつは?

 一体何の用だと思っていると、服部さんの呟きが耳に届いた。



「お、大家さん……」



 なんだって!? じゃあこいつが葛森とかいう容疑者候補か!? 内心身構える俺に向かって、葛森がにっこりと笑いかけてきた。



「やぁ! 君が鳥塚玲也君だね?」


「えぇ、そうですけど……あなたが大家の葛森さん?」


「おっと、服部さんから聞いたの? 確かに俺が葛森さ」



 にこやかに微笑む葛森。その笑顔に俺は嫌なものを感じた。こいつの目的は何だ?


「それで、俺に何か御用ですか?」


「うちのマンションに入居した新入りの様子を見ておきたかっただけさ」


「それだけのためにわざわざ来たんですか?」


「そうさ、だって君の部屋は事故物件だろう? 何か異常がないか気になってねぇ。俺はまったく信じてないけど幽霊なんて信じる奴っているだろ? 幽霊を怖がるなんて俺には理解できないよ」



 平然とそんなことを言う葛森。やはりこいつは胡散臭いな。顔つきは穏やかだが、目元が全く笑っていないし。おまけに薄気味悪いオーラを纏っている。まだ証拠は掴んでないがこの男はクロだろうな。


「ところで君、さっきまで服部さんと何を話していたんだい? 気になるなぁ、ちょっと教えてよ?」


「別に何も……ただちょっと世間話を、幽霊っているのかなって話をしてただけです」


「幽霊なんているわけないじゃん! 死んだらみんな土に帰るんだよ? 鳥塚君って面白いなぁ!」



 俺の言葉が笑いのツボにでも入ったのか葛森は腹を抱えて笑う。

 しかしこれは好都合かもしれない。葛森は俺たちの会話に興味津々みたいだし、今なら簡単に情報を聞き出せるか?

 そう思って口を開こうとした時、葛森が呆れたように小さく肩をすくませた。



「そもそも幽霊なんて何で怖がるのかねぇ? 出たとしてもまた殺してやればいいってのに」


「……っ!」


 葛森の呟きに隣の服部さんが声のない悲鳴を漏らす。だがそれも仕方のない話だ。なにせ一瞬とはいえ、葛森の出した邪念と呪詛は俺でも身構えるほどだったしな。

 しかし葛森とか言う男、明らかに霊能力はないのにこれだけの呪いを纏うとはな。

 こいつ一体……? もしや呪いにでも手を出したのか?

 いつでも動けるように身構えていると、葛森はブランド物の腕時計を見て顔色を変える。



「いやぁ、久々に笑った! さて、鳥塚君の部屋には問題なさそうだ。俺はさっき急な仕事が入ったんでね、この辺で失礼するよ」



 葛森は口の端を持ち上げて歪な笑みを浮かべると、俺たちの返事を待たずに葛森は去って行った。


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