8 ーコウー
衝撃を受けた瞬間は声は出ない。
それは俺自身が体験したから知ってる。
例えば,殴られる…そうそう無いけどさ。
まだ相手がその姿勢を見せた瞬間に歯を食いしばるなり抵抗出来る。
動体視力がいい人間なら,かっこよく避けて
(甘いなぁ~)
とか思うんだろう。
俺は真逆で
(殴られるっ)
なんてビビっちゃって固まるもんだから,相手が外さない限り,狙ったところにちゃんと決まる。
言い訳だけど,よっぽど慣れてないとそんなもんよ。
不意打ちなら固まる余裕もないからね。
高校の時以来にくらった不意打ちが雪とは…情けなくて。周りは笑ってたけど,俺の顔は泣いてるのか笑ってるのか滅茶苦茶だったと思う。
あの時は特に,仕事始めたばっかで形からキメたかったから余計恥ずかしかった。
それからは,形より安全を考えてすぐ滑り止めのしっかりした靴に変えた。
なにより動きやすくなったし…いい方に考えてる。
「おかえり~。何してんの?」
車から降りて,たったの数歩でアパートなのに
その数歩さえ憎らしかったのはここで暮らして始めて。
「…転けた,…腰打った」
……ぎゃははは!
そこまで笑わなくてもいーじゃん…
あまりの豪快な笑い方にいつもつられて俺も笑っちゃうけど,笑うと響くのを既に学習してた俺は
「ひっ…ひひっ…笑うなよ…響くから…つられちゃうから…」
また転けた時と同じ顔してたんだろうな。
「転けた?ふふっ…だからそんな腰曲げて…ふふふ…ごめん。とりあえず掴まって。…ふふふ」
我慢しきれてない笑い声が余計俺の笑いを誘う。
睨みたいけど,差し出された手に掴まりなんとか部屋まで辿り着き,ベッドに腰掛けた。
その間ってか暫くは漏れ聞こえる笑いが続いてたけどね…。
付き合って四年,同棲して一年半になる薫とは地元が一緒で,中学まで同じ学校に通ってた。
高校は別々になったけど,俺の田舎は高校の場所もある程度かたまって建っていたし,電車は同じの一本しかないから
時間さえ合えば,何度も会うことが出来た。
変な話
なんとか高校行けてます。って俺と,夢や目標があって通ってる人間も同じ道,同じ電車に乗るって事。
…同じ事は二度言わない。
俺は「ある理由」で,口元に痛みを感じながら駅までの道をとぼとぼと歩いてた。
少し薄暗くなった夕方,駅までは一本道しかない。目の前に他校の女子が二人歩いてるのが見えた。
このままのスピードでも追いついてしまう程遅い。
何が楽しいんだか
ぎゃははは!と笑う声が聞こえる。
俺が取る行動は二択。
一,そのまま追い越す
二,反対側に渡り,距離をとる
…うん。二にしよう。
俺は目があまり良くないから自然と目を細める癖がある。それとここの制服を見ると自然と避けられる事もある。
見た目で損する…って嫌なほど痛感してたし,今の顔を見られたくない。
そんな時に限って,足音に気付いたのか一人が振り返った。
それが薫との二度目の出会いであり付き合うキッカケにもなったから…これもよしとする。
「湿布あったかなぁ…。座ってても痛い?触っていい?」
あの時と同じ。
あの時も
俺が誰か気付いてから避ける訳でもなく近寄って来て,今みたいに真っ先に口元の怪我に気付いて話しかけてきた。
一緒の友達は立ち止まったまま
やれやれ
と言わんばかりの顔をして様子を見ていた。
中学までたいして関わりがあったわけじゃないけど,少なくともその時から今に至るまで薫は変わっていない。
明るくて常に前向きで,誰だろうと優しい真っ直ぐな人
夢から逸れることなく
仕事内容と給料が釣り合わないと言われてる介護の仕事に就き
なにより文句の一つどころか,常にどうすれば良くなる考えてるあたりが俺は大好きだ。
「うぁ…あぁ…痛い」
「また何か考えてたでしょ。まぁー数分でもボケーっと出来るならまだ大丈夫か。私もうすぐ出るけど,湿布無かったからちょこっとコンビニ行ってくるね。すぐ来るからそのまま待ってて」
そう言いながら玄関に行き靴を履いて出ていった。
何故か分からないけど,
腰の痛みが引いたら薫に言おう。
いや,コンビニから戻って来てからでも言いたい。
「結婚したい」
って。
「結婚しよう」じゃなくて「結婚したい」
また、ぎゃはははって笑われるんだろうな…。
それが好きだったりするんだけどね。
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