お盆の帰省 前編

付き合っていた彼女と一緒に、実家に帰省したときの話です。



ちょうど4年前になります。

両親と彼女とはすでに何度も会っていて、すっかり顔なじみになっていました。

当然、私は彼女との結婚を考えていましたので、お盆に帰ったのも結婚報告と挨拶を兼ねてでもありました。

両親への報告、食事会の日取り調整、親戚の挨拶まわりについての段取りなど、あっという間に一日は終わってしまいまして。

慌ただしく夕食の買い出しや準備にとりかかると、彼女も母と一緒に、自然と台所に立ってくれていました。

どちらかというと母は気難しい方なので。

そんな母とも和気藹々としている彼女に安心感を抱いていたものです。

父も同じ考えだったようで、ちょっとお高い寿司の出前を頼んでくれてまして。

みんなでお酒を飲みました。

本当に楽しい夕食でした。

その夜もいつものように、床の間に彼女と布団を並べて、夜9時を過ぎたころには二人とも布団に入っていたと記憶しています。


深夜2時、だと思います。

ぼーん ぼーん と鳴る、掛け時計の音で目が覚めました。

祖母が使っていた時計の音で聞き覚えがありました。

古いものが好きで、物持ちの良い祖母の趣味だなと思いながら、ぼんやりと天井を眺めていたのですが突然、ひどい耳鳴りに襲われました。

「えっ?」と、左耳を抑えようとしましたが体が動きません。


また金縛りです。


実は、こうした体験は初めてではありません。

これまでも帰省する度に、金縛りにあったり耳鳴りがしたりといった妙な体験をすることが何度かありました。

彼女も、まあ、多くは語りませんでしたが。

足を掴まれたり胸の上に誰かがのしかかる感覚があったりと、私の実家を訪れる度に怖い思いをしていたようなんですね。

でも、疲れとか気のせいだとかで片付けられる程度のことだったので、これまでのことは。

でも、その時はいつもと様子が違いました。


どのくらい時間が経ったかは分かりませんが、ふと、耳鳴りがやみまして。

少しずつ聴覚が回復して夜の静けさが戻って来たころに、仏間側の襖がスーッと開いて、誰かが入ってきたんです。

体は動かなかったので目だけでその気配のほうを追って、驚きました。




それは祖母でした。




淡い紫の着物を着た、生前の姿そのままの祖母が、畳をすって歩いてくるのが見えたんです。

不思議と怖い気持ちはなくて。

私の結婚を喜んでくれているのかもと嬉しい気持ちにもなったのですが、祖母は眉間にシワを寄せた厳しい表情をしており、とてもそんな様子ではありませんでした。

そして、私には目もくれず彼女の方に射るような視線を向けながら歩み寄り、枕元で裾をおさえて正座をすると、じっと彼女の顔を見下ろしたんです。

すると少しずつ、右隣に寝ている彼女の苦しそうな息遣いが聞こえ始めて、理解できたんです。




祖母の狙いが、彼女であることを。




苦しそうな息遣いはやがて、うめき声に変わっていきました。

ぜぇ ぜぇ ふう ふうう うう ううう うー と、その苦しみがどんどん増しているのが伝わってきます。

私は心のなかで祖母にやめるようお願いしました。

「ばあちゃんやめてくれ!彼女が気に食わないならもう連れてこないから、一緒になることはどうか認めてくれ!たのむ!」

そのようなことを必死に祈り、懇願しました。

私の願いが通じたのかどうかは分かりませんが、ほどなくして祖母がきびきびとした所作で立ち上がり、そのまま襖の向こうの闇の中へと消えていきました。

その後、彼女の息遣いが徐々に和らいでいくのが分かり、内心ホッとしたところで意識が途絶えました。


目を覚ますと、彼女はいませんでした。


早朝、彼女が荷物をまとめている所を、散歩から帰った父が見かけて声をかけたそうですが、表情を強張らせて、すいません、帰らせてください、すいません、と逃げるように出ていってしまったそうなんです。

困惑する両親をなだめながら、ほとぼりが冷めたころに改めて帰省することを両親に約束し、彼女の後を追うために私も実家を後にしました。

昨晩のことが原因かもしれないとは思いましたが、そのことを両親に話すわけにもいきませんし、この時点では本当のところは分からなかったので。




まずは彼女と会って話を聞かないと、と思いました。





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