第8話

あれから桃花とは,いつも通りの仕事上の関係に戻った。


久しぶりに灰色の雲の隙間から星が見える夜…地方都市とはいえ,自然が魅せてくれる輝きは格別だ。

やはりこういう日は人通りが多くなる。

夜九時,オープンしてから一時間程経ち,満卓とまではいかないが待機してる子は殆どいない程にはまわっている。


暇な愚痴を聞くくらいなら,忙しくも充実感のある愚痴の方がまだいい


おれは少し店から離れた場所で,人の流れを見ていた。


「お前んとこ今どんな?」

声を掛けられ振り返ると,系列店ではあるが少しだけランクが高い店のボーイ…いや,この人には黒服と呼ぶのが似合う。

名前は…まぁいっか。だって相手もおれの名前分からないみたいだし。


「久しぶりに売り上げ取れそうです」

「いいなっ!こっちもまぁまぁだけど,続かなくてさ」

苦笑いを浮かべたが挨拶がわりに手を上げ,サラリーマンらしき数人に声を掛けに行った。

本当にこの世界で働き始めて,彼らの視野と耳の良さや直感の鋭さと行動力に圧倒される。


駅に向かう人と駅から出てくる人の波は半々くらいか…。目の前の信号待ちしてる中で誰に声を掛けようか見定める


鳩の鳴き声に似た,青になった事を知らせる音と共に人々がこちらに流れてきた。

すっと寄りかかっていた壁から一歩踏み出した時,一瞬止まってしまった。


いた。


彼女の姿をつい目で追ってしまう


向こうは足元が滑らないかゆっくりとあのヒールの太いブーツを履いていた。


「マユちゃんっ」


どこから声を掛けられたのかキョロキョロしつつ,おれを見つける事が出来たらしい。

ふふっと優しい微笑みで軽く頭を下げ,そのまま店の方向に歩いて行く。

早い時間ならまだしも,少し出勤時間が遅くなればあちこちにどこの店か分からない同じベンチコートのような黒く長いコートを来た男達が沢山いる。


話したい気もしたが仕事中だし,マユはこれから出勤し着替えたり準備を考えればのんびりしてる時間は無い。

おれもその後ろを歩いていた四人組の二十代らしい人達に声を掛け交渉する。

もう酒を飲んでるのか軽いノリで「行く?」「可愛い子いるなら」「サービス出来る?」と質問攻めにあいながらも,とびっきりの愛想笑いと同じノリで誘導する。


「四名様乾杯付き。これからすぐ入れる?」


インカムで店内のワタルに聞く


「大丈夫っす。それで満卓になるんで,一組延長もう一組次第なんで一旦ストップで」

「了解」


インカムは切られていなければ,付けている全員に聞こえる。

愛想を途切らせないよう店まで誘導し


「四名様御来店ですっ!」

「いらっしゃいませー」


お絞り等簡単な用意とワタルに話を通し

「ごゆっくり」

と声を掛け再び外に出た。


待機してる子は居なかった。

これだと客が入っても付けることが出来ない


ワタルはヘルプを頼んでいたらしく

インカムから

「こっちから二人出せるけど足りる?」

と聞こえた。


「出来れば三人は欲しいっす」

「これから出勤する子も居るから了解」


そんなやり取りを聞き,おれはコンビニで温かいコーヒーを買い,また空を見上げた。


さっきよりも星が沢山見えた




その日は閉店まで客足は切れず皆久しぶりの忙しさと酔いで潰れた子も何人かいた

初めて見る姿がその中にあった。

見せたことの無い無防備さでソファーにグタっと座り頭を垂れている


少し手袋がズレ下がっていてつい目がそこで止まってしまった

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