第7話 急患
翌日、村外れの精霊の森にある、
ニケも朝から散々ビビに嫌みを言われてげんなりしていたのだが、もしかしたら久々にチイとビイに会えるかもしれないと思って、一番後ろからついて行った。
森に入ると暖かく、初めて入る子どもたちも、その不思議な感覚を全身で感じていた。
精霊がいる森特有の植物を見つけては、シオンが丁寧に説明する。そうしているうちに、チイとビイが姿を現した。
シオンが腕を伸ばす。ニケは後ろの方から、みんなに気づかれないようにそっと二人に手を振った。
チイもビイも、シオンの腕にとまると、三人がお互いに額を合わせる。それは緑と花の溢れる森で見る奇跡の光景のように思えた。
魔力が少ない子も多く、そんな子どもたちには、ロンが運んできた持ち出し用の鏡を使って精霊の姿を写しながら見ていた。ニケはその光景を、後ろでずっと黙って見まもっていた。
「この先に
「急患だー!」
シオンの声を遮って、町の少年が走ってきた。息を切らせながら、みんなの所へ来ると、「鐘が鳴ってる、誰か来てくれ!」と伝えた。
それがリンゴン鳴っていた。
シオンをはじめ、
戻ると、入り口でぐったりしている獣の姿の精霊がいた。狸のような姿をしているが、背中からは植物を生やしている。そして、額の真ん中には、大きな化石のような角が一本あった。
シオンはすぐにその精霊を抱きかかえて、診察室へと入った。
診察台に寝かせると、その三方向に立てかけられている鏡によって、みんなにも姿が見える。
「小さい子たちは、いったんここから出て行ってね。年長者だけ残って」
ロンがテキパキと指示を出し、ニケは小さい子たちを診察室から出し、そして薬の本を読んでおくように伝えてすぐに戻った。
「あーんたもあっちで待ってていいのよ?」
診察室に入ると、近くにいたビビに嫌味を言われる。ニケはちらりと彼女を見てから、じっと診察台を見た。
ロンがニケがいるのを見て、ちょっと複雑に顔を曇らせる。ニケはそれを見て少ししょんぼりしたのだが、今はそれより急患を診なくてはと気持ちを入れ替えた。
シオンはあっという間に触診を終えて、状態を確認した。そして、精霊と言葉を交わす。それは小さくて、遠くにいるニケにはなんと言っているのか聞き取れない。
しかし、シオンは精霊に頷いてから、そこで見守る若い
「許可を取った。一人一人、診てくれ」
シオンの声に、その場にいた全員が言葉を飲み込んだ。
まず初めに、ロンが触診をした。鏡越しに、その獣姿の精霊に触れる。脈を取り、目や舌の状態を確認する。そしてから、シオンに状態を伝えた。
次はビビ、そしてダン、ラダの順に続いた。
「みんなの見立ては、人間でいう風邪に似た症状で間違いないか?」
シオンの問いかけに、その場の全員が頷いた。ダンとラダは少し不安そうに、ロンも神妙な面持ちで、ビビはしっかりとうなずく。
「では、何を処方する?」
「
そう答えるロンに続いて、ビビが口を出した。
「あと、
他には、とシオンが促すが、みんなの意見は一致していた。
四人が確認のために、自分たちが書いたカルテを見せ合いながら、そして答えをまとめる。
「風邪で決まりです。処方箋は、
「……わかった」
シオンはそう言ってから、そして後ろで今まで黙っていたニケに振り向いた。
「――ニケ」
呼ばれて、ニケはまたもや肩を震わせた。恐る恐る見ると、シオンのまっすぐな瞳に射抜かれた。
「ニケ。君も診ろ」
「――え?」
その場にいた全員が息をのんだ。ぽかんと口を開けたままニケとシオンをかわるがわる見る。
「いやっ、その、私は……」
「そうですよ、シオン様! この子は出来損ないの落ちこぼれで、魔力なんてないのに!」
騒ぎ出すビビを、シオンが目だけで黙らせた。ロンが困った顔をする。
「ニケ、病人を放っておく気か?」
「そんな……」
「おいで、早く」
シオンが目を細めた。ニケはおずおずと一歩前に進み、そして精霊の前に立った。それを見ると、シオンは三方向に置かれていた鏡に、被せ物をしてしまった。
「え、それじゃ診られないんじゃ……!」
ロンは慌てて手鏡を出す。ビビも眉を潜めた。ダンとラダは、ロンが取り出した手鏡に近寄った。
誰もが見守る中、ニケは恐る恐る精霊に近づく。
そして、ベッドの脇に片膝をつくと、額の前で拳を合わせて精霊に向かって頭を下げた。
「はじめまして、私の名前はニケです。
ニケは震える声でそう伝え、そして目を開けた。
すると、診察台に寝そべっていた精霊が、ニケを見て笑った。シオンも、それを見てふと安心したように優しく口元を緩めた。
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