第※話
今日は送迎はいらない事を伝え,外に出て灰色の空を見上げた。
空気は肌に遠慮無く突き刺さる
タクシーはどうしても使う気になれず,駅まで歩く。あと三十分程待てば始発が出るはず…
遅れてなければだけど…
月に一回は実家に行く事にしてる。
こんな朝早くに行くのは迷惑なのは充分分かってるけど,仕事で少し酔いが回ってる時じゃなければなかなか足が向かないから
…逆にそれを狙ってたりもするけどね
駅までの道の途中に喫煙スペースがある。大抵の人はあちらこちらで構わず吸っているがこの時間帯の人の居ない簡単に作られたそのスペースは気分を落ち着けるのに丁度いい。
細い金属製の棒に軽く体を預け,鞄から出した煙草に火を付けた。
ラッキーストライク
こだわりなんてなく,ただなんとなく名前が好き
煙を上に吐き出し,ゆっくり空中で消えゆく様を見ていた。
ゆっくり三口,深呼吸する様に吸う。
ここだけの私だけのルール
(…行くか)
一人暮らしを始めたのは,高校を中退し,高卒の資格だけ欲しくて通信学校に通いながらバイトで貯めたお金で卒業後すぐだから……
今もそこに住んでいる。バス·トイレが別なら条件は無く,すぐ決まったのは覚えている。
ポーンポーン
と鳴る構内で電光掲示板を確認すると,もう電車は来ていた。
どうやら遅れは数分程度で済んでいたようだ。
あたたかい車内は,私に微かな眠気を運んできた
一駅しか離れてはいないが,こっちの方が雪が多かった。
またここから歩いて十五分程で実家に着く。
一歩進むほどに,近くなるほどに鼓動が早まる
さすがに家はまだ暗かった。
まだ皆寝てるんだろう
それなら鍵が開いてはいない。連絡も入れてないからそんなもんだろう…
決して家族が嫌いな訳では無いし,何歳になっても顔や声が恋しくなるものだが,仕方が無い。
母は家庭菜園が趣味で,庭で毎年春から夏にかけ,様々な野菜を作っているが
冬でしかもこんな雪じゃ,緑や色鮮やかな場所も一面真っ白
私の目的は
変化が無いか見つける事
必ずどこかしら見渡し自分の目で確認する。
何も無いに越したことはないが,真っ白な所にいくつか落ちてるのに気付いていた。
しわくちゃの手ぬぐい
茶色く土の付いた雪の周りに散らばっている草
…あの手ぬぐいはおばあちゃんのだ…
そっか
またあったんだね…
我慢強く,何にでも「だいじょうぶ」と言う母だが,あの無理してる目は一度見ただけで忘れることは無い。
自然と私は素手で茶色い雪と草を端にまとめ,少しシャリっとする手ぬぐいをたたみ,農具の置いてある小屋に置き
(帰ろう)
静かに来た道を戻った
鼻が熱くなり視界が滲みだす
あまりに無力過ぎる自分と,母が仕事に行く時にきっと私が来た事に気付くだろう
涙は暫くマフラーまでまっすぐに流れ続けた
歩きながら煙草を出し,何度も消えるライターの火でやっと一口吸った。
浅い呼吸で呆気なく煙を吐き出してしまい,もう一度深く吸い込み,空に向け静かに吐き出した
ラッキーストライク…か
赤く光るその火を,手首に当てて消す
そこに彫られた文字は丸い印が付いた
(レースの手袋ってあまり売ってないんだよなぁ…)
体に彫られた文字は私の心の声なのに,悲鳴をあげるように熱く訴えてくる
無性に
「マユちゃんっ,おはよう」
あの笑顔を思い出した
でも私は彼の名前も何も知らない
ふっ…と情けなく笑った。
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