2 ー真優ー
夜の仕事は続かなかった。
ううん,違う。
今までもろくに続かなかったから,この仕事に限った事ではない。
やるからには上を目指す人や,一生懸命努力を怠らない人。その中に,私のような「なんとなく」であり「時給良いから」って入る子もいる
でも,実際働いて分かったのは
半端な気持ちでやっても成績は上がらず,キツイ言葉を掛けられ
店の空気と女の子達や,勿論お客さんに楽しんでもらえるよう努力し続け,凹む時間もない。
…それと
女の世界でもあったから
常にアンテナを張り巡らし,考えを行動に移さなくてはならない。
いつだったか忘れたけど
なりたい職業上位にランクインしてた。
やりたい事があるのは素敵なこと
でも,夢を壊すようで悪いけど…興味範囲で惹かれる所には,物凄い努力と強い心が必要
それでも,実際経験しないと分からないから
その道に進んでも何も言えない。
だって,私が挫折した人間だから,ありがたく聞きたい「成功者の声」ではない。
手の傷が癒えるまでアパートで過ごし,今は実家に居る。
帰っていいか聞いた時,照れくさいような…嬉しい言葉が返ってきて良かった…。
家族みんな,我が強いから否定されてもおかしくなかったのに,気持ち悪い程優しい言葉がメールに書かれていた。
傷はちくちく縫うものだと思っていたけど,今ってホチキスみたいなので
ガシャンガシャン
て,パックリ開いた傷をとめる。
自傷をする人を理解出来ない人は世の中には多い…私は少なからず感じてきた。
「弱いから」と…。
でも,何十年と生きる人間に,弱さが無い人はいないし,それが外に向かうか内…,自分に向かうかそれぞれ。
私は,辛い感情が全て自分に向かってくるタイプだったから,趣味がある訳でもないし,一度爆発したら傷付けるしかなかった。
お金があればタトゥーを傷の代わりに入れた。
「この文字を誰にも読めない文字にして彫って下さい」
「あなたは毎回注文が細かく多いから,老眼いじめ?まるで世界地図」
アパートから近く,独立して開いたお店
まず,ハットをかぶった骸骨が迎えてくれ,その後に「あら~また来たの~?」なんて言われるが,
予約してるから知ってるくせに…
と思いつつ,居心地のいい場所でもあった。
「どうなの?最近。……ほらっ,なぁーんでまたやっちゃうかなぁ~」
口調だけ聞くと(ん?)と思うが,私の父親位の男性。
なるべく見えないようにして働いていたけど
「刺青入ってるね。ちょっと見せてくれない?」
って言われ,戸惑った笑顔を見せながら相手に見せたら
「……生きる意味…。せめずにくまず……聖書か何か?」
英語で彫った文字を読み解こうとするお客さんがいた。
やめてくれ…言葉に出さないで!読み取らないで!私の心を見ないでっ!!
って叫びそうになりながらも,相手が少しいい気分だったからか,話題をずらし
「マユちゃんだったか。君は興味深い。気に入った!ははっ」
と,指名を取れた。
でも,それから私自身が忘れない限り様々な国の文字が増えたのも事実
人間って本当に分からない。
小学校の運動会の時みたいに,胸元に
「幸せ組」とか「悩んでる組」ってゼッケン付けて書いてあればいいのに…
見える人だけに見えるように…。
実家に帰って来て二つ変わった事があり,一つだけホッとした事があった。
まず,,祖父母が亡くなりお父さんお母さん二人で暮らしてる事と,家がやたら広く感じた事。
もうひとつは
お母さんが悲しい顔をしなくなった事。
お父さんは,あまり喋らない人だけど,時折寂しそうな表情をしていたが,お母さんは重い何かがとれたように生き生きしていたし,姉は県外に嫁いだらしい。…らしい。
「…久しぶりにあんたの顔を見れたよ。でも……相変わらずだね。まっさらに消えたら良いんだけどもね」
「元に戻るならいいけど…これ,全部私の生きた証だもん」
この歳でも,まるで産まれたばかりの赤ちゃんでも見るかのような柔らかな視線は気を使っている証拠でもある。
「…私,頼り切るの嫌だから,とりあえずバイト見付けたから気にしなくていいよ」
「何の仕事?」とは聞かれなかった。
「真優,…あんたがほんっとうにしたい事なら,もういい歳だけども,アルバイトだろうが何も言うつもりはない。…でもね,あんたを産んだ親の声として聞いて。
もし…,もしも,私やお父さんとかを気にして自分を犠牲にして働く位なら,スネかじって…かじるほど余裕は無いけども,無職でも…その方が私は嬉しい」
ふっ…
この笑い方…私もそうだけど,大切な人みんなするなぁ…。
「想像つかないと思うけど,老人ホームで働く。資格とかないけど,これから働く場所はね,資格取りたいことを伝えたら,
「その気持ちは物凄く嬉しい」って,資格取れるまでサポートするって言ってくれたから…。」
うんうん。と,頷くだけだったが
親子だからこそ伝わるものも感じた。
「だから雑用とか汚物処理みたい。…だけどそれでいい。」
「浅岡真優です。よろしくお願いします」
暫くは,先輩職員に教えられながら,施設内の掃除,汚れたオムツの処理やリネン交換をしていた。
「ゆきちゃーん!…ゆきさん?違うかぁー…ゆきのさん。…あっ……ふふふ。ゆきのさん,ご飯のお時間ですので一緒に食べませんか?」
山盛りの手拭きを畳みながら,ある介護士さんに視線がいく…
資格があるかないか。
その差は,やる気がどれほどあろうと越えられない。
唯一,入所してるおじいちゃんおばあちゃんに近付けるのは,食事前後のテーブル拭きだけ。
「きれいに…ありがとなぁー」
こんな触れ合いを楽しみたいが,急げと言われているから,耳元で返事をしてササッと次の仕事に向かう。
「あっ,浅岡さん?だよね?違ったらどーしようかと思った!」
ぎゃははと豪快に笑うこの人は,さっき見てた人だ。
「浅岡さんがテーブル拭いてまわってる時のあの姿勢…良いよ!意外と肉体労働だけど辞めないでよー!!」
「多分,歳近いんじゃない?ここ四·五十代くらいの人多いからさ……気つかっちゃって」
最後だけ小声だった。
目の前に名札が見える…「小泉 薫」
どう呼ぶべきか考えてる間,何か話していたらしい
「聞いてるっ?あー…,考え事してたでしょ?」
と笑う。
「いえっ!いや…聞きましたっ」
ぎゃははっ!
…ぎゃは,ぎやははっ
入所者のおばあちゃんからも楽しそうに真似した声が聞こえた。
「やつば似てるわ!一緒に住んでて,やつも考え事してると,恥ずかしいんだか照れだか,顔も言葉も変になる。
前なんか,ここに居る人よりよぼよぼで帰ってきてさ「転んだ…いたいよぅ…」とか言ってんの。笑えるでしょ?」
愚痴なのかわからないけど,顔は愛おしそう
「まー…もう結婚したけど。まゆちゃん何かあったらすぐ言いなよっ?また時間合えば勝手に話しかけるからっ」
そう言うなり
「ぎゃ…ぎゃは,ぎはは」
と,真似をし続けるおばあさんの元へ「声を出すのはいいよ~!でもやりすぎだと疲れるよっ!!」と聞こえた。
小泉薫…さん。
私,あなたと仲良くなりたい。
そう思ったら,自然と畳むペースが早く,楽しくなった
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