コンビニのアルバイト

私は高校生の頃、近所のコンビニでアルバイトをしていました。



誰でも知っているチェーン店で、自宅から歩いて2〜3分という立地の良さもあり、遅くまで(午後10時は超えないようにですけど)シフトを入れてもらうことも許可してもらってました。

品揃えが珍しくて、地元のワインや地ビール、お土産品などを取り揃えていたので、「道の駅みたいでしょ」と店長が笑ってました。


ある日、友達と高校近くのコンビニに入ったときに

「ボンドとハサミ買ってっちゃおう」と、友達が言ったんです。

部活で使うみたいですが、私がバイトしているコンビニにハサミはなかったので

「ハサミは売ってないんじゃない?」と言うと

「え?売ってるよ、ほら」と売り場に案内して見せてくれました。

「ほんとだ売ってる。コンビニによって品揃えが違うんだね」と言うと

「うそー、ハサミとかボンドはフツーでしょ」と笑われてしまいました。

他にもカッターやコンパスなどの文房具に、ビニールテープ、髭剃りなども、私が働いているコンビニにはなかったので、ウチはお土産品が売りなんだなと思いました。


それから少しして、店長と二人でシフトに入っている時でした。

深夜に入る店長と交代して私がレジ係だったので、午後9時ごろだったと思います。


淡い紫のニットワンピースに黒のロングブーツ、チェック柄のストールを持った女性が入ってきたんです。


とても疲れた表情で、前髪が額に張り付いていました。

しばらく店内を探し回った後、レジに来て

「すいません。ビニールテープありますか?荷造り用の紐とかでもいいです。あと、ハサミなんですけど」と言われたので

申し訳ありませんが当店には置いてませんと申し述べると

「そうですか。お手数おかけしました」

と言って、外に出て行きました。

何かぶつぶつと言っていたので、変な人だなと思って、なんとなく後ろ姿を眺めていたら驚きました。


お店を出て左に歩いて行ったのです。


というのも、当時バイトをしていたコンビニは、登山道やキャンプサイト、山奥の観光地に続く旧国道沿いにありました。

お客さんの多くが、観光途中の方や長距離トラックの運転手という山の中のコンビニだったので(道の駅みたいな品揃えになっているのはその為だそうです)、お店を出て左に行った先は暗いトンネルしかなく、あとは登山道や山奥の観光地に続く急勾配の道路が続くばかりです。


こんな時間に女性一人で、歩いて向かう方向ではないのです。


嫌な感じがしたので、バックヤードで休憩している店長に声をかけました。

疲れた感じの女性がトンネルの方に歩いていったことを報告すると、店長が


「わかった。少しお店をお願いするね。何かあったら連絡ちょうだい」


と携帯と懐中電灯を持って、自転車で出て行ってしまいました。

女性を探しに行ったっぽいのですが、なんで店長が?と不思議に思いながらレジに立っていました。

30分ほどして店長は戻って来ましたが、首を横に振りながら

「暗くてわからない。明日だね」と言い、どこか(警察?)に電話をかけてました。

あちこちに電話した後、渋い表情をしたまま天井を眺めてたんですが、そういえばどうして急に、しかも見知らぬ女性を探しに行ったんだろうと思って、店長に尋ねてみたんです。

店長は少し考えた後、教えてくれました。



「実はこの辺の山でね、自殺する人が増えてるんだ」



驚きました。

私の家もこの近くでしたが、この時初めて知りました。


「たぶん親御さんも知っていると思うよ。あんまり言わないようにしてるんだ」


と言って、事情を説明してくれました。

この辺の山は初心者の方でも登山やキャンプが楽しめる山ですが、その分、人目につかない奥の奥まで入り込むこともできてしまうため、自殺の名所みたいになってしまったそうなんです。


「青木ヶ原の樹海あるでしょ。あそこの方が有名だけど、それだけに自殺しにくい環境が設けられててね。地元の人がけっこう頻繁にパトロールしているそうだよ。それに専門の人でもない限り、樹海の奥深くに入ること自体が実は難しいんだよ。だから、首を吊るのにちょうどいい木を探しているうちに足を怪我して死ねなかったり、うろうろしているところをパトロールや観光客に発見されたりするケースも、けっこうあるんだ」


そんなことを全く知らなかった私は、息を飲んで聞いていました。


「でも、この山にはそれがない。自殺者が増えたのもここ2年のことでなかなかそんな環境も作れてないし、何より僕らからすると大変なのは、入りやすくて見つけにくいことなんだ。入っちゃえば縄をかけるのにほどほどの木がたくさんあるし、この季節になれば夜は氷点下になるから凍死もしやすい。自殺しようとする人にとっては変な話、好都合なんだよ」


さっきの女性を一生懸命追いかけたのは、自殺を止めるため。

あちこちに電話したのもすぐ捜索するためだったのです。


そして、もう一つ分かったことがありました。

ウチの店の品揃えの理由。

察したように、店長が教えてくれました。



「そ。だからウチのコンビニは、自殺につながりそうなものを置かないんだよ」



体を傷つけることができるものや首吊りの道具になりそうなものを極力置かないようにして、できる限り自殺を食い止めようと、店長が品揃えを変えていたのです。


「まあ、なかなか難しいよ。だからって防げるもんでもないしさ」


と、店長はため息をつきました。

時計に視線を移すと店長は、もうあがって、と私に帰るよう促してバックヤードに入って行きました。

店長にお疲れ様を言って、私は家路につきました。

両親にも連絡が入っていて、お父さんも警察や地元の消防団と一緒に捜索に行ったらしく、帰ってきたのは0時をまわった頃でした。

見つからなかったそうです。

この辺で自殺する人が増えていることはお父さんも知っていたみたいで、消防団の見回りを増やして、常々注意はしていたそうです。



翌々日、残念ですがあの女性は遺体で発見されました。

ストールで首を吊っているのが見つかったそうです。



ほんの少しとはいえ、話をした人が亡くなったというのを聞いて、気持ちが晴れない日々が続きました。



それからしばらくした時でした。

店長と一緒に雑誌を並べているときに

「不思議なんだよねぇ」と

店長がひとりごちたのを聞いて、何がですか?と尋ねてみました。


「この山がいつの間にか自殺の名所みたいになっていることは、警察ももちろん把握してる。この辺の人たちが発見して通報して、しかもその数が増えてるわけだからね。もしかしたらこの山のことがネットで拡散されているかもしれないと思ってさ。警察にお願いして、この山の変な情報が出回ってたら、違法有害情報として捜査してもらえるようになってるんだ。でも、そんな情報は出回ってないらしい。僕らも探しているし、警察にも掲示板やSNSを警戒してもらってるんだけど、今の所見つかってないんだよね」


雑誌をまとめているビニール紐を切りながら、店長が


「それなのにさ、自殺する人が後を絶たないんだよ」


と、ため息交じりに言います。

この山で自殺をする人が増えているのは、地元で暮らす人しか知らないはずですから、もしかして地元の人が言いふらしてるとか?と聞いてみると、店長が


「まさか。ここの人たちはちゃんと黙ってくれてるよ。それは間違いない」


と言った後、息を整えるようにして店長は話を続けます。


「ただね、もし口を滑らしてたとしてもつじつまが合わないんだ。今まで自殺した人たちと地元の人たちとは、何の接点もないんだよ。自殺した人どうしの繋がりも一切ない。これは捜査ではっきりしてる。万が一、噂が噂を呼んだとしてもさ、あちこちに伝わるのが早すぎる。2年で、こないだの女性を含めて10人って、おかしいよ」


雑誌を棚に並べながら店長は、深く息を吐くように言いました。


「もちろんディープウェブとかなんとかさ、いろいろあるわけだから。はっきりしたことは言えないんだけどね。自殺の件を報道に載せないようにしてもらって、なるべくこの山が、楽しい山のままでいられるよう色々やってるのにねぇ」


こらしょ、と店長が声をかけながら立ち上がると


「なのに、自殺しようとする人たちは、どこでどうやって、この山のことを知るんだろうなって。不思議だよね」


と、苦笑気味に言いながら、雑誌を並べています。


確かに不思議です。

これはお父さんから聞いたのですが、そもそも2年前、最初に自殺された方も、この山に縁もゆかりもない方だったそうです。

その方は体調を崩して仕事を辞めてから自宅に引きこもるようになり、ある日突然この山に来て自殺してしまったらしいのですが、友人もご遺族も、なぜこの山なのかは分からなかったそうです。

あまりに不自然な場所で亡くなったので、ご遺族の意思もあって捜査はされましたが、自殺であることに間違いはなく、ネットの履歴、交友関係、過去の行動記録などを調べてもこの山との接点は見つかりませんでした。


私がコンビニで応対した女性も、どうやってこの山のことを知ったんだろう。

例えこの山のことを知っていたとしても、自宅からかなり遠いこの山までわざわざ足を運んだのはなぜなんだろう。

自殺の名所とされる場所は、いっぱいあるのに。

ただ自殺するだけだったら、こんな所まで来なくても良いはずなのに。


なのに、なぜこの山を、最期の場所として選んだんだろう。


全然分かりません。


眉間にしわを寄せている私に、店長がクスッとしながら




「山が呼んでたりして」




と、冗談めかして言いました。




きっと、私と一緒に笑おうとしていたと思うのですが、なにか冗談に聞こえない不気味な響きがあって、私も店長も笑うことはできませんでした。






それからしばらく、店長も私も、言葉を失ってしまいました。







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