第3話 シオン
『ニケ、この人僕たちが見えてる! しかも、言葉も分かるよ!』
『すごいよ、ニケ以外の町の人たちは僕たちのこと誰も見えないししゃべれないのにね』
「ちょっと、だめだって勝手なこと言っちゃ!」
慌てて二人を掴もうとしたが、彼らは腕から飛び去ると、くるくると頭上を旋回して、ニケの頭の上にチイがとまる。ニケがむすっとした顔をして腕を伸ばすと、そこにビイがとまった。
「へえ。君はずいぶんと精霊と仲がいいんだな。見えて、聞こえているなんて珍しい。精霊の祝福が付いているのは、この二人からのものだな」
「祝福が分かるの?」
ニケが驚いて聞き返すと、青年は「ああ」とうなずいた。
「祝福にも種類はたくさんあって、君が持っているのは、安全祈願みたいなものだ」
思わずニケはチイとビイを見て「ありがとう」と伝えた。二人は大喜びで、くるくると二人の周りを飛んで、またニケの腕に戻った。
「君は、この先の町に住んでるのか?」
「うん」
青年はしばらくチイとビイを見ながら、ニケと並んで座って休んだ。
「あなたは、旅の人でしょう? あの町に用事があるの?」
「うん、まあそんなところ。君は、ここで何をしていたんだ……ニケ」
ニケは突然名前を呼ばれてどきりとした。
「えっと……」
「いいよ。俺は他人だし、あの町に知り合いもいないから、言いふらしたりしない」
言うのをためらったニケを察したのか、青年はそう言った。ニケは唾をごくりと飲み込むと、今まで師匠にしか話したことがないことを伝えた。
「精霊しか友達いなくて。私、魔力が無いの。だけど精霊が見えて、しゃべれるの。だからそれで、嘘つきってみんなに言われてて……」
「——魔力が無い?」
その質問に、びっくりした顔をしている青年をちらりと見てから、ニケは両膝を抱え込んで視線をその先の地面へと戻した。
「うん。水盆式で何回も魔力の確認をしたけど、何の反応もないの。でも、こうやって精霊たちが見えてて……だから、いつもここに話をしに来ていたの。今日も嫌なこと言われて、それで飛び出してきただけ」
「それは……」
青年はチイとビイを指先で撫でるニケをまじまじと見ながら、そして眉根を寄せた。魔力が無くて精霊が見えるという話は、青年は聞いたことがなかった。
それなりに魔力があれば、ある程度は精霊の姿は見えるか聞こえるかのどちらかだが、どちらもできるというのは中程度以上の魔力が無いと難しい。
『魔力が無くてもニケはニケだよ、ずっと僕たちと友達だ』
『そうそう、僕たちとおしゃべりができればいいじゃんか』
チイとビイが口やかましく話し始めて、ニケは「でも」と言いながら口を尖らせた。
「君が魔力も無しにどうして精霊を見たり、話したりできるのかは謎だけど、まあ悪いことじゃないし、気にしなくてもいいんじゃないか? 人間にだって、見えているつもりでも見えていない人だっている」
青年はなぐさめにもならないような事を言ったのだが、なんだかニケにはその気楽さが嬉しかった。
風がまたざわざわと吹いて、木の葉を揺らした。まだ季節は寒い。だが、この森が町よりも少し暖かいのは精霊が住んでいるからだった。
「そういえば、あなたは旅をしているのよね? 竜って見たことある?」
「……竜?」
ニケの問いに、青年は首をかしげた。ニケは目をきらきらとさせる。
「そう、竜だよ、竜! 旅人なら見たことあるかと思ったんだけど、その顔じゃ見たことなさそうだね」
「なんで竜を見たいんだ?」
青年は不思議そうにした。竜は、すでに伝説上の生き物とさえ言われている。精霊の長であり、絶対的存在。その長い寿命と強固な体から、不老や不死の象徴にもなっていた。
そして、〈
「私、一人前の
「そうか……」
青年は遠くを見つめて、細く息を吐き出した。
「俺も、竜を探している」
その声にニケが驚いて、飛び上がるように身を乗り出した。チイとビイが慌ててニケの頭と肩にとまり直す。
「あなたも竜を探しているの?」
「ああ、ずっと探しているんだが……なかなか、俺の前には現れてくれない」
苦笑いをしながら、落ちている木の葉っぱをくるくると指先で回す。
「ずっと、探す旅をしているの?」
「まあね。いろいろな町をまわりながら、竜の情報を集めているけれど、収穫はゼロだ」
「そっかぁ……」
気落ちするニケの髪の毛を、チイがつついた。
『ニケ、きっと見つかるよ、ニケなら大丈夫だよ』
『そうそう。ニケは精霊が見えるんだから! 一人前に早くならないとね』
ニケはちょっと悲しそうな顔をして、口を尖らせた。
「私が、この町から出ていくことができたら、一人前の
チイとビイが応援しているよ、とニケにほおずりをした。
「さて。ゆっくりできたし、俺はそろそろ行く」
そう言って青年が立ち上がる。長い一つ縛りの漆黒の髪の毛が背中で揺れた。
「え、もう行っちゃうの? また、会ってお話しできる?」
荷物の元へと歩く青年の背中に向かって、立ち上がったニケが問いかける。彼は荷物を背負って、目深にフードをかぶると、「できるさ、きっと」と言いながら歩き出した。
「あ、あの、行く前に名前、教えて?」
青年は立ち止まって振り返る。人形のように美しい顔立ちと印象的な瞳がニケを見た。
「——シオン」
「シオン……シオン、うん、忘れないようにするね! シオン、気をつけてね!」
ニケが大きく手を振ると、優しい笑顔を向けてからシオンは街へと向かって去って行った。ニケは、見えなくなるまでしばらくその後ろ姿を見ていた。
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