引越しの理由 其の二

残業を終えてマンションに戻った時でした。



私の部屋は6階の角になるので、エレベーターを降りてそちらを向くと、部屋のドアが見えるんですが。


ドアの前くらいに、小学生くらいの女の子が膝を抱えているのが見えたんです。


夜の照明なんで薄暗くはあるんですけど、まあそういうのが見えて。

壁にもたれかかってて、こちらに対しては横向きですね。

通路をちょっと塞いじゃってまして。

どこの子かな?とは思いつつ、もう夜の10時は回ってましたから。

違和感はありましたけど、歩きながら普通に声をかけたんですね。

「ごめんねぇ、ちょっとどいてくれる?」って感じで。

そしたら何も言わずに俯いたまま立ち上がって、タタタッって駆け出したんです。

それで私の横を通り過ぎて、エレベーター向こうの階段の方に走っていくのを、振り向いて、見送った形になりますね。

あれ、階段って使用禁止になってなかったっけ?って思いながら、自分の部屋の方に向き直ったら




後ろ向きで、その子がドアの前に立っているんです。




あ、人じゃないって思いました。




そしてその子が、ゆっくりとこちらを振り向き出したので。




今度は私が、踵を返してダッシュしました。




エレベーターで慌てて降りて、その日はビジネスホテルで一晩過ごしました。

翌日は休みだったので、真っ直ぐマンションの管理人室に向かって、昨晩のことを説明して、何かあるんでしょうって言いに行きました。

その、告知義務?とかあるじゃないですか。

そういうことがあったならあったで教えて欲しいって、問い詰めたんです。


「ご存知の通りウチはいわゆる築浅ですよ。何もございません。申告義務についても承知していますから事故等、あればですが、事前にお伝えします」

「でも私の部屋の前でたしかに幽霊みたんです。女の子ですよ」

「女?4階のベランダの女ですか?あなたは確か6階にお住まいですよね?」

「女じゃないです女の子です。走ってエレベーターを抜けて…お、女?」

「エレベーターに出るという男の件なら解決しています」

「違います、エレベーター向こうの階段の…エレベーターにも出るんですか?」

「階段でしたらおばあさんを見たという方が多いので、現在は使用禁止にしてますので問題ないと思いますが?」

「え?」

「え?」

「…」

「…」




少し、管理人さんと見つめ合って。




もういいです、と言って。




その日のうちに解約手続きと引越しの準備に取り掛かりました。





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