第13話 魔力の性格

「そういえば、どこに向かっているの?」


 精霊が作った花冠の輪っかを勝手に木々たちにかぶせられながら、ニケはシオンに向き直る。そうしている間にも、花びらが降ってきて、ニケは大忙しだ。


「この都の薬所やくしょさ。まずは情報集めしないと、竜どころか、何も見つけられない」


「シオンも、竜を探しているんだよね?」


「正確には、俺は竜の患い熱りゅうのわずらいねつの治療法を探しているんだ。だから、竜を見つけたら、治療法がないか確認したい」


 ニケは、口の中で竜の患い熱りゅうのわずらいねつとつぶやいた。今もその治療法は開発されておらず、誰もがその特効薬や予防法を探していた。


 薬師くすしを目指すニケも、最終的にはその治療法を見つけなくてはと思っていたのだが、それよりも前に問題が山積みすぎて、そこまでたどり着くのは夢のまた夢のように思っていた。


「私、巡回薬師じゅんかいくすしになれるかな」


 ニケがそう呟いたとたん、今までちょっかいを出してきていた木々たちがざわついた。


 小刻みに震えたかと思うと、頭上から花びらがはらはらと降ってきて、道に撒かれた。


「もしかして、薬所やくしょの場所を、花びらで教えてくれてるの?」


 まるで、どうぞと言わんばかりに手のように差し出された木の枝にニケが触れると、それに応えるかのように、頭を葉で撫でられる。


「シオン、行ってみよう」


 二人は花びらをたよりに歩きだした。


 花びらが途切れた所にたどり着くと、木々たちがニケの頭をさっと撫でる。「ありがとう」と伝えてから、シオンがその白磁色の木々でできた建物の入り口をノックした。


「はい、どなた? 今ちょっと立て込んでいて……わ!」


 困ったような声の後に、扉が開けてもいないのに勝手に開いた。中にいた人物と、ニケとシオンは、びっくりしたままのお互いの顔が初めましてとなった。


「……なんだ、精霊の仕業か」


 中から出てきた初老の男性は、勝手に開いた扉を見て頭をぽりぽりと掻いた。


「驚かせてしまってすまないね。ルーメリアの精霊たちは、いたずら好きで人懐っこいもんで。ところでどちら様かな…おや、君たちは巡回薬師じゅんかいくすしかな?」


 シオンをまじまじと見て、彼が背負った木の箱と風貌から、そう判断したのだろう。「そうだ」とシオンが答えると、初老の男性は顔を輝かせた。


「いや、助かった! ちょっと困りごとが起きてね。中に来てくれないか?」


 ニケとシオンは顔を見合わせると、言われるがままに、薬所やくしょの中へと入った。


「私はこの薬所やくしょの所長をしているのだが、先日運ばれてきた急患が、どうも様子がおかしくてね」


「様子が、おかしい?」


 所長の言葉に、シオンは眉をひそめた。


「ええ。まあ、診てもらえんかね。私たちじゃ、どうもわかりっこなさそうで」


 二人が診察室に入ると、そこにはルーメリアの薬師くすしたちが集まっていて、みんな眉をひそめたり、眉間にしわを寄せたり、症状を精霊薬学辞典せいれいやくがくじてんから探し出そうと必死に試行錯誤していた。


 シオンとニケの姿から、巡回薬師じゅんかいくすしだと察したみんなが道を開けたため、診察台へとシオンが直行する。


 診察台には、鱗の生えたモグラのような精霊が横たわっていた。目が左右に四つずついていて、長い鼻に長いひげ。尻尾は全長の二倍はありそうな立派な精霊だった。


「この精霊が具合が悪そうなんだが、私たちルーメリアの薬師くすしは光や木の性格が強いから、他の性格の精霊の急患には、あいにく不慣れなところがあってね。助けてやりたいんだが、どうしたらいいのか分からないんだ」


 所長は困った顔をした。その場にいた誰もが、助けたくとも手出しができずに困っていた。


 魔力の性格の相性が悪い場合、治療がうまくいかないこともある。ただの怪我や風邪ならともかく、原因不明の症状が出ている場合は、同じ性格の魔力を持つ者の方が治療しやすい。


 巡回薬師は魔力が強いために、どの性格の魔力でもある程度は治療ができる。これが、巡回薬師が頼られ、尊敬される由縁だった。


「気を付けてくださいよ」


 言われてシオンはそのモグラに似た精霊の横にかがみこむと、腕に触れた。とたん、バチンと音がして電流のようなものがほとばしった。


 シオンの指を少しだけ焼いて、黒い煙を出しながらそれは収まった。


「こういうわけで、手が出せません」


 所長の悲しそうな声が診察室にぽつりと落ちた。


「どこが痛い?」


 シオンは精霊には触れないようにして、かがみこんでそう尋ねる。精霊はもぞもぞと動くが、声が聞き取りにくい。


 シオンが顔を近寄らせて懸命に聞き取ろうとする。その様子を、ただニケは見ていることしかできなかった。


 二人をじっと見守っていると、薬所やくしょを囲っていた木々がざわざわとして、そしてニケの足元から一本の木を生やす。


 いきなり現れた木に、薬師くすしたちがぎょっとした顔をした。


「どうしたの? 今ね、病気の精霊がいて、助けている途中なの」


 その言葉に、木がうなずく。次の瞬間、大量の薄い黄色の花を咲かせた。それは、祝福だった。


「……これ、そこの精霊に?」


 ニケの問いに、木がまたうなずく。ニケは花をもらうと、シオンに確認してからそれをモグラに似た精霊へと渡した。


 ――すると。


 うずくまった不調の精霊が渡された花に触れた時、黒っぽい煙のようなものが身体からじんわりと出てきて、それが精霊の祝福の花に吸収される。


 吸収したとたんに、淡い黄色の花はしわくちゃに枯れてしまった。


『あ、りがと……う』


 モグラに似た精霊の声がそこにいる全員に聞こえた。

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