臨死体験
私は就職して間もない頃、車にはねられて意識不明になったことがあります。
ドクターヘリが出動し、2分間ですが私の心臓は止まったと聞いています。
まさに九死に一生を得た訳ですが、そのときにいわゆる臨死体験をしました。
目を開けると私は、スーツ姿で青空の中を飛んでいました。
陽光と風を感じながら、どこまでも続く青空の中を自由に飛び回っていました。
気持ちの良い空中遊泳を楽しんでいると、雲の切れ間から大きな川が流れている地上が見えました。
見渡す限り草花が生い茂る豊かな大地で、川の両岸は花で埋め尽くされています。
すごいなぁと下を眺めていると、その川の近くに建つ、とても大きな白い宮殿が見えました。
所々に金を使った白い宮殿で、太陽の光を反射して光り輝いています。
宮殿の周りは川から水を引いて作られた掘に囲まれ、大きく長い橋がその入り口まで渡されていました。
私はもっと間近で見たいと思い、橋の近くに降り立ちました。
橋の向こうにそびえ建つ巨大な宮殿は、テレビで見たタージマハルのような形をした白と金の宮殿で、橋は全て真っ白な石で造られていました。
橋のたもとは草花の深い香りに包まれていて、透き通る清水で満たされた堀の水面には蓮の花が咲き揃っています。
水辺の爽やかな風が頬を通り抜けていくのを感じながら、なんて素晴らしい場所なんだろうと思いました。
いいなぁ、ずっとこの宮殿で暮らそう、と思って橋を渡ろうとした時でした。
「よぉ」という声が聞こえました。
後ろを振り返ると、従兄弟のMちゃんが立っていました。
見渡す限りの花畑が広がる中で手を上げて笑っているMちゃん、その後ろには椅子と雀卓が設置されていました。
なんでここにMちゃんがいるんだろう?と思っていると、Mちゃんは椅子に腰掛けてジャラジャラと牌を混ぜながら
「焼肉奢ってくれるんなら、チャラにしてやる」と言うので、ハッとしました。
Mちゃんの家に遊びに行くと、Mちゃんとそのお父さんの三人で麻雀をやるのが恒例なのですが、先月はたった二時間で2万もやられてしまったのです。
許してやるなんて冗談じゃない、もういっちょ勝負だ!と、Mちゃんの向かいに腰掛けました。
そこで目が覚めました。
私は一週間、意識が戻らなかったそうです。
幸い後遺症もなく、リハビリの病院に転院して約三ヶ月後に退院できました。
両親が、お見舞いに来てくれた親戚や友人を集めて、快気祝いの宴席をもうけてくれました。
お酒はまだ飲めなかったのですが、みんなでお祝いしてくれたのがとても嬉しかったです。
従兄弟のMちゃんも来てくれました。
私のところへウーロン茶をお酌しに来てくれたので、私は意識が戻らない中で見たことを話しました。
驚きながらもMちゃんは少し納得がいっているようで、なるほどぉと言いながら、ICUに入った時のことを話してくれました。
私の両親のはからいでICUに入ることを許されたMちゃんは、私に向かって色々と話しかけたそうですが、その時に例の麻雀のことも話したそうです。
「何話しても無反応だったのに、麻雀の話したらお前、まぶたがぴくぴくってしたんだぞ」
「えっ?」
「意識戻ったのかって思って名前呼んだんだけどダメで、麻雀の話にだけ反応しててさ。よっぽど悔しかったんだなってちょっと笑えたよ」
「へぇー」
「それでさ、ちょっと言ってみたんだよ。麻雀の話ししてやるから、Yesなら1回、Noなら2回、まぶたをぴくぴくさせてみろって。そしたらお前、1回だけぴくってさせたんだよ、そういうの覚えてるか?」
もちろん全く覚えていませんでしたが、そんな風に俺たち会話したんだぞ、とMちゃんは続けます。
「それで、先月の負けのこと悔しいか?って聞いたら、まぶたがぴくってなって。なんでお前が負けたか分かるか?って聞いたら、まぶたがぴくぴくってなったりしてたんだよ」
「うそーすげー!」
「だろ。そんで最後にさ、今度焼肉奢ってくれたらチャラにしてやるぞって言ったらお前、ぴくぴくってさせんだもん。こんにゃろーって思って、あーこいつは大丈夫だって安心したのよ」
そう言ってMちゃんは笑っていました。
私も、自分の負けず嫌いがそんなところで発揮されている滑稽さに思わず笑ってしまいました。
引き戻してくれてありがとうとMちゃんにお礼を言うと、んなわけあるか、と照れ臭そうにしながら、また麻雀やろうなと私の肩を叩いて席に戻って行きました。
人生で初めての不思議な体験でした。
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