第9話

「今日うちの店が売り上げ一番だったみたいっすよ」

ワタルはネクタイを緩め,疲れた顔をしておれの横にどかっと座った。


「おつかれ〜」

「お疲れ様ですっ」

店長がにこにこして店に入ってきた。

「今日は良かったわ。あんなスッカスカな状態続いてたらさすがに俺達もだけどさ,女の子にハッパかけなきゃならなかったから。

問題はこれを続けなきゃいけねんだけどさ」


コートのポケットからパーラメントを取り出し俺達から少し離れた所に座り,煙を吐き出す。


「…しっかし,まだ潰れてる子大丈夫なんか?」


店内にはさっさと帰り支度を済ませた子となんとかして家まで送り届けた子の他に二人…

一人はワタルが気にしたのか,短いドレス姿の上にブランケットが掛けられていて眠っている。

もう一人は…マユ。

座ったままの姿勢だが,頭を垂れ時折頭を上げようとするがそれすらすぐに元に戻ってしまう。


「カエデはいつも通りの調子で飲み続けてラスト前にはもうあんな状態に近かったっす」

カエデはブランケットを掛け眠っている子だ

「酒好きで強けりゃいいが弱いって自分で言ってるのににこにこして飲むからなぁ笑

若いっちゃ若い証拠だけどさ」

店長は苦笑いを浮かべながらも労いの眼差しを送っている


「マユさんはヘルプで来たんすけど,今日の客にはどハマりしたみたいで結構呼ばれてたんすよ。で,シャンパンはたまに出れば良い方なんすけど,ドリンクとか焼酎と氷の減りがすっげー早くて,呼ばれて行くと必ずマユさんが座ってましたね」

「マユってカズの所の子だよな?」

「そっすね。クレアの子っす」

「だいぶ飲めるんだ?」


クレアはマユの在籍する店で,カズとはそこの店長の名前だ。


「ヘルプでたまーに来るくらいで俺もよく分からないんすけど…なんていうか,他の子とはなんか雰囲気違うじゃないですか?

わりと静かで飲んでもそんな酔ってる様な感じは無くって,閉めた途端にあの状態っす」


へぇー…

と,店長は手元に置いてあった今日の個人売上の紙を眺めている。

おれは二人の会話を聞きながら女の子の様子を見ていた。


ん?

何か呟く声が聞こえたかと思うとマユはフラフラした状態でヒールを脱ぎ片手に持つとゆっくり立ち上がり

「すいません…帰る準備してきます」

と言うなりテーブルにぶつかりながらよろよろと更衣室に向かった。


ドンッ


避ける方が難しいのか最後までぶつかり続けている


ふっ…

笑ってはいけないがついおれは笑ってしまった。


「おいっ笑マユ,大丈夫か?」

店長も見事に全てにぶつかりながらも更衣室に辿り着いた姿を見てつい声が笑っている。


「…はい,大丈夫ですよ」


こちらを振り返りにこっと微笑んでバランスを崩したのかうしろにぐらつき

ゴンッ

後頭部を更衣室のドアにしたたかに打ち付けた。頭を押さえながら何故か一礼し中に入っていった。


「おいおい大丈夫じゃねーよ」

店長は我慢ならなかったのか思いっ切り笑って言った。

「いちを危ないからユウキお前さドアの前に居てやれ。やたら音がしたり逆に静か過ぎたら声掛けてやれ」

笑い過ぎて涙を拭いながら言う店長に従い,

「了解です」

とおれも笑ってドア横に向かった。


微かに中でぶつかりながら動く音はするがまだ大丈夫だろう


「おもしれーな。けどマユだいぶ売り上げ取ったんだな。」

「ここの子は常連客とか指名で取ってましたけど,マユさんは断トツでドリンクや飲み物でって感じっすね。たまに場内も何度か」

「雰囲気もあやしいってか…妖艶?落ち着きが見えるから逆に新鮮だったのかもな。あーいう子一人は欲しいわ。

…でもちらっと見えたけど,墨もだけど傷も結構あったからな。」

「ずっと店に居たけど気付かなかったっす」

「ほれっ」

そう言うと店長は手首の当たりをとんとんと指で示した。

それで分かったのかワタルも「ああ!」と納得顔になった。


(やっぱりあれはそういう傷だったんだ)


おれはズレた手袋から見えた白い腕を思い出していた。黒の肘まであるレースの手袋…なんで付けてるかと思ったら…そっか…



「ユウキ,少し時間経ったから声掛けてみてくれないか?」


さっと腕時計を見ると十五分近く経っていた。

おれは頷き

コンコンッ

「マユちゃんっ,大丈夫?準備出来たー?」

と,ドアに向かって大きい声で話す

もう一度


コンコンッ

「マユちゃんっ!大丈夫ー?」


「……はい」

微かに返事がした


「大丈夫か?声掛けて聞いて中見てやれ」



「マユちゃーん!入っても大丈夫?!」


……返事が無い。


いざという時の為に,外側から開けられる鍵を持ってきて

「ごめんねっ,心配だから入るよー!!」


鍵を穴に差し込みゆっくりドアを開けた。



着替えは終わってるようだが床に座り込んでいた


「…マユちゃん?大丈夫??」


そっと近付きおれも同じ目線までしゃがむ

すぐ傍にマユの腕がある


「なんか…これが目にはいったらなさけなくなって」


無数の傷痕と煙草の火を押し付けたような丸い痕…最近のでは無さそうだが,手首に一つだけ水脹れになっているのがあった


たまに同じ腕を見かける

…比べちゃいけないけど,それと比較出来ないほど肘下は傷だらけだった。


「…変なの見せてすみません。準備できました」

さっと服の袖を下ろしよろよろとマユは立ち上がる

おれも立ちマユを見る。


(意外と身長低いんだ)


ブーツだけまだ履いておらず,壁にもたれながら足を入れている。


これがマユの本当の姿に見えた



「おーい!大丈夫か?」

開けておいたドアをノックしつつ店長が覗きに来た

「ん?大丈夫か?」


「はい」

小さくマユは笑う

「マユ今日はよく頑張った!また手伝いに来てくれな。マユみたいな子も大事だから。

あんまりなげーこと二人して入ったまんまだからイチャついてないからチェックも込めてな!今日はユウキ送って行け。カエデはワタル頼んだ!」


えーっと言うワタルの声。

店長の言葉に気遣いを感じた

だからか

おれは今関わるこの人たちを嫌う理由もない



「よしっ,階段手摺ないからゆっくりでいいから転ばないようにねっ。

おつかれさまっ,帰ろう」


頷くマユに


すっと袖をまくり

「おれもマユも一緒っ,仲間っ」


たった一本だけある傷を見せた。

こんな皺みたいなので恥ずかしいが


今までで見たマユの笑顔で一番心に深く残っているのは後にも先にもこの時の顔が最後だった







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