1 ーおれー
今おれの心は揺れている…
女の子に「卒業」がある様に,おれにも花飾りの並ばない卒業の時なんじゃないかと。
「この仕事辞めたら何が出来るんかなぁ~…。流石に「夜仕事一本ですっ!人とのコミュニケーションの取り方は心得てます!」って,面接で言ったらインパクトはあっても,無理だよなぁ…」
コウが若干うなだれつつ言う。
コウは天然ぽい所はあるが,左手薬指に指輪をするようになってから,悩む事が増えたらしい。
「確かにな。おれも悩んでる…」
「…んえっ?!ユウキさんもすか?えー,でも公務員だったから,書くのちょろまかせばいけるじゃないっすか!」
「履歴書なんて,余程自信なければなんの意味もない嘘の紙切れだろうね。…だけど,嘘付くのは良くないよ?コウくん?」
ふふっと笑いながら空を見る
春もいいところ過ぎれば,気にするのは足元ではない。
よく,出会いであり別れの季節とも言うが,
始まりの季節
でもある。
おれは,マユを失い,仕事にも区切りを付けるときではないか?と思っていた。
この世界は,よっぽどでなければ居座り続ける場所ではない。
売れる子程,引き際をよく分かっている
それは,おれ達も同じ事だ。
「えぇー…ユウキさんどこかいい所見つけたんですか?」
「無いよ。だから悩むし,悩むなら…とも思う」
滑りやすくなった雪も溶け,アスファルトが見えるようになってから,コウは再び先の尖った革靴を履くようになった。
「俺の奥さん…ふへっ。奥さんは,やりたいならやればいいって言うんすよ。ぶっちゃけ,最初は可愛い子いたらいいなぁ~って思ってたのは本音っす。けど,違うんすよね…。今の自分を誇れていたら,悩むなんて頭使うことなんて何一つ無いんすけど。周りが就活でヒィヒィ言ってる時,俺は逃げた。見た目も自由だし。
働いたら働いたで,大変さもあったけど,甘えてんな俺…って思うようになって…。
優しさが痛いってか……真正面から向き合う事が怖かった。って気付いたんすよねぇ…。」
おれは頷く事しか出来なかった
おれも逃げてたし,怖かったから
女の子もボーイも新しい子が入ってくる中,違和感があった。
ここに居ていいのか?
新しい子達に新しい世界を作ってもらった方がいいんじゃないか?と…。
「コウが先かおれが先か分からないけど,店長には言ってある。」
「マジっすか?!」
「まじ」
うーん……と,悩みながら出た答えは
「ユウキがそう思うなら止めない。なんにせよ,この世界は特殊だからね。入れ替わりが激しい分,新しい店を作るのも,俺達と女の子達の役割かもしれないしな。変わるとこ変えないと廃れていく。分かった。気持ちだけ今は受け取るよ。
…だけど,痛いなぁ~…お前まで抜けると……」
店長は苦笑を浮かべつつも,前を向いていた
きっと,店長も居なくなった先を見ているんだろう。
「ところで次決めてるんすか?」
煙草をふかし「あっ,やべっ」とすぐ揉み消し
「これがこれなんで先失礼しますっ!」
ジェスチャーで,コウが少し照れた様に笑う。
お腹を膨らますように手を動かし,アタマで角のように指を二本出す。
「お前…笑。おれより若いのに古過ぎるっ!」
「だって…これが一番分かりやすくないっすか?」
ぷっ……ぎゃはは
コウにつられ,おれも「いいかげんにしろっ」と思いっ切り笑っていた。
この笑いがありがたかったのは,言わなかった。
いくら経歴が良くたって,コウみたく周りを明るくさせる人間の方が,生きていく上で大切な人となるのを知っていたから。
「コウ,気持ち悪さをありがとう」
「んえっ?!気持ち悪いのユウキさんすよ?」
ふふっ
「いや,褒めてるんだよ。…いくら仕事が出来なくて馬鹿でも,人をなごませられるのは凄いよねっ」
「……ん?褒めてくれてるなら素直に受け取りますっ!!」
「いや,……そうしてください。笑」
笑うのをこらえていたけど,顔はにやけていただろう。
コウも「うへっ」って,変な笑い方をしてしまい,ハッとしているが顔がにったにたに緩んでいるから。
キャストの女の子達は,夢を見てもらう為に,新しい世界を客との間で作っている。
しかも,それぞれ違う世界を行き来している。
尊敬しかない。
だから,おれは女の子たちから学ぶことがかなりある。
そりゃあ,世界を行き来したら疲れる…その時は優しく接する。
でも,ボーイも同じ。おれはここの人達が好きだ
…変な意味でなく。
特に,おれに関係する人…ぜーんぶ。
店長は一見強面だが,物凄く気を利かせてだれにも均等に優しい
コウは馬鹿だけど,誰よりも熱い感情を持っている。
メイにしても,カエデや…とんだ桃花やマユにしても
みーんな最高の人間だ。源氏名だけでなくね。
ただ,おれは辞める。
それが後悔しない生き方だと思うから
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