第二章

光の都

第11話 光の都

 数年ぶりに町から出たニケには、その風景は新鮮なものだった。


 野原の奥に続く青黒くそびえる山々。粉砂糖をかけられたように山肌には雪が積もり、山頂は雲を突き抜けている。


 煉瓦で舗装された道ではなく、大地を踏みしめながら歩く感覚――。


 森からはうっすらとした冷気が漂い、生き物たちがガサゴソと動いているのが時たま見えた。


 ニケが住んでいた町から、歩いて一日で、次の小さな町に着く。それからさらに四日歩くと、〈光の都みかりのみやこ〉と呼ばれる大きな町があった。


 町といっても、国と呼んでいないだけであって、国と同じ規模の自治権を持つ。


 大陸中には様々な都や町や小国家が点在しているが、それぞれ独自の自治権を持っているのは、精霊と人との関りがあるからだった。


 その土地の精霊と密着して生活し、その魔力の恩恵によって土地の環境や均衡を保っているため、国土をむやみやたらと広げるということはできない。


 侵略すれば、必ず精霊と人との争いが起こり、それによって周辺一帯の均衡が崩れてしまう。その影響がどこまであるかは、人にも精霊にも分からない。


 そのため、大国家と言われるような国は存在しておらず、それに当たる都が国と同程度かそれ以上の権力や支配力を持っていた。


 もちろん、そういった都には、巨大な力を持つ精霊や、優れた魔導士まどうしや王が居なくては成り立たない。


「その都は、光の魔導士まどうしが治めている場所だ。このあたり一帯で、一番大きな精霊樹せいれいじゅを持つと言われている」


 故郷の町から歩くこと丸五日。ニケは、歩きづめで夕方になると棒のようになってしまう足に、自作の湿布を張りながらその日も歩いていた。


 シオンは歩くのには慣れているようで、ニケの様子を見ながら歩調を合わせていた。


「光の、魔導士まどうし?」


「魔力に属性と言われる性格があるのは知っているな?」


 それにニケはうなずいた。それは、この世界では常識であり、魔力が無かったとしても、知らない人間はいない。


「火、水、風、土、金、木、光、闇だよね?」


「そうだ。そして、膨大な魔力を持ち、その魔力の応用である魔導まどうを扱える者を、魔導士まどうしと呼ぶが、この先の都は有名な光の魔導士まどうしがいる。守護精霊しゅごせいれいも木の性格だから、相性の良い二人によって、都は栄えているんだ……さあ、もうすぐ着くぞ」


 シオンが木々を分けてそして立ち止まった。その高い丘から、ニケがシオンの視線の先を見る。そこには中央にある巨大な木を中心にして円を描くように放射線状に広がった、緑と水にあふれた都が見えた。


「――あれが、光の都ルーメリアだ」


 *


「はい、ではこちらに並んでください。魔力がある方はこちらへ」


 ルーメリアの入り口に着くと、そこは緑に覆われた壁が高くそびえ立っていた。


 大きな都になると、外壁を造って侵入を防ぐ。この都の外壁は、うずたかく積まれた灰色の平石で、それを覆うように緑色の植物がびっしりと生えていた。


 入都前に魔力確認があり、一般の人と、魔力がある人に分けられた。


「シオン、私もこっちでいいの?」


 魔力がある人の列にシオンと一緒に並びながら、ニケは少し不安を覚えた。魔力の試験に合格しないと入れないと言われたら、ニケはたまったものじゃない。


薬師くすしはどの都でもこっちだ。ニケは俺の弟子なんだから、心配しなくていい」


「そっか。あ、ちなみに、シオンって魔力は何の性格なの?」


 俺は、とシオンが答えようとしたところ「お次の二人、こっちへ」と言われてしまった。


「見てればわかるさ」


 シオンが口の端に笑顔を乗せた。


「では、水盆式の魔力確認しますね。えっとお名前はシオンさんと、ニケさん……お仕事は巡回薬師じゅんかいくすしと。あ、薬師くすしの方ですね」


 検査官は、二人をさっと上から下まで見た。


「この都では、魔導士まどうしルシオラさまが光の性格なので、闇の魔力をお持ちの方とは相性が悪くて。なので、闇の魔力をお持ちの方は、滞在許可は出るのですが、魔力を使ってのお仕事や商売は禁止されています。なので、魔力確認にご協力ください」


 検査官に事務的に説明されると、シオンがまず呼ばれた。


 台の上に、魔法陣布まほうじんふとよばれる魔法陣が描かれた布が敷かれており、その陣の真ん中には水と魔法石が入ったコップが置かれている。


 一重の輪に描かれた魔法陣は、この水盆式の魔力確認のためのものだ。


 時計回りの十二時の方向から、光、風、火、金、闇、土、水、木という八つの魔力の性格を表す魔法文字が書かれている。


 ニケが辺りを見れば、その水盆式が置かれているテーブルが横にいくつも並べられていて、あちこちから魔力の反応が起こっていた。


 隣は風の性格の魔力を持つ人だったようで、コップからやんわりと風が巻き起こっている。


 その隣は金の性格で、コップからごとごとと音を立てて鉄くずのようなものが生成されていた。


 ニケはごくりと唾を飲み込んで、シオンの隣に並んで彼がコップに手をかざすのを見つめた。


 シオンの手が、コップの上に置かれる。


 さっと魔方陣布まほうじんふに描かれた魔法陣に光が走り、魔法石が反応する。


 ごぽごぽと音を立てて石が動き始めたかと思うと、コップの中に気泡が集まる。


 ――そして、次の瞬間。


 ごお、と音を立てて火柱がコップから噴き出した。


 検査官が、その勢いに三歩後ずさる。ニケは火柱が噴出した衝撃で、その場で尻餅をついた。


 天井まで届いた火柱は、シオンの手が触れたことによって、一瞬で消えた。そのあまりの威力に、一瞬その場が静まってしまった。


「もういいか?」


 固まってしまった検査官に向かってシオンがそう呟くと、「え、ああ。はいもちろん」と言って検査官はずり落ちた眼鏡を元に戻した。


 それは、圧倒的な魔力だった。


 薬師くすしというよりかは、魔導士まどうしに近い水準の魔力。シオンはびっくりして尻餅をついたままのニケに向き直る。


「次はニケの番だ」


「え、私?」


 そうだと言われて、ニケは立ち上がるとおっかなびっくり水盆式の前に立って、検査官を一瞬だけ見つめてから、コップに手を伸ばした。

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