9 ーカズー

ずっと考えていた。それがハッキリ形になってきたのが三ヶ月前。

その間,今までとは全く違う視点で店を見る事が出来たし,情けないが初めて気付く事さえあった。

俺が,主任の岩田に「店を任せたい」と伝えた時凄く驚いていたけど,岩田は細かな事に気が付くし,悩んでる子が居れば,さり気なく言葉掛けその逆も同じくちゃんと出来た。

しかも明らかに分かる事じゃなく,あえて小さな成長とか良さに気付き褒めていた。


俺は「店長」なんて肩書き持って,給料もいくらか手当で多少良くて…。

なのに

最初,店長を任された時はしゃかりきに頑張ってた。それこそ俺は岩田みたいに落ち着いて冷静…ってよりは,思ったら動いて気になれば向き合うタイプだけど。

何年か経った頃,俺の中に「面倒臭い」…そんな言葉が居座って,売り上げばかり気にして周りの事は見て見ぬふり。

…いや違うな。

関心が持てなくなってた。



あの大雪の日。

早めに家を出て店に向かったら,店の前でスコップ持って雪掻きしてる横でしゃがんで何か楽しそうな二人見て,すぐ

「店開けるから中で休んでて」

って言ったけど,

風邪引かれたら困る。というより,何遊んでんだ。って思いが強かった。


鍵で店の中に入り,冷えきってた店内の照明と暖房を付けた。

隅にちょこんと座った場所から離れた所で見てて,つい軽い雑談も無しに一言言った事が,俺の中で何故か燻り続け今に繋がるなんてな…。


その時の俺は末期的な程に冷たい心しか持ち合わせてなかったから

「仕事中腕のやつ使わないでいれるか?」

と,煙草を咥えながら言っていた。


面接に来た際に相談され知っていたのにも関わらず…だ。


それだけ言って,後は外に出たりやる事やって…

その間ポーチからいっぱい化粧品出して,肌に合う色に混ぜては塗ってたり,時間が空けば,裏に入りそれを続けていたらしい


…らしいってのは後から聞いただけで見てないから。


色が合わず浮いてしまい,あまりに必死だから

「今まで通りで良いよ。店長に何か言われてもちゃんとその頑張り伝えるから,ねっ」


って周りが助け舟出す程だったと。


他の店の女の子が足りない時,おれは固執したように出させた。

その度に,ここより良い成績上げるから余計執着していたのかもしれない。




俺が辞めるのと前後してA(エース)のモモカがとんだって耳に入ってから,携帯の着信が暫くうるさい程鳴り続け

「カズお前なんか知ってるか?」とか,タイミングが悪かったばかりに

二人に何かある…って嫌な噂が流れたらしい。だが,一切知らないし関わっていない事をきちんと話したらなんとか納得してくれた。


そもそも,とんだ人間と関わっていたら連絡なんて出ない



岩田との話し合いはなかなか纏まらず時間がかかったが,きっとあいつはあの店をあの時よりもっと良い方へ…

働く者,店に足を運んでくれる人が心地良く感じる場にしてくれてるだろう…



辞めてから暫く俺はぶらぶらしていた。

夜仕事で関わった人達の連絡先は消去した。

一件一件と消していくと,俺の十年近い記憶も消してるような気分になったが

この世界は濃いわりに,一旦切れたらそれで終わり。あっさりしてるよ…ほんと。



良く言えば,腐った自分と決別するのに躊躇いなく出来る。




思ったら動く

新しいアパートで段ボールを開く。


要らない物はゴミとして捨てたから段ボール自体少ない



学も無いし社会がどうかよく知らないけど

もう俺は後悔しない


足元に置かれたコンビニの袋の中に,お茶とおにぎり,求人雑誌が入っている


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る