思い出の遊び

小学生の、低学年くらいの話です。



やどおにって遊び知ってますか?

宿鬼って書くみたいで、地元では訛って「やどんおに」って言ってました。

どういう遊びかといいますと、まずじゃんけんで鬼を決めます。

そうしたら鬼は、どこでもいいんですけど木とか電柱とか見晴らしのいい場所を「やど」にして、そこに頭をつけて目を伏せて、ゆっくり10数えるんです。

その間に他の子たちは鬼から隠れます。

数え終わった鬼は隠れた人を探すんですけど、見つけるだけじゃだめなんです。

ちゃんと「だれだれちゃん見っけ!」って宣言をして、「やど」に戻ってタッチして「やどん!」って声を出さないとダメなんです。


このおにごっこで面白いのは、鬼に勝つことができるんです。


隠れる側の子が「やど」にタッチして「やどん!」と声を出したら、隠れる側の勝ち、鬼の負けなんです。

なので、鬼もうかつに「やど」を離れてしまうと「やどん」されちゃうし、かといってあんまり近くに隠れちゃうとすぐに鬼に見つかっちゃう。

色々と考えなきゃいけないおにごっこだったので、小さい頃の私たちが好きな遊びでした。


でも私はあんまり、なんていうか強くなかったんです。

隠れる側になるとだめで、全然「やどん」できなかったんです。

良い隠れ場所を見つけないとと思って、夏休みに入ってから探しに行きました。

一度でいいから、私も「やどん」したいって思いまして。

いつも「やどんおに」をやる公園、だいたい「やど」になる場所も分かっているので、「やど」が見渡せて鬼からは見えないところが最適です。

あと、私はかけっこも苦手だったので。

鬼より先に動いてもかけ足で負けちゃって「やどん」されてしまうこともありましたから、あんまり離れてない場所がいいなと思って、うろうろ探してました。

でもぜんぜん見つからないんですよ。

探し疲れてベンチで休んでいたら、近所の高学年のお兄ちゃんが「ガリガリくん」を食べながら通りがかったんです。

お兄ちゃんが「何してんの?」って聞いてきたので、「かくれ場所探してるの」って答えたらピンと来たみたいで


「良い場所知ってるから、教えてあげるよ」って、言ってくれたんです。


ぱあっと嬉しくなって、お兄ちゃんの後ろをついていきました。

公園は金網のフェンスに囲まれてて、入り口は西側、南側は道路や家があるんですけど、入り口反対の東側や北側は小高い丘と雑木林が広がっていまして。


お兄ちゃんは入り口を避けて丘を登り、北側の雑木林を目指していったんです。


その丘や林のあたりは草の背たけがそんなに高くないので、遠くからでも見つかっちゃうし、うまく隠れたとしても、動き出すとわさわさ音がするので、その音で「やどん」されることもありました。

かといってあんまり林の奥に入ってしまうと「やど」が見えなくなっちゃいます。

そんなに良い場所じゃないんじゃないかな、って思っていたんですけど、お兄ちゃんはずんずんずんずん草を分け入って歩いていっちゃうので、私も一生懸命その後ろをついていきました。


そうして、林の中にしばらく入っていくと、一部の草が低くなったような、平らでひらけた場所に出ました。


こんな場所があるんだ、さすが高学年のお兄ちゃんは違うと思って驚いたんですけど、その場所は木と草に囲まれた薄暗い所で、「やど」が見えそうにありません。これじゃ「やどん」できないって、お兄ちゃんにそのことを訴えたんです。

すると、お兄ちゃんはちょいちょいと私を招き寄せて、少し草をかき分けて外を見せてくれました。


そしたら、いつも「やど」にするブランコや鉄棒が見下ろせたんです。


すごい!

これなら「やど」に鬼がいるかいないか、誰がつかまったかがわかる。

けど、「やど」にどうやって辿り着いたらいいかがわかりません。

「やど」に行くまでに鬼に見つかり、鬼が先に「やどん」してしまったら元も子もないのです。


するとお兄ちゃんは、「ガリガリくん」を咥えながらまた手招きをしました。

お兄ちゃんの後ろをついていくと、今度は「やど」を右に見たまま少しずつ林を、公園の東側に向かって出て行きました。

そこは草の背たけが高くて、しかもお兄ちゃんが開いたであろうちょっとした獣道ができていたのです。

その獣道に従って中腰で歩いていくと、なんとその公園のフェンスにたどり着きました。

つまり、丘や林を通って公園の東側、入り口の反対側に回ることができたのです。

なぜかペンチを持っていたお兄ちゃんは、そのフェンスの一部をわからないように切ってくれたので、小柄な私はそのフェンスを通り抜けることができました。

これなら私でも「やどん」できる!

私はお兄ちゃんにお礼を言って、今度やる時はここを使おうと思いました。

お兄ちゃんは「ガリガリくん」を咥えたまま、うんうんとうなずいて、手を振りながら帰っていきました。


その翌日くらいに同級生のIちゃんが「あ〜そ〜ぼ〜」ってきたので、やどおにをしようと言うと、みんながびっくりしてました。

なんだろうと思いながら公園に行くと、Iちゃんのお姉ちゃんがいたんです。

というのも、Iちゃんのお姉ちゃんはじゃんけんは強くないんですけど、見つけるのが上手だし走るのも早いので、Iちゃんのお姉ちゃんが鬼になるとまず勝てませんでした。

お姉ちゃんが鬼にならなければいいのに、と思っていたんですが、やっぱりIちゃんのお姉ちゃんが鬼になったわけです。


強敵です。

私は昨日、近所のお兄ちゃんに教えてもらった所に隠れました。


林の中で息を潜めていると、お姉ちゃんが「じゅう〜う!いくよぉ!」と元気に声をあげています。

私は林の中から「やど」の様子を伺っていました。

サッと視界から消えるIちゃんのお姉ちゃんが「Iちゃんみっけ!あとO君!」と宣言して、あっという間にもどって「やどん」しました。

いきなりのダブルやどん。

やっぱりIちゃんのお姉ちゃんは強いです。

「やど」の鉄棒の近くで、IちゃんとO君が手を繋いで立たされています。

少しすると、お姉ちゃんとM君がすごい速さで走ってきましたが、お姉ちゃんの方が早かったので、M君もつかまってしまいました。

M君は足が早くて隠れるのも上手だったので、これで鬼に勝つことはもっと難しくなってきました。

もう、ドキドキです。

この場所にいれば見つかることはないですが「やどん」しないと勝てません。

どこかで勇気を振り絞って、「やど」に向かわないといけないのです。

お姉ちゃんが少し探しては戻ってきて、また探しに行くをしながら周りの様子をうかがっているのは分かりました。

あまり遠くに探しに行くと鬼も「やどん」されてしまうので、なかなか踏ん切りがつかないみたいです。

少し腕組みして考えていたお姉ちゃんは、また「やど」を離れました。

今度は公園から出て、遠くに行ったに違いない。


私は身をかがめながら林を出ました。


鉄棒もブランコも、草の間から見えます。

捕まったみんなが小さな声で、「今だよ〜」「お姉ちゃんいないよ〜」と、教えてくれています。

私はその声を聞きながら獣道を歩きました。

獣道では草のかげになってブランコも鉄棒も見えませんが、少しずつ歩いていくとフェンスが見えてきました。

草の陰から覗くと、みんな公園の入り口の方をみています。

後ろから出てくる人は今までいなかったから当たり前です。


そして、昨日お兄ちゃんが開けてくれたフェンスから、身をよじって出て、鉄棒目掛けて走り出しました。


「やどん!」


ええっ!?

振り向いたみんなが驚いた顔をしています。

公園に引き返してきていたお姉ちゃんも、入り口のあたりで目を丸くしています。


ええ〜すご〜い!


Iちゃんのお姉ちゃんが鬼のときに「やどん」できるのはすごいことでした。

みんなから褒められて、お姉ちゃんからも頭を撫でられてとっても感激したのを覚えています。

みんなからどこに隠れたのかとか、どうやって「やど」まで来たかを聞かれましたが、それはお兄ちゃんとの秘密なので内緒なのと答えました。

お姉ちゃんはぜったい秘密にするから、って何度もお願いしていきましたが、お姉ちゃんはそう言っていろんなことを話してしまうのを私は知っていたので、頑張って秘密にしました。


プールや宿題、家族の行事などの合間にみんなで遊びましたが、そのときにも「やどんおに」をすると、私はたくさん「やどん」することができました。

みんなが、後ろから突然現れる私にいつも驚いているので、なんだかすごい人になったみたいで嬉しかったし、少しだけ恥ずかしかったのを覚えています。


すごく楽しくて、このまま毎日「やどんおに」をしていたかったのですが、お盆が近くなると、みんなおじいちゃん家やおばあちゃん家に行ってしまったので、私はひとりぼっちになってしまいました。

家にいてもつまらなかったので、私は公園に遊びに行くとお母さんに伝えて、公園に出かけました。

お菓子や水筒を持ってきたし、いっぱい遊べると思って嬉しかったんですけど、一人でブランコや鉄棒をやっても、ちっとも楽しくありませんでした。

遊び始めたのがお昼ご飯を食べてからで、日差しがどんどん強くなって、暑さが増してきます。

麦わら帽子をうちわ代わりにしてベンチで休憩しているうちに、秘密の場所ならもっと涼しいかもと思いました。

ポシェットの中のお菓子と水筒のジュースでのんびりしようという気持ちになったんです。

思った通り、秘密の場所は日陰になっていたのでとっても涼しくて、林の中を通り抜ける風が気持ちの良い場所でした。

私はそこに腰を下ろして、お菓子を食べたりジュースを飲んだりしてぼんやりしていました。

居心地よくて、一時間くらいはいたと思います。

なんとなくですけど、「やど」を眺めてみようと思って草を分けてみると、あれ?と思いました。


お父さんがいたんです。


今日はお仕事のはずなので、まだ帰ってきていないはずです。

草の間から見える僅かな視界からお父さんが消えると、今度はお母さんとおばあちゃんが見えました。

二人で公園をうろうろしています。

なんだろう、誰か探しているのかな?

そんなことを思っていると、公園の方から私を呼ぶ声がしました。


探しているのは私?


さっき家を出てきたばかりでもう探されているということは、何か急なお出かけになったのに違いありません。

私は獣道を通ってフェンスを抜けて、公園に行きました。

鉄棒のあたりで背を向けて立っているお母さんに、どうしたの?と私は声をかけました。

振り向いたお母さんは、よかったぁと抱きしめてくれました。

おばあちゃんもお母さんの後ろでホッとしているようです。

何が何だかわからないといった私に、厳しいお父さんは声を荒げました。


「今までどこにいってたんだ!暗くなる前に帰ってくる約束だろう!」


え?と思って辺りを見て、びっくりしました。



真っ暗なんです。



強い日差しの中で遊んで、林の中で涼んでいただけなのに、もうとっぷりと日が暮れていました。

林の中で覗いたときは、まだ全然明るかったはずなんです。




獣道を通っている間に日が暮れたとでもいうのでしょうか。




公園の街頭に照らされている中で、私はお父さんに怒られました。

そして、どこに行っていたのかを白状するよう言われました。

それはお兄ちゃんとの秘密だからと必死に言いましたが、私がどこで遊んでいるかを把握したい両親は、言いなさい、と迫ってきます。

とても悲しかったのですが、私が遅くまでいたことが悪いので、心の中でお兄ちゃんに謝りながら、林と獣道のことを話しました。

お父さんに、明日そこへ案内しなさいと言われ、私は本当に嫌だったのですが、しょうがなく林の中に案内することにしました。


翌日、いつもの通り丘を登って草を分け入って、林の中に進んでいきました。

そろそろひらけた場所に出ると思っていたのですが、行けども行けども草が生い茂るばかりで全然その場所に出られません。



そしてとうとう、そのひらけた場所に辿り着くことはできなかったのです。



小さい私でもすぐ入れたのに、今は草がすごくて前に進むことができません。

本当にこんな中にいたのか?

お父さんが林から引き返しながら私に聞いてきましたが、私もわからなくなってしまいました。

獣道とフェンスのことも確認しようと、公園東側に向かうと



フェンスはどこも切れていませんでした。



お父さんはフェンスを乗り越えて中に入って、しばらくがさがさと探していったものの、獣道を見つけることもできませんでした。



私はいったいどこにいたのでしょうか?



私自身、何が何だかわからなくなってしまいました。



夏休みが終わり、近所のお兄ちゃんに学校で話しかけることができたので、あの秘密の場所や獣道のことを聞いてみたのですが、驚きました。




お兄ちゃんは夏休み中、ずっと和歌山の実家にいたというのです。




夏休みに入った頃、私に林のことを教えてくれたよね、と何度も聞いたのですが、和歌山に行ってたし、私にも会っていないの一点張りです。


ただ、林の中のひらけた場所や獣道については知っていました。


昔、お兄ちゃんたちが作った秘密基地だそうです。


でも、何年も前のことで当然今は使ってないし、手入れもしてないから残っているはずがないと話してくれました。



これは、後からのことなんですけど、そういえばあの時のお兄ちゃんがちょっと幼いような印象を受けたことを思い出したんです。

姿かたちはお兄ちゃんなんですけど、でもその時はあれ?くらいにしか思わなかったんですけど。

それと、「ガリガリくん」。




全然減らないし、溶けないんです。




一緒に30分くらいいたのに、最初に声をかけてくれたときと同じ形のままだったことを思い出して、やっぱりあの時のお兄ちゃんはお兄ちゃんではなかったのかなと思います。






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