娘の忘れ物
娘が高校の同級生とキャンプに出かけた時の話です。
仲のいいお友達と車で一時間ほどのサイトにキャンプに行くというので、私が車を出してサイトまでの送り迎えをすることにしました。
アウトドアが好きな友人たちとの卒業旅行ということなので、まあ大丈夫だろうと思って、荷下ろしを手伝ってから、私は家に戻りました。
ちょうどその日は妻が出張で家を空けており、小言を気にせずに羽を伸ばせると思って、晩酌の用意をしていました。
軽く夕食を済ませて、そろそろ何かつまみでも作ろうかと台所へ向かったときに、何か緑色のものが置いてあることに気づいて驚きました。
テントです。
テントで一泊するキャンプだというのに、うちの娘はなんとテントを忘れてしまったんですよ。
携帯電話が通じないので私に持って来てとも言えないのだろうと思い、トランクにテントを積んでサイトに向かいました。
車を走らせてると駐車場が見えてきました。
もう夜の8時を回っていて、誘導する人もいないだろうと思っていると、こちらに向かって手を振る人がいます。
腕章やヘルメットの反射材が光っていたので、サイトの管理スタッフかなと思っていると車を止められました。
ウィンドウを開けると初老の男性が
「Mちゃんのお父さんですか?」
と聞いてきたので驚きました。
「え?ウチの娘を知ってるんですか?」
「理由はあとです!とにかくこちらへ!」
初老の男性に誘導され車を止めると、その男性は
「あそこの焚き火の明かりが見えますか?」
と、開けたキャンプ場の方を指さしました。
確かに炎の明かりが見えます。
「ええ、見えます」
「おたくのMちゃんがどうも川に入って倒れたみたいです。低体温症かもしれません。すぐに病院に連れていってください。番号は把握してますので、まずは連絡してください」
「ありがとうございます!」
麓の病院の名前と番号を教えてもらい、連絡を入れました。
幸いにも受け入れ可能ということなので、すぐに連れて行きますと伝えて電話を終えると、男性はサイト内への乗り入れを止めるバリケードを退けてくれていました。
「車のままでいいので、行ってください!」
「はい、ありがとうございます!」
明かりを頼りに向かうと、焚き火のそばでウチの娘が倒れています。
友人たちが体をさすって温めている光景が目に飛び込んで来ました。
「大丈夫か!」
「Mちゃんのお父さん?よかった!」
「一体何が?」
「わからないんです。急に川に飛び込んでしまって…」
「とにかく病院に連れて行こう。麓の病院に連絡は入れてある。」
娘の頚で脈をとるとわずかに波打っているのがわかりました。
娘を抱えて後部座席に乗せると
「麓の病院までは15〜20分くらいだから大丈夫だと思う。面倒をかけてごめんね。ありがとう!」
と声をかけて、病院へ車を飛ばしました。
駐車場にはもうスタッフの方はいなかったので、そのまま病院まで直行しました。
中等度の低体温症と診断されましたが、初期対応が良かったということで一命をとりとめ、そのまま入院となりました。
翌日、娘のお友達を迎えにサイトに行きました。
バリケードは元に戻されていたので、駐車場に車を止めて、昨晩の場所まで歩いて向かいました。
すでにお友達のみんなは起きていて、すっかり片付けていました。
あまり眠れなかったようです。
早速、無事であることを報告し、ご迷惑をおかけしたことをお詫びしました。
そして、娘の命を救ってくれたことを本当に感謝しました。
改めて昨晩の事情を聞きました。
今までに見たことのない様子で、娘が急に川に飛び込んだこと。
そのあと突然倒れてしまって、そこに私が駆けつけたことなどを話してくれました。
「そういえば、お父さんはどうしてサイトに来たんですか?」
「いやぁそれが、娘がテントを忘れてたんで届けに来たところだったんだよ」
「テント? Mちゃんのテントならありますよ?」
「え?」
緑色のテントがそこにありました。
娘はテントを忘れていなかったのです。
「あれ?おかしいな?昨日、確かに台所に置きっ放しになっていたテントを見つけて、それでここに来たんだけどなぁ」
「それに、Kちゃんと話してたんです。お父さん、来る前からMちゃんがどうなっていたかを知っているみたいだったねって」
「あ、それもお礼を言わなくちゃね。駐車場のところに管理の人がいてね。色々と準備してくれたんだよ。それも君たちが言っておいてくれたんだろう?」
「管理の人ですか?ここのサイトは4時半か5時になると管理の人はいなくなるんで、あの時間にそんな人はいないはずです」
「え?でも昨日たしかに誘導してくれた人がいたんだよ。その人のおかげですぐ対応することができたんだ。低体温症かもしれないって、病院の連絡先まで用意してくれてたんだ」
「ええ?」
私が昨晩会った初老の男性について話しましたが、昨日の管理人は比較的若い男性だったとのことで、お友達には全く覚えがないそうです。
荷物を積んで、車で管理棟に向かいました。
管理棟に詰めているスタッフに昨晩のことを話してみましたが、やはりそうした初老の男性は管理スタッフにはおらず、ましては夜8時くらいに対応している人はいないとのことでした。
娘やお友達とまったく接点をもっていないにも関わらず、娘に起きたことを知っているというのもおかしな話です。
そういえば、車の進入を止めるバリケード。
鉄パイプを3本渡した鉄製の支えを、いくつか土嚢を置いて固定して、それを二つ並べていたんですが。
一人で動かせないこともありませんが、土嚢を全部避けて、車が通れるように横に退けるには、それなりに時間もかかるし、引きずったりする音がするはずです。
でもあの時、電話番号を教えてもらって、スマホから顔を上げたときにはもう移動させていました。
あの初老の男性、一体何者なんでしょう?
もちろん、テントのことも全く腑に落ちません。
お友達の話どおり、確かに娘の緑のテントはありました。
そして、私が昨日トランクに運び入れたはずのテントがないんです。
どうも何か、不思議な力に招かれて、娘の危機を救えたように思えてなりません。
ほどなく娘は意識を取り戻しました。
何かに取り憑かれたかも、というようなことを訴えてきました。
以前の私なら笑って済ませて、まともに話を聞こうとはしなかったでしょう。
ですが、もうそんな気持ちにはなれません。
娘のことも、私が体験したことも、説明がつかないことばかりですから。
娘のお願いでお祓いすることにして、知り合いの伝を頼って拝み屋の元を訪れたときでした。
一通りのお祓いを終えた後、その拝み屋の方が”悪いものに魅入られてしまったが、善いものが助けてくれた”といったことを仰っていたのが、とても印象的でした。
どうやら世の中に、神仏はいるようですね。
いつも、ではないんでしょうけど、救ってくれることもあるということを実感した体験でした。
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