第14話 ルシオラ

 ニケの足元に突如現れた精霊の木は、またもや祝福の花を咲かせた。ルーメリアの薬師くすしたちがそれを精霊に渡すために手を伸ばすと、木は嫌がって逃げてしまい、ニケとシオンしかその花を取れなかった。


「あなたたちしかダメなんだ。魔力の相性かもしれない。助かったよ来てくれて」


 所長がそう言うと、木がうなずいた。ニケは祝福の花をもらっては、モグラに似た精霊に渡した。


 花に触れることで、どうやら体内の毒素を排出できるようだった。何十回となくそれを繰り返すうちに、具合の悪い精霊が元気になり始めた。


『もう大丈夫だ。ルーメリアの精霊よ、薬師くすしたちよ。感謝する』


 モグラに似た精霊はそう言うと、自力で診察台の上に立ち上がった。


 精霊が身体を震わせると、くすんだ金色の鱗がピカピカと光り、金色の粉が辺りに舞った。古い鱗が剥がれ落ちて、新しく艶やかな鱗が下から顔をのぞかせた。


 それは、みるからに美しい金の魔力の精霊だった。


「良かった。いったい、何だったんだ?」


『私にもわからぬ。伝聞師でんぶんしにもらった液体を飲んだらこうなってしまった。昨晩飲んだ直後は平気だったのだが、今日になって急に身体が全く動かずに倒れ込んでしまった』


 シオンのその問いかけに、八つの目を瞬かせながら、精霊は淡々と返した。


「液体……?」


 みんなが首をかしげると、またもや木々たちがざわめいた。


 扉が開いて人が入ってきた気配がすると、白い長いワンピースを着た女性が迷わず診察室に踏み込んできた。


「遅くなってごめんなさい……あら、もう用事は済んじゃったかしら?」


 波のように繊細な白金色の長い髪の毛を揺らしながら現れたのは。


「――ルシオラさま!」


 この光の都を治めている、光の魔導士まどうしルシオラだった。




 魔導士まどうしルシオラは、おっとりした外見そのままににっこりとほほ笑むと、その場にいる人々を見渡す。


 この都の薬師くすしたち、そしてそこに混じるシオンとニケを見ると、さらに慈愛の深い笑みを見せた。


巡回薬師じゅんかいくすしさんね。もしかして、彼らが急患を?」


「はい、ルシオラさま。お呼びたてしたのにすみませんでした」


 いいのよ、とルシオラは笑うと、一歩前へ出てきた。診察台に近づくと、そこにかがみこんで、金の精霊に目線を合わせた。


「良くなりましたか、金の精霊よ」


『ああ、おかげで。この町の精霊と、巡回薬師じゅんかいくすしに助けられた。都の薬師くすしたちは私に手が出せない中、必死で治療法を探してくれた。感謝する』


「それは良かったわ。みんなに特別賞をあげなくちゃ。今晩、うちでお食事でもいかがですか? 巡回薬師じゅんかいくすしさんたちも、よかったらご一緒に。旅のお話でも聞かせてください」


 光の魔導士まどうしだけあって、ルシオラの笑顔は光り輝く太陽のようだ。


 ニケは、まじまじと穴が開くほどにきれいなルシオラの顔を見る。その視線に気づいたルシオラが、ニケを見つめた。


「あなたね。精霊たちが騒いでいると思ったら、こんなにかわいい薬師くすしさんだったのね。ルーメリアの精霊たちもあなたのことを気に入っているみたい。ぜひ、夕飯を食べに来て」


 こうしてモグラの精霊の急患は一件落着し、二人は招待されるまま、精霊樹せいれいじゅのある都の中心部へと向かっていった。


 背の高い木々たちで造られた町を抜けると、その中心には今までとは比べ物にならないほどの大きさの精霊樹がある。


 精霊樹を囲むのに、一体何十人の人間が手を繋ぐことだろう。


 まるで小高い丘か小さい山のような高さの精霊樹にニケが圧倒されていると、ルシオラがふふふと笑った。


「こちらへどうぞ」


 上から垂れている太い蔦に触れると、それが生き物のように突如動いて、高い所にある入り口へと運んだ。


 シオンと共に蔦に触れると、その蔦が二人をくるくると包み込んで、上へと運ぶ。ニケはなんだかわくわくした。


「わあ、すごいっ!」


 通された部屋には、すでに食事が整えられていて、続々と都の薬師たちもやってくる。こんなに豪華な食事を見たのは初めてで、ニケは並べられた食事に思わずお腹が鳴って、シオンが笑った。


 時刻はすでに夕暮れになっていた。


「さあみなさん、ちょっと早いですけど、食事にしましょう」


 ルシオラがにっこりと笑うと、豪華な晩餐会が始まった。


「シオンさん、ニケちゃん。今日はありがとうね。この都のお料理は気に入ってくれたかしら?」


 口いっぱいに肉をほおばるニケを見ながら、ルシオラがほほ笑む。それはみんなを照らし出す柔らかな日差しのような笑顔だ。


「すごく、おいしいです! ありがとうございます」


「いいのよ、あなたたちが居なかったら、あの精霊を助けられなかったようだし。でも妙よね」


 ルシオラは、毒素を吸い取って枯れてしまった精霊の祝福の花を見つめた。魔導で作られた透明な袋で厳重に包んである。


「シオンさんは、どう思います?」


 話を振られたシオンは、一拍おいてから考えをめぐらした。


「飲んだ液体が何だったかを調べないと答えは出ない」


「うーん。伝聞師でんぶんしたちの間で流行ってる栄養剤があるらしいけれどそれかしら。でもそれは、疲れや傷に効果てきめんらしいから、別のものかしらね」


 ルシオラはその枯れてしまった花々を、強い魔法の光で一瞬にして塵にした。


「まあ、今は難しい話はなしにして、楽しみましょ。お二人は今夜はどうぞ、こちらに泊まっていらして」


 晩餐会が終わったのはその数時間後。ニケはお腹が膨れすぎて歩けなくなった。

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