映画に誘ってくれた友達
私が小学校三年生の頃なので、30年ほど前の話です。
当時私は団地(仮にA棟とします)に住んでおりまして、その別棟(仮にB棟とします)に住んでいる同学年の子供とよく遊んでいました。
お互い違う小学校に通っていたと記憶しています。
共同の公園でよく会うようになって、いつしか友達になりました。
ある日、その友達から
「これからお母さんと映画に行くんだ。一緒に行かない?」
と誘われました。
友達と映画に行けるなんて楽しいに違いないと思い
「お母さんに聞いてみるから待ってて!」と、私は自宅に走りました。
母親に事情を説明して映画代をもらい急いで公園に戻ったのですが、友達の姿が見当たらなかったので公園で待っていました。
きっと友達も映画に行く準備のために戻ったのだろうと思い、しばらく公園で遊んでいたのですが、待てど暮らせど友達もそのお母さんも現れません。
友達の居室番号は何度か遊びに行って知っていたので、待ちきれなくなった私は、友達が住んでいるB棟○号室を訪ねました。
ピンポンを押すと友達のお母さんが出て来て
「ごめんなさいね、急に映画に行けなくなっちゃったの。本当にごめんなさい」
と玄関先で謝られてしまいました。
とても残念でしたが仕方ないと諦めて、その日は自宅に戻りました。
少ししてから公園に行くと、その友達と会うことができたので映画のことを聞いてみました。
すると
「急にお腹が痛くなっちゃったんだ、ごめんね。今日は僕んちで遊ぼう」
と誘ってくれました。
どうやら友達は、私に映画のことを謝りたくて待っていてくれたようでした。
友達の部屋には私が買ってもらえない色々なおもちゃがあったので、ドタキャンの残念な気持ちは吹き飛びました。
私は嬉しくなって、一緒に2階の○号室へ向かいました。
ところがその日は、2階の○号室を通り過ぎて、さらに階段を登っていきました。
私は「○号室じゃないの?」と尋ねると、友達は
「うん、今日はこっちなんだ」と答えました。
混乱した頭のまま友達の後をついていくと、そこは5階の△号室でした。
友達が「ただいまー、来てくれたー」と入って行くと
映画を断られたときとは違う女の人が出てきました。
「こないだはごめんねぇ。さ、入って入って。お詫びにお菓子をいっぱい用意してあるから」と、笑顔で私を迎え入れてくれました。
訳がわからず、「え?」という顔をしていると友達が
「お母さんだよ、決まってるだろ」と笑って、私を部屋へ案内してくれました。
お菓子を食べておもちゃで一緒に遊んで、それなりに楽しい時間を過ごしたような気もしますが、あまりはっきりとは覚えていません。
ただ、ずっと心にひっかかっている、鋭い違和感のことは今でもありありと思い起こされます。
それから記憶はあいまいなのですが、その友達とは会えない日々が続き、いつの間にか引っ越したという話を聞いたように思います。
事情は分からず、引っ越す前にその友達が挨拶に来たという記憶もありません。
ほどなくして、私たち家族も父親の仕事の都合でその団地を離れることになり、それからその友達と会うことはありませんでした。
社会人になってから当時のことを両親と話す機会があり、団地に住んでいたころによく遊んでいた友達のことに話が及びました。
すると、
「B棟の○○君ってお友達は知らないけど、C棟の△△君なら覚えてるわ」
と母親に言われました。
母親が話す△△君の背格好や特徴、遊んでいた内容など完全にB棟の○○君なのですが、それはC棟の△△君だろうと母親は譲りません。
しかも、「映画は行ったでしょう。なんか買って来てたわよ」と言うのです。
私の記憶では、母親が指摘したその映画は同じ小学校の友達と行ったはずです。
当時買ってきたテレホンカードが残っており、一緒に行った友達のお願いでカードの交換をしたことを覚えていますので、その記憶については間違いないと思います。
なので、○○君とは確かに行けなかったはずなのです。
子供の頃のことなので単純な記憶違いともいえますし、知らず知らず自分で記憶を改変してしまうことも良くあることだと思います。
ですが、○○君と遊んで楽しかったことや、一緒に映画に行けなくてとても残念だったという記憶が、あまりにも鮮明なのです。
それに、B棟○号室を通り過ぎて登っていくときの混乱も、遊びながらずっとひっかかっていた”とてつもない違和感”も、様々な記憶と同じように私の心に強く焼き付いていて、母親の言葉通りに整理することが、とても難しく感じています。
ただ、混乱しながら遊んだ当時の記憶を思い出そうとすると変な胸騒ぎがするので、無理には思い出そうとしないほうが良いだろうと思い、私からはこの話題に触れないようにしています。
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