第一章
嘘つきニケ
第1話 嘘つきニケ
「またニケったら、そんな嘘ついているの?」
「違うってば、本当にあっちに
はいはいと手で追い払うような仕草までして話を止められた。
同じ
「そうやって嘘ばっかりだから、ニケはいつまでたっても見習いなのよ」
「違っ…」
「仕事の邪魔だからあっちに行って」
魔力の無いニケが精霊を見ることができるはずもない。ニケに精霊が見えているとしたら、それはニケの頭がおかしいからだと、誰もがそう思って相手にしなかった。
そのため、ニケにつけられたあだ名は〈嘘つきニケ〉。町を歩けば大人にだってそう言われてしまう。
しかし、ニケは頭がおかしいわけではなかった。本当に、ニケには精霊たちが見えていた。けれども、それを信じてくれる人間は、つい半年ほど前にこの世から去ってしまった。それも、あの〈
ニケはいたたまれない気持ちになって、
そういうわけで、ニケはもう十四歳にもなったし、この
同い年の子どもたちはみんな、とっくに一人前になって町を出たり、ここで手伝いをしているというのに——。
飛び出したニケが行く場所はいつでも決まっていた。町はずれの
「あら、ニケ。またサボっちゃったの? みんなに、嫌なことでも言われたの?」
ニケがトボトボと歩いていると、気さくな笑顔で話しかけてきた人物がいた。見れば、大量の花を抱え込んで運んでいる最中の、花屋の看板娘のレイだ。彼女は花のように柔らかな笑顔をニケに向けた。
「大丈夫? 落ち込んだ顔しているわよ。このお花を一本あげるから元気出してちょうだい。はい、この白いお花。ニケの髪の毛と同じ色だし、あなたによく似合うわ」
「あ、ありがとう。お金……」
いいわよ、プレゼントだからとレイは微笑むと、また花を運ぶために歩き出して行ってしまった。ニケは渡された白い花をじっと見つめ、それを持ったままとぼとぼと歩き出した。
レイとニケのやり取りを見ていたパン屋の女将さんが「ちょいと」と言ってレイを呼び止めた。
「あら奥様、どうされました?」
「ニケに花なんかあげてどうするんだい。あんな落ちこぼれの嘘つきにさ」
それにレイはちょっと困ったような笑顔を見せた。
「かわいそうな子じゃないですか。身寄りもなくて、嘘をついてみんなの気を引こうとして。拾ってくれた
「そりゃあ、そうだけど」
「魔力もないのに
二人は振り返ると、寂しそうに歩いていくニケの後ろ姿を見送った。
「なんで、分かってくれないのかな」
ニケが一人つぶやいて、もらった花をぎゅっと握りしめて投げ飛ばそうとした。
――その時。
『あ、ニケ! なにしてるの!?』
『わあ、お花だ。僕たちにプレゼント? あれ、どうしたの、泣いてるの……ってあれ、ほんとに泣きそう!? 大丈夫、どうしたのニケ? どこか痛いの?』
にじむ視界には、人間ではない姿をした生き物――精霊がいた。
*
チイとビイという精霊二人は、この場所に住んでいる木の性質を持つ精霊だった。小鳥の形をしている二人は、頭から二本の角が生えていて、身体からは草木が茂っている。
この辺りの精霊は、動物の形などをして、だいたいが身体から草木を生やしていたり、花を咲かせていたりする。
チイもビイも、身体から美しい草木の芽が生え、そして花を咲かせていた。その幻想的な姿の二人にニケが手を伸ばすと、そこを宿木にして二人がとまる。
心配そうにニケをのぞき込むので、慌ててニケが涙をごしごしと服のすそで拭って、二人に今しがた投げ飛ばそうとした花を見せる。
「もらったの。二人にあげる……私には似合わない」
二人はニケより小さかったので、チビだねと言ったのが始まりで、名前を持たないという彼らにニケがチイとビイと名付けた。それ以来、ニケは小さい時から彼らの所へよく遊びに来ていた。
花を見ると、二人は嬉しそうにそれを交互に見つめて顔を寄せた。
『ニケにとっても似合うよ。ニケの白い髪の毛にぴったり!』
『僕たちが飾ってあげるよ』
ニケが止めるより早く、二人の精霊が花をくちばしでつまむと、長すぎる茎を外してニケの髪の毛を整え、耳の上にちょこんと乗せた。
『すごい似合うよ!』
『きれいだよニケ、お花も喜んでいる。僕たちが
二人は目をつぶると、ニケも慌てて目をつぶった。
祝福とは精霊たちの挨拶のようなもので、好きな人に渡すお守りのようなものだ。精霊の祝福を受けたものは幸せになると言われている。
この祝福を渡してもらう瞬間は、心地が良い。まるで二人の世界にニケも入れたような気持ちになる。
――人間の友達なんかいなくたっていいや。
こうして彼らが共にいてくれれば。そうすればニケは寂しくない。そう思ったら、ささくれ立っていた心が少しだけ和らいだ。
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