第7話

「今日は家に帰るの?」

送迎最後の一人になり,おれと二人っきりになった途端に桃花がこっちを向いて言う。

桃花は小柄でほっそりとし可愛らしく,愛嬌もあり,常にナンバーをキープしている。

店自体さほど大きくない為,女の子の人数も多くはないから,頑張り次第ではすぐにいい所までいけるのもあるが…。

そんな努力をしてる彼女もなかなかナンバーワンには届かず,トップスリー以内で燻っている。

売ってる値段からしてみれば,店で出す酒は普通の金銭感覚だったら高くてとても気安く頼めるものではないが,その数万の違いが与える影響も大きい。


「いや,今日も適当にどっか近くのホテルで寝るよ」


おれは実家に住んでいて,店からは結構離れているから,疲れてすぐ寝たい時によくそうする。

送迎担当がおれの時,いつも助手席にのりそう聞いてくる。


「一緒に行っていい?」

「あー…いいよ」

「やった」

語尾が上がり嬉しそうに笑い,最近の出来事をひとりでに話し出す。


道のすぐ先にラブホテルが見える。

ビジネスホテルの硬いベッドで寝るくらいなら車で寝た方がいいし,なにより大きく柔らかいベッドは寝心地がいい…ただそれだけしか思っていないが,桃花も光る看板が見えたのか,急に女の空気を横から感じた。


空室の部屋のパネルボタンを押し,自動で出てきたルームキーを取り部屋に向かった。


おれは部屋に入るなり,コートや靴下を脱いで

「おやすみ」

とベッドに一直線に向かい布団に潜った。


「えー,そんなすぐ寝たら寂しいじゃん。お酒一本だけ飲みたいからそれまで起きててよー!」


たたたっと備え付けの冷蔵庫が開閉する音がし,ベッドに腰掛けた感覚と缶を開け飲む音が聞こえてきた。


そもそも

店の子と関係を持つ事はタブーだし,曖昧な言葉で断らなかったから相手をその気にさせてしまった。…明らかにおれが悪い。

最初は勢い。それからはお互い割り切った暗黙の関係がだらだらと続いていたが,どうも最近桃花はその先の関係を求める雰囲気を出すようになった。


「寝てないよね?」


考え込んでいて返事をしなかったからか不安そうな声と一気に飲む音がする。

カランと音がするとそのまま

ふーっと仰向けに倒れてきた。


「ふっ笑おれの腹を枕にするつもり?笑」


へへっと笑い少しの間を置いて桃花は上を向いたまま


「ユウキってさぁ…優しさのかたまりみたいな人だなぁーって,あの店で一緒にいる時間が長くなるほど思った」


若干いつもよりゆったりと,どう言うか考えながら呂律の怪しげな口調で続ける。

おれはただ聞くことにした。


「いくら仲のよくなった子だって,仕事になればみーんな敵。あの子よりこの子より…てさ

何度もスランプ経験して,悩むたびに髪型とかネイルとかほんっとーに小さいところ,だーれも気付かないようなとこ変えるとユーキは気づくんだよねぇ…

「桃花ちゃんっ」てにっこり笑って。

大したこと言ってないのに気持ちが楽になった

人を好きになることも結婚もない。って聞いたとき,いつか自分から言わなきゃなんだなぁーって思って…

あんたのその好きな良さを嫌いになる前に言おうって。


……こんなのやめよっ。わたしもユウキも…。」


俺の呼び方がころころ変わったが大して気にならなかった。


はぁーあ


と桃花は溜め息ではない長い息を吐きながら両腕を組んで伸びをした。


「わたしも寝る。だからどいてっ」


さっと体勢を変え,おれの腹をつんつんと突きながら布団にもぐった。

おれは何も言わずベッドから出て頭を二回ぽんぽんとたたいた。

こっちに背を向けているから表情は分からないが,おれなりの返事に小さな短い笑い声が聞こえた。



おれはその日ソファーで寝た。



「帰るよっ!起きてっ」


起こされて目を開けるといつもの桃花が帰り支度をして立っていた。

体の節々が痛かったが

「おはよう」

といいホテルを出て,桃花をアパートまで送った。


きっとあの言葉は「桃花」としてでなく本当の自分の言葉なんだろう

彼女たちは鎧を身につけているがその内側は生身の人間…それを見せないだけ

おれには鎧は無いから,どこを守りたくて傷付いているのかがなんとなく分かる



そしておれは弱い

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