ストイック

中学の時の友達で、エロいことにストイックなやつがいたんです。



とにかくストイックで。

小遣いのほとんどをエロ本やらエロビデオやらに使ってしまうんですよ。

でもまあ、普通の家に住んでるやつなんで。

コレクションが部屋に収まり切らなくなってきたんですね。

当時はVHS、ビニ本の時代でしたから。

なもんで、僕の部屋だったり、他の友達の部屋にそのコレクションの一部を保管(貸し出しも兼ねて)していたんですけど、いよいよそれでも収まらなくなるくらいに膨大な量になってしまったんですよ。


それで彼はどうしたかっていうと、想像の中にお気に入りの映像を保存しようとしたんですね。


好きな女優さん、好みのシチュエーション、フェイバリットなロケーションやプレイの全てを記憶して、目をつぶれば脳内再生されるように自分を訓練しだしたんです。

それがまあ、うまくいったみたいで。

たまに記憶を補強するのにビデオを見たり本を開く程度で、概ね自分の脳内に収めることができたということで、彼は歩くエロに成り果てました。

そしてとうとう、時間も場所も選ぶ必要がないくらいに、その映像や画像の再生力を高めてしまったんですね。

つまり、自分が住むマンションの隣の部屋に好みの女優さんが引っ越してきた、というような映像(妄想)を思い浮かべることができてしまったり。

良く通りがかる公園にタイプの女優さんが、偶然を装って現れるということまで想像(妄想)できるようになっていきました。

天才的な馬鹿野郎でした。

さぞ充実した日常を送っていることだろうと思っていたある日、その彼が浮かない顔をしていたんで。

「何事も過ぎたるはオヨバザール♪」って声をかけたら


「違うんだ」と。


彼が言うには


「ノイズが入る」と言うんですね。


いつものように、目をつぶって想像(妄想)の翼をはためかせていたんだそうです。

近くのコンビニの店員さんがもしああだったら、的なのを想像していたら、その店員さんの後ろに誰かが立っているような映像が見えるようになったんだそうです。

ん?と思って集中力が途切れて、甘い映像が見えなくなってしまうんだそうですが、そういうことが続いていると言うんですね。

ある時は、いつもの公園を舞台に想像(妄想)していたら、噴水の中からこちらを覗く顔が見えるようになってきた、とか。

またある時は、川をテーマに訓練していたら、川向こうに佇んでこちらを見つめるおじさんが見えるようになってきた、とか。

そして最近では、妄想(妄想)してないのにそういうのが見えるようになった、と。



どうやら彼に、霊感が備わってしまったっぽいんですね。



日々習慣的に妄想していたことが、そういう訓練になっていたようなんです。



まさか。

と、最初は僕も疑っていたんですけど、彼の言う「ノイズが入る」場所に、心当たりがあることを思い出しちゃって。


彼が妄想したコンビニには、監視カメラにだけ映る女性がいるという話があること。


彼お気に入りの公園は夜になるとデートスポットになるんですが、そこではカップルにしか聞こえない誰かの声というのが噂になっていること。


そして、彼が座っていた土手のそばを流れる川では、水難事故が絶えません。


彼はそのテの話には興味がなく、噂のことも知らなかったようです。

ですが、知らないのにそうした噂と符合するようなことを言ってくる彼が、ちょっと怖くなってきたので。

一応彼には、偶然じゃないかといさめようとして言葉を選んでいたんですが、そんな僕に、彼は首をひねりながら



「もしかしたら近いうちに川で、事故が起こるかもしれない」



と、ぽつりと言って教室に戻って行きました。



まさか。

と思っていたんですが、その二週間後。

彼の言った通り、酔っ払った男性が川に落ちて水死するという事故が起こりました。



事故について彼に聞いてみたんです。

どうして分かったのか。

彼は「わかったというわけじゃなくて」と前置きしながら、いつもは川向こうでこっちを眺めているだけだったおじさんが、その日はしゃがんで川を眺めていた、と。




にやにやしながら。




と、言っていました。

いつもと違う見え方だったから、もしかしてと予想をたてただけだと。

彼は「別に必要のない能力だよね」と、ため息をついて教室に戻って行きました。




それからも彼は、エロいままで中学を卒業していきましたが、もう妄想や空想はしたくないと言っていました。

まだ見えるの?と、卒業してから少しして会った時に聞いたんですけど、もう見えないよとは言っていました。




けど、二人で喋っているのにふと、少し高いところや、誰もいないところを見つめている瞬間があるので、たぶん、見えちゃってるんだなと思います。





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