第12話 魔力確認
ニケは水盆式の前に立つと、ゆっくりと深呼吸をした。
水盆式の前になると、ニケはいつも緊張を隠せない。それは、いつだって自分に魔力が無いことを証明するためのものだったからだ。
(――今日こそは)
ニケが意気込んで、コップの前に手を差し出す。
きらり、と敷かれた
コップの中の石がコトコトと音を立てて動いた。
「やった、動いて……あ、あれ!?」
コトコトと動いて、そして、数秒後に石は止まった。水も、何の反応もない。
「あっと……えーっと……」
ニケはそのまま手を引っ込めた。
(――今回も、だめだったんだ)
それを見ていた周りから、くすくすと笑い声が聞こえてきた。シオンのとてつもない魔力確認の後だったために、期待して見物していた人々がニケの結果を見て落胆した声だった。
ニケが落ち込んでいると、検査官は「助手さんは魔力なしですね」と事務的に言いながら、書類に書き込んでいた。
「シオン、ごめん」
「いや」
シオンは、その硝子のコップを見る。すると、次の瞬間、甲高い音を立ててコップが粉々にはじけ飛んだ。さすがにそれには、そこにいた全員が驚く。
検査官は二人の入都を許可した。コップが割れたのは、どうやらコップそもそもの寿命だったらしいということで片付いたが、シオンは違うと確信していた。
――ニケには、魔力がある。
シオンは、ニケの魔力を、先ほどのコップの反応で確信していた。
それをまだ伝えていないので、ニケは相当に落ち込んで肩を落として歩いている。下を向いているので、行きかう人に時々ぶつかってはよろけている姿を見て、シオンはニケを引っ張ると、城壁をくりぬいて作られた入り口の脇に押しやった。
「ニケ。しっかりしろ」
「ごめんなさい。私やっぱり、魔力が無いみたいで。こんなことで、薬師になれるのかな……シオンにも恥かかせちゃった」
そんなことはどうでもいい、とシオンはニケの肩に手を置く。ニケは、やっと顔を上げて、シオンを見た。
「いいか、ニケ。魔力が無いのは俺の方だ」
「なに言って……ってさっきあんなに火柱が」
これだよ、とシオンは耳から下げている美しい細工が施された、真っ赤な石の耳飾りを見せた。
「これで、魔力を調整しているだけだ。あの検査官が火の属性だったから、それを吸収して溜め込んでいた魔力で増大させた」
「そんなこと、できるの?」
「ああ。この特殊な魔法石ならな。触るなよ。触ると、魔力を吸い取られる」
ニケは何もしていないのに両手を後ろに引っ込めた。そして、そもそも自分に魔力はないのに、と思い至った。
「安心しろ。ニケには魔力がある」
「え……?」
「でも、それを説明するには道具が足りない。だから後でだ。まずは、この光の都ルーメリアを楽しもう」
シオンが美しく笑って、ニケの手を引っ張る。
「わあっ!」
トンネルのようにくりぬかれた城壁を抜けると、そこには天まで高くそびえ立つ白磁色の木々が連なり、その木々が蔦と緑と枝とで繋がり、家となり、壁となり、町となっていた。
「どう、ニケ。感想は……声にならない、かな?」
はしゃぐニケを見て、シオンはゆったりと笑った。木と花と緑で造られた町。頭上高くに生い茂る木々の緑の隙間から光が差し込み、あちこちにある水路には清らかな水が流れている。
小さな水車が水を運んでいて、カタコトと音を立てていた。
「すごいよシオン、こんなの初めて!」
さっきまでの憂鬱な表情はどこへやら、ニケはすっかり光の都ルーメリアのとりこになっていた。
細い木々が寄せ集まって造られた家々は、その多くが小さいお店になっていて、パンやチーズ、お土産物に飾り物など、なんでも売られていた。
ニケがきょろきょろしていて、歩いてきた人に気づかずにぶつかると、そのままよろけた。
「わ。あ、ご、ごめんなさい」
すると、家だった木の何本かがするりと伸びてきて、転びそうになったニケの身体を支えた。
「え? 助けてくれたの?」
ニケが立ち上がって、支えてくれた木に触れると、チイとビイと同じ香りがした。ニケは懐かしくなって、その木に抱きつく。木々から、精霊独特の温もりが感じられた。
「ねえ、あなたも精霊なの?」
抱きついたまま尋ねると、ニケが触れたところから、とつじょ見たこともない植物が爆発するかのように伸びてきて、あっという間に薄い黄色の花々を咲かせる。
「あら、お嬢さん。旅の人かい。ずいぶんと、この都の精霊に気に入られたようだね」
驚いて声も出せないニケに、この都の人が笑いながら祝福だ、おめでとうと口々に声をかけた。
見ると、ニケの手の甲に、チイとビイからもらった祝福が浮かび上がり、それに都の木々の精霊が共鳴していた。
「ゆっくりしておいき。ここまで精霊に祝福されているんだからね」
そうして、ニケは光の都の人々と、精霊に早くも受け入れられた。
「シオン、なんかすごいね!」
ニケが歩くたびに、壁や家だった木の枝たちが動いては、ニケの頭を撫でたり、葉っぱを伸ばしてきたりしてくすぐったりする。
あちこちで、精霊が人々をからかう姿が見られるのだが、ニケは特に気に入られているようだった。それにニケはあいさつ代わりに触りながら歩いた。
「すごいのはニケの方さ。こんなに精霊たちに気に入られて」
ニケに向けて伸びてきた木の枝を避けながら、シオンがそう話した。ニケはその枝に撫でられ、頭上から花びらが降ってくるのを嬉しそうに眺めながら笑った。
「チイとビイがくれたこの祝福のおかげ。気に入ってもらえるような魔力なんてないもん、私に」
「そういえば、ニケの町の精霊たちは木の精霊だったな」
「うん」
「だからか、ここまでニケを気に入っているのは」
シオンは感心しながら、まるで一人パレード状態のニケを連れて、ゆっくりと歩いた。
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