神隠し
大学の友達と飲んだ帰りのことです。
就活に悩んでいる友達に付き合って飲んでたんですけど、色々と相談にのっているうちに深い時間になってしまって、歩いて帰りました。
友達も途中まで方向が同じだったので一緒に歩いてたんですけど、別の話で盛り上がっちゃったんですよ。
このまま終わるのもなんか、もったいないってなって。
途中の神社で一服しようってなったんです。
夜でも参詣できる所で、ライトアップというか結構明かりが灯っている神社だったので、自販機で缶コーヒー買って向かいました。
石段を登ってベンチに腰掛けて、結構しゃべってましたね。
ちょうど今頃の、暑くなってきた季節だったと思います。
酒と歩きで体がほてってたので、境内を流れる夜風に気持ち良さを感じてました。
缶コーヒー飲み終わったんでゴミ箱に捨てに行ったら、友達はベンチからフリースローしてて。
まあ、入るわけないんですよ、投入口が缶の形に丸くなっているゴミ箱ですから。
カァンと響く音をたてて空き缶が弾かれたので、はいもう一回ね〜と僕が空き缶を拾いにいったんです。
それで、友達に渡そうとベンチの方を振り向いたら
友達の首から上がなくなってました。
そして少しずつ、胸、腹と消えていって、全身が消えてしまいました。
ゆっくりと消えていく友達を、呆然と眺めてました。
信じられないものを見た時、人って本当に「目を疑う」んですね。
少し神社内を探し回りました。
どこかにいるんじゃないかって思って。
でも、友達どこにもいないんですよ。
神隠し、ってやつかこれ?
そんなことがようやく頭をよぎり、とりあえず警察に通報しようと思ってスマホを見たんですが、電池切れらしく起動しません。
とにかく神社を出よう。
たしかこの先にコンビニあったからそこで警察を呼ぼう。
そう思って石段を駆け下りようとしたんですけど
真っ暗なんです。
まるで洞窟の中に石段が続いているみたいに真っ暗で。
街灯に照らされた綺麗な石畳があったはずなんですよ。
すごい怖かったんですけど、とにかく道路に出て、道沿いのコンビニを目指そうと思って、手すりを手がかりに石段を降りて行ったんですが
今度は石段が異常に長いんです。
ものの2〜3分で登れる程度の石段が、降りても降りても下に辿り着きません。
いつの間にか、神社も見えなくなっていました。
真っ暗な闇の中に飲み込まれてるんです。
これは何か、異常な事態になったのは間違いない。
友達ももしかしたら…
そう思ってとにかく急いで石段を降りました。
体感としては30分くらい降りてた気がします。
降り終えるとそこには、石畳も駐車スペースもありません。
山の中腹みたいなところに出て、一面草が生い茂っていました。
スポットライトのような強い光がさしているので、手をひさしにして見上げると、真っ黒な空に月蝕みたいに白く縁取られた巨大な黒い月?が浮かんでいます。
真っ黒な空は地面に近づくにしたがって赤や黄色やピンク色がマジックアワーのように揺らめき、黒一色の地平線を形作っていました。
空も、山から見下ろせる下界も、真っ黒。
人の営みが感じられない景色が怖すぎて、早くこの場所から離れたいと思い、僕は山を降りていきました。
本当に不気味なところでした。
かろうじて通れるような獣道を、草を踏み分けながら降りていったんですが、その両脇はお地蔵様?みたいな石像が無数に立っているんですね。
僕より大きいものや足首くらいのもの、サイズが色々の石像が乱立していました。
石像と目を合わせないように降りていくと、今度は白と黒の玉砂利を敷き詰めた道に出て、その先には白と黒の鳥居が交互に連なっていました。
鯨幕のように並ぶ鳥居をくぐっていくと、ようやく道に出ました。
土を踏み固めたような道を挟んだ向こうは、黒々とした森が広がっていて、後ろの山からも前の森からも、なんとなく嫌な気配がして。
とにかく止まらない方がいいだろうと思ってあたりを見渡すと、鳥居を背にして右に進んだ先の方に、うっすらとですが光が見えました。
もう、なんでもいい。
すがる思いで、その光を目指して歩いたんです。
緩やかな登り道を汗だくになって歩いていると、光の正体が分かりました。
公衆電話でした。
道の途中、草むらの中に廃屋があり、その隣に緑の公衆電話があったんです。
小さなボックスの蛍光灯にたかる虫を払いながら扉をあけてはみたものの、10円もないし、何よりスマホが動かないので自分の番号しか分かりません。
せめて警察にと思って電話機をいろいろ眺めてみると、「緊急通報」と書かれた赤いボタンがあったんで押してみると、ツーという音がしだしたので、110番に電話することができました。
コールして間もなく電話口に出た警察官は
「あーはいはい、分かりました。迷われましたね」
と、開口一番に言ったんです。
どうして迷っているのがわかったのかその時は気付かず、とにかく怖かったのと、人の声が聞けた安心感でテンパってしまって。
そうなんです、すぐ助けに来てもらえますかって事の経緯をまくしたてました。
警察の方は
「事情はわかりました。
今お使いの公衆電話の場所は分かりますので、迎えを出します。
少しの間、そこで待っててもらっていいですか」
と、丁寧に対応してくださったので、分かりました、と電話を切りました。
15分ほど経ってからだと思いますが、自分が歩いてきた方から赤いパトランプが見えてきて、パトカーが一台止まりました。
眼鏡をかけた40代くらいの、ベテランっぽい警察官が助手席から降りてきまして、どうぞ乗ってくださいと後部座席に誘導してくれました。
運転席の若い警官も心配そうに僕をみつめています。
とにかく一安心だと思って、座席に座るとパトカーは走り出しました。
僕は改めて事の経緯と、友達が急に消えてしまったことを話しました。
助手席のベテラン警官は、そうですか、でも大丈夫だと思いますよと、にこやかに対応してくれて、なんだかホッとしてしまって。
そのまま僕は眠ってしまったみたいなんです。
目が覚めると、さっきまでいた神社のベンチで横になっていました。
よかった、神社に戻れた。
でも友達は?
と、ポケットでスマホが震えたので、電話に出てみるとその友達からでした。
よかった!無事か!と聞くと
「それはこっちのセリフだ! 今までどこ行ってたんだ?」
と、逆に質問されてしまいました。
僕は2日ほど、行方が分からなくなっていたそうです。
友達が言うには、空き缶を拾いに行った僕が、フェードアウトするようにスーッと消えていったそうなんです。
神隠しにあっていたのは、僕のほうでした。
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