5 ー家族ー

この家に嫁いで三十五年。

私はお見合いで,今の夫に出会い結婚した。

四姉妹の末っ子で

長女は,県外に集団就職に出た先で結婚し

次女は,世渡り上手でささっと良い人を見つけ

三女は,美味しそうによく食べる。それを気に入って仲良くなって結婚したのが,今の旦那さん。

と,最近娘が結婚する話をして,初めて聞いた。


私は三十を超えても結婚の「け」の字も出なかったものだから,お見合いの話が来た。

優しそうで口数は少ないけど,断るまではいかないし…と,初めてのお見合いで決めた。


そうね…。

歳月を重ねれば自然と人間が見えてくるもの。

優しいと思ったのはただの優柔不断で,口数が少ないと思ったのは,自己表現が不器用な人。

って,分かったから寄り添えたし

(何か言ってよ!)って後押しが欲しい時も,視線だけで謝ってくるあの人を

なんとなーく

受け入れられるようになったのも何年か経ってから。

まぁ…情でもあり愛でもあり,なによりその不満だらけの中でも,大切な人。って気持ちがあったから続いてるの。


いくら世間体を気にして…なんて言ってもね,本当に一緒に居れる人でなければ続かない。

お互いの本心が見えた時,ただギスギスするだけになる。

確かに,今の夫を断らなかったのは


(これを逃したら,次どうなるか分からない)

(断ったら周りが何か言ってくる)


その言葉と空気もあったけれど…

不器用ながら,裏表のない人だったからこそ決めた。


最初は慣れない家での生活と,長女を授かった時の義父母の接し方には違和感を感じたけど,

次女の時は,夫も私も働く共働きで,今ほど産休という言葉も浸透してなかったから,義父母に二人も任せられなくて,私の母にお願いして暫く子供を預かってもらった。


その長女は三十過ぎてやっと挨拶に来る相手を見つけて,生活も落ち着いてるみたいだし

次女は…高校出てからすぐにここを出たから分からないけど,ちょっと気難しい子だったから心配だった。



今は義母…って言うより,おばあちゃんね。そう言うわ。

そのおばあちゃんが急に変わった。

キャンキャン甲高い声で喚き散らしだして,言ってる事も支離滅裂…おじいちゃんも,どうしていいか分からないみたいで


「いい加減にしろっ!!」


って朝から聞こえる時もあれば,仕事から帰ってきたら,小屋から声が聞こえる。

…あれだけ世間体を気にしてた人が,薄暗くなってまで外で大声出してるんだから……。

夫より先に帰る私が素通り出来る訳もなく,落ち着いてもらおうと声を掛けると


「おまえなんかっこの家の恥さらしだっ!!こんな所に閉じ込めてっ…!!」


最近になって分かった「老人性認知症」

攻撃先は私


おじいちゃんも最初は

「一人にしておけん」と寄り添っていたけど,なにせ言う事が現実でなく妄想だから,結局は

「いい加減にしろ!!…もう暗いから家に入るぞ」

って,引っ張り戻すしかなかった。


私への攻撃と家の変化に,いち早く気付いたのが次女の真優だった。

ちょくちょくここに寄っていたのは,あの子なりの気使いだって事は,私がいっちばん知っている。

優しさと憎しみが混じったあの目は…,私は忘れられない。

きっと,これからも今も


一度だったか…

仕事から帰ると,庭でおばあちゃんと真優が二人で居るのを見た。

おばあちゃんは素手で庭の土を掴んでは投げを繰り返し,その間キャンキャン甲高い声で喚いている。

真優は,しゃがんで目線の高さを合わせて静かに何か言っていた。


真優は私の車が停まった事に気付いたはず。

でも…

私は,今降りていいのか分からなくて…数分,車内で心を落ち着かせていた。


たしかその何日か後に,



生きずらいって思いながら生きてきた自分ってさ…もしかしたら,こういう現実から逃げたかっただけなのかもね

力になればって思う事は,ちゃーんと勉強して大学も出なきゃ資格すら取れない。あの時さぁ…お金がどうのとか考えて,進みたい道を誰にも言わなかったこと…今更だけど後悔してる



目線が合う事はなかったけれど…あの子の気持ちが分かった。

姉を県外の大学に出した時

「あんたが行きたいなら応援するよ。お金があるわけじゃないけど」

その言葉の「お金が無い」だけ取り出して,インターネットだかで検索したんだろう…

一時,大学や専門学校のパンフレットが,こっちにも届いたから。


全て福祉や介護·保育関連だったのは,敢えて言わなかった。


最近もちょくちょく帰ってきてたね。

連絡くれないものだから,気付かない時も何回もあるけど…

あの子らしいのは


自分ができる範囲でなるべく人を傷付けない


本当にそう。

あの子から直接聞いた事はないけども,雪をなめちゃいけないよ?

あんたの靴の跡は,だーれもこの家で履く人間は居ないんだから。


スニーカーか長靴,その中に,四角い跡があれば気付いちゃうのよ…。

私を思ってしたのか,おばあちゃん…あるいは,この家全体を思ってした事かは分からないけど,起きた時外に出て跡を辿ると

誰かしらの心を乱し,傷付ける場所にその足跡があったからね。



「いつ刺青なんか入れたの?!」

「ん……?!その傷は何?」



「別になんもない」


それ以上聞かなかったし,聞けなかった。

だって,あんたの気持ち…分かってたから




今はもう,そんなおばあちゃんもおじいちゃんも天国に行ったけど

葬式の度に,真優…あんたは誰よりも泣いて誰よりも心を痛めていたね…。


「なんにも出来なかった……」


その言葉の後にはきっと…,


「誰も助けられなかった……」


そうでしょう?…そう続いたんでしょう?

その時のあなたの手の傷と心の傷も,私は一生忘れない。

こんな時代の悲しいニュースもそうだけれど…,私はあなたを産んで良かったよ。


こーんなに優しい子に育ったんだもの。

生き方が不器用でも,あんたのお父さんも不器用だけど,こんな私を好いてくれて,見放さないでくれたんだから…。


その不器用さを,生きずらさを無くす為に動くなら私は,精一杯味方になるから




昼頃メールに気付き,開くと


「家にしばらくいてもいいかな?」


「あんたの勝手にしなさい」と言いそうなのを振り払い


「いつでも来ていいのよ。遠慮する必要なんてないんだから。」


と。

あっ。と思い出し,一文字ずつボタンを押す


「あんたの家なんだから,皆大歓迎!」


「皆」の所を「私」にしようとして,変えた。

あんなに家族を大切に思うあんたを,例え苦しく思っていても嫌いな人間は居ない


その意味が届くか分からないけど,パタンと携帯を閉じた。



あんたが思う家族の形は,私にも分からない。

でも,あんたが帰ってきたい家族は作れるし

私は待ってる



これを打ちたかったんだけど,言いたい事を伝わるように打つのは,この歳じゃ難しいのっ!



今日も晴れ

私の心も,曇りのち晴れ

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