4 ー変化ー

良い事でも悪い事でも,何か起きると続くことがよくある。

決して広くない人間関係や環境の中に居れば,小さな出来事にさえ敏感になる。


人の心の中,本音はどう思っているか分からない。

嬉しい楽しい気持ちは一瞬で,心がパァっと明るくウキウキとするけど,長く続かずに現実に引き戻される。

それに対して,悲しい辛い気持ちはジメジメと湿った部分がずっと残る。


冬が終わり春が来て,綺麗な桜が咲く

梅雨が明け,すかっとした青空の夏が来る


季節で例えるとこんな感じだろう。

それでさえも,気持ちが重なる人間の不思議…

喜怒哀楽が景色にも滲んでしまうから,なるべくなら楽しく過ごしたい。ってきっと誰もが言葉にしなくても思ってるだろう…。




「もし時間あったら来てよっ」


と,誘われた飲み会

時間はあったし暇でもあったから,参加した。

正直言うと

好んで酒を飲む方ではないし,なにより自己紹介が好きじゃない。

話してる中で自然と,名前なり職業なり歳なり色々知っていけばいいのに…。

と思ってるくせに,参加したからには空気を壊すわけにもいかず,無難な事を言って

その苦手な時間をなんとか乗り切った。


飲み会…とは言うものの,明らかに

(良い(好い)人探し)

をしてるのは男も女も関係無く一緒だろう。


時間が経ち,それぞれが気に入ったであろう人の近くに移動しだすが,片方が気に入って近付いても,その人が本当は誰の傍に行きたかったか?それとも,ただ楽しければ良いのか?

それは本人にしか分からない。



(暇だからって来たけど,違う時間の使い方あったかもなぁー…)


そんな空気が自然と出てしまったのか,夕飯を食べに来ただけみたいになってしまった。

…でも周りは楽しそうだし,それならそれでいっか。

と,割り切ったらなんだか少し気分が楽になった。



「…それ美味しい?」


一人分…いや,一·五人分ぐらい空いた右隣から声がした。

そっちへ顔をやると,微かに微笑みながらも

自分と同じで

なんとなーく

で来たような人が話し掛けてきた。

距離はそのまま,近づく訳でもなく。


「うん。ちょっとピリッとするけど,美味しいよ」

「そっか…。辛いの好きだけど,あんまりお酒飲めないから,何も手に付けないのも悪いし食べるしかないんだよね。少しもらおうかな」

「…同じ。」


ふふっ

二人して小さく笑った。

小皿に盛り,差し出すと「あぁ,意外と美味しい」と言いながら,ペロリと食べてしまった。


ふふっ

つい笑ってしまった。

人目を気にして遠慮気味にする人ばかり見てきたけど…最初は半信半疑,それから美味しくてバクバク食べる…。

なんだか新鮮


「なんか静かだと思ったけど,いい感じじゃーん!」


ジョッキやグラスがかなりのペースで減っている向こう側から,ニヤニヤした声が聞こえたが,こっちは一·二杯位しか手を付けておらず,ほぼ食事会となっていた。

それに,ほんの少し盛り上がってる場所から離れ,二人で話してるだけで,それだ。

もう気持ちいいを超える手前くらいまで飲んでるんだろう。


「いい感じなのはそっち」

自分には聞こえたけど,向こうは聞こえてないんだろう。

それで良かったのか,同時に笑顔を向けていたらしい。


「それー!!」


指をさされたが,「ねぇもっと飲む?そっち行こうっかなぁ~」酔いが回って楽しそうに,また自分たちだけの世界に戻っていった。


「また注文するみたいだから,こっちも何か食べるのたのもっか」

メニュー表を手に取り,差し出す。

それを見ながら

「食べた事無いものばかりだから…選んでくれると嬉しい。出来れば,暫くたのまなくても足りる分」

「そうだね」

簡単な料理の説明をしながら,これとこれと…と選び,一緒に注文した。



結局,解散になるまで,お互い深い事を聞いたりする事はなかった。

名前は自己紹介で多分知ってるだろうし,話す事と言えば

料理が美味しかったかそうでもなかったか


それだけなのに楽しかった。


だから会計になる頃


「食べた事ないの結構あったけど,あまり外で食べないの?」

って聞いた。

財布からお金をだしながらだから,あらたまって聞いた訳ではないけど…。


うーん……

手が少し止まりつつ,どう言うか考えてるようにも見える。


「うーん…。外食は殆どしないかな。

介護食って分かる?喉に詰まらないように,それでも栄養が取れるように作られた食べ物。ミキサーで全部ドロドロにした…って言った方が分かりやすいかな?それを家で作らなきゃいけないから外で食事って滅多に出来ない。

それに…,見た目で,美味しそうって思ってもらいたいから。」


はにかむ笑顔がどこか可愛いらしくて切なそうだった


「そっか」


聞きたい事は山ほどあったけど,癖でまた黙ってしまった。


「あまり歳変わらない人にこれを言うと,重い空気が流れたり,明らかに気を使う感じがわかるから…いくら,胸張ってやってる!って思ってても躊躇っちゃうよね。だから,今の空気もわかった。

…初めて食べた料理美味しかったー!参考にするっ」


その笑顔は無理をしていたし,それ以上は言いたくないって気持ちが見えた気がした。



笑顔を返す事しか出来なかったけど…

久しぶりに感じた,この居心地の良さ……

好きになる事は無い

と,心に決めて生きてきたけど…心が疼く


初めて会って「好き」も「嫌い」もないけれど,

ただ,知りたくて少しでも寄り添いたくて,今までみたいに言いたい事を言えずじまいなのは後悔しかなかった。

だから


「…良かったら連絡先交換して。…しよう?」


と言った。

この一言にどれだけ勇気が必要だったか,わかる人しかわからない。



「…はいっ」


嬉しそうな顔をしてから,鞄から携帯を探している


(はい。じゃなくて,いいよとか言って欲しかったなぁ……思い出してしまうじゃんか…)



頭をよぎり心が苦しくなる気持ちと

いい加減,自分と向き合えよ!素直になれよ!

と心が叫ぶ


人を好きになる…この人を好きになる…かは,分からないし,また心に蓋をしてしまうかもしれない。


…でも

自然と笑っていた



「ありがとう」

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