第20話 魔導競技大会
人で溢れかえっている案内所で、
急ぎ足で混み合う案内所を出て、
「お待たせ、ニケ。ニケ?」
しかし、外で待っているはずの少女の姿がないことに、シオンは嫌な予感がした。待たせすぎてしまっていたが、ニケはそれに怒ってどこかに行ってしまうような性格ではない。
近くを歩いているだけかもしれないと思い、不安を押しやってしばらく待ってみたが、一向にニケの姿は見えなかった。
「どこへ行ったんだ?」
シオンは唇を引き結ぶと、近くを探し回った。自分よりもだいぶ小さい、白い目立つ髪の毛が歩いていないかを、視線をきょろきょろさせながら速足で歩く。
ニケが行きそうな市場などにもその姿がなく、シオンは町の人に何人か尋ねたが、手掛かりが見つからない。
「どうするか」
そう思っていると、地面から視線を感じた。見ると、ウサギに似た耳を持つ、モグラのような姿をした精霊が地面から顔を出して、じっとシオンのことを見ていた。
「――精霊」
シオンはその精霊に近寄ると、鼻面に触れる。とたんに、バチっと音がして、火の粉が舞った。
『お前があの小娘の連れか?』
手先を焼かれたシオンは、その不遜な物言いをする精霊をにらんだ。
『ふん、頼りない。お前じゃあの娘を扱えないだろう。あんな膨大な魔力を持つ娘を……。代わりに俺があの娘をもらってやる』
「だめだ。お前、精霊じゃないな。どこの誰だ」
精霊のふりをしたそれは、低い声でくつくつと笑った。
『この町で俺を知らないやつはいないぞ。じゃあな』
シオンの制止も聞かず、モグラの精霊は地中へと戻ってしまった。焼かれた手をぎゅっと握りしめると、シオンは立ち上がった。
「火を扱い、精霊を操る――魔導士マグナだな。ニケ、待ってろ」
嫌な人物に目をつけられたなと思いながら、シオンは立ち上がると、その場を後にした。
*
誘導係に連れられて、薬箱を背負ったままニケは薄暗い道を歩いた。
「こっちだ、頑張るんだぞ。君がどんな魔導を扱うか分からないけど、マグナさま直々の参加要請だから、みんな期待してるよ」
誘導係を見上げて、薬箱の背負い紐をぎゅっと握ったまま、ニケは不安になった。
「あの、ここは、なんなんですか? 何をしているんですか?」
「ああ、いきなりじゃ分かっていないよな。ここは、〈魔導競技大会〉の会場で、魔導士たちが戦って勝ち負けを決めるんだ」
「魔導士?」
ついこの間、魔力が自分にあると知ったばかりのニケに、それを応用して扱う魔導など、全くもって分からない。
「あの、私、見習いの
「大丈夫だよ、君はマグナさまのお墨付きだから。さぁ、そろそろ時間だ」
行ってらっしゃいと、まだ訳の分かっていないニケの背を押して、にこやかにその係員の男性はニケを会場へと送り出す。
困りながらも会場に入った途端、耳をつんざくような歓声にニケの心臓が跳ねた。
見れば、高くそびえたつ観覧席一杯に人が満ち溢れていて、それぞれが大きな身振りで歓声を上げている。
ニケが立つ中央の楕円形の地面が競技場になっていて、そのあまりの競技場の大きさや人の多さに驚いてきょろきょろしていると、目の前にニケよりも小さな茶色の髪の毛をした少年が現れた。
「へえ、なんか弱そうなのでよかった。特別枠って言ってたから、どんな奴かと思ったけど」
生意気そうな顔をした少年は、ニケを頭からつま先までじっとりと見てから鼻を鳴らし「変な色の髪の毛」と吐き捨てた。
その一言に、ニケはかちんとくる。
「変じゃないもん。ねえ、私、魔力って使ったことないから分かんないんだけど、どうしたらいの? 私、ここで一体何をしたら……」
「そんなことも分かってなくてここに来たのかよお前。びっくりだけど、俺の勝ちだな。悪いけど、勝たせてもらう」
「だからちょっと待って、私、薬師の見習いなの。本当に何も分かっていなくて……」
そのニケの声をかき消して、勝負の開始を告げる銅鑼の音がごおんと響き渡った。
「攻撃お前からしないなら、こっちからするぞ?」
ニケが慌てていると、茶髪の少年がナイフを取り出す。ニケの血の気が一気に引いて、その場で固まった。少年はそのナイフに手をかざす。すると、ナイフに炎が蛇のようにまとわりついた。
「な、な、なにそれ、どういうこと!? 攻撃なんてできるわけ」
「魔導だよ。俺、今のところ暫定一位なんだ。負けたくないから、こっちから行くからな!」
にやりと笑うと、少年がナイフを構える。薙ぎ払うようにすると、刀身に巻き付いていた蛇の形をした炎がいきなり牙を突き出してニケへと襲い掛かってきた。
「わ、やだやだ、待って!」
その蛇をかわして、ニケは尻餅をつく。背中の薬箱が支えにならなければ、ニケはそのまま後ろに倒れていたところだ。
その頭上を、伸びた炎の蛇が通過して戻っていく。倒れ込んで目を白黒させているニケに容赦なく、次の斬撃が近寄ってきた。
またもや炎で形成された蛇がニケめがけて襲い掛かってくる。目をつぶって顔にかからないように両手で頭を抱え込んだ。
(――焼かれる!)
ニケがそう思った時、ぱちぱちと炭が爆ぜるような音がした。
火の蛇が襲い掛かってきていたはずなのに、熱くないことに気がついたニケが恐る恐る目を開けると、右手の甲にチイとビイからもらった祝福が浮かび上がっていた。
はっとして前を見ると、地面から大きな木がまるで壁のように生えていて、ニケが焼かれるのを阻止していた。
一拍遅れて、ニケの耳に会場の大歓声が戻ってくる。
「チイ、ビイ……」
ニケは尻餅をついたまま、焼かれていく木を見て震えた。
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