第2話 青年
二人の精霊の祝福をもらうと、ニケはいつの間にか心が温かくなって、泣きそうだった気持ちがおさまっていた。
精霊たちは万物の源、根源に近い存在と言われており、魔力を元に生き、人間にない力があった。
『ニケ落ち着いた? よかった、楽しいことお話しよう』
『悲しいことがあったら僕たちのところに来てね。僕たちはずっとニケの味方だよ』
「二人とも、ありがとう。なんかちょっと元気出た」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか気持ちが晴れてくる。今日言われた嫌みなんて、考えてみればいつもの事だったのに、とニケは思った。
〈嘘つきニケ〉は今に始まったわけではなくて、ニケが
ニケは魔力がない。それは魔力の種類を見る
しかし、魔力がないのにも関わらず、ニケには精霊が見えた。魔力がなければ万物の根源である精霊は、絶対に見ることができない。
精霊が見える見えないは先天的な要素が大きく、魔力が強ければその姿をはっきり捉えることができるのだが、魔力が無い人にとっては、もはや、おとぎ話や作り話の世界のもののように感じられていた。
魔力が無いのに精霊の姿が見えるなんてことは、常識からすればあり得ないことで、だからニケは嘘つきとみんなから呼ばれていた。
ニケを拾ってくれた
しかし、実際に見えているものを見えないと言ったり、見えないふりをして生活するのは難しい。
なぜなら、ニケが生活している
常日頃から見えているものを見えていないふりをするというのは、ニケにとって辛いことだった。
それでも、師匠はニケに「他の人に言ってはいけない」と何度も固く誓わせた。約束をニケは守った。しかし、精霊を完全に見ているニケがする行動はどこかちぐはぐで、一人で遊んでいたり、誰もいない壁に向かって話しかけていたりするのを度々目撃されるうちに、薬所の子どもたちはニケを気味悪がった。
そしてそのうちに、気味悪がられるのを通り越して、嘘つきと呼んだり、ちょっとしたいじめを繰り返したりするようになっていった。
そんなことがある度に、
いつもこうして遊んでいると、半年前には必ず迎えに来てくれた人物がいた。身寄りのないニケを旅先で拾い、足を悪くした晩年にこの町で構えた
半年前に彼が亡くなって以来、ニケのもとに迎えに来て、「ニケ。家に帰ろう」と言って手を繋いで帰る人はいない。ニケの生まれつき白い髪の毛を、かわいいよと言って撫でてくれる大きくて優しい手はもうない。
*
「そこに誰かいるのか? 何をしている?」
とつじょ話しかけられて、ニケは驚いて悲鳴を上げた。抱え込んだ膝に乗せていたチイとビイを掴むと、抱きかかえて服の下にしまう。
いきなり掴まれて服の中に押し込まれたチイとビイはちょっと暴れたのだが、すぐにおとなしくなった。
「何って、えっと」
独り言だよと言おうとしたニケは口を開けたまま止まった。木の陰から出てきたのはすらりと背の高い、しかし体つきのしっかりとした青年だった。
見たこともないような民族衣装のような服を着て、男の人なのに見惚れてしまうほどにずいぶんときれいな顔立ちをしている。
吸い込まれるような金色の瞳をニケに向けて、そして背負っていた大きな箱を地面におろすと一息ついた。
「誰かとしゃべっていたのか? 誰もいないけど」
「えっと……」
「まさか精霊か?」
青年は木の幹によりかかると、腰に下げていた革の水筒から水を飲みながら、ニケの方を振り向いた。木漏れ日に、青年の耳から下げた真っ赤な大きな飾りのイヤリングがきらりと光る。何とも神秘的で、青年の方がまるで精霊のようだった。
「精霊が見えるの?」
ニケの質問に、青年が穏やかにほほえむ。
「どうだと思う?」
「どうって言われても」
ニケのシャツの中で、チイとビイがもぞもぞと動いた。
「わ、だめだよ動いちゃ。もし危ない人だったらどうするの!?」
小声でそう怒って、顔を出そうとする彼らを押し込もうと奮闘したのだが、結局首元からひょっこりと顔を出して二人は青年を見つめた。
青年の漆黒の長い黒髪が風に揺れる。ニケを見つめ、ふときれいな顔に優しそうな笑みを広げた。
「ほら、やっぱり精霊だ」
青年は立ち上がると近寄ってくる。ニケは怖くなって縮こまりながら、いつでも逃げられるように足に力を入れた。
青年はゆっくりと近づいてくると、固まるニケの前にかがみこんで、首元から顔を出すチイとビイを見つめた。
「木の精霊。このあたりに住んでいるのか」
きれいな姿だと彼がつぶやくと、チイとビイはニケの服の中から飛び出して青年の方へと羽ばたく。青年が驚いて出した腕に二人して飛び乗った。
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