第6話
この季節はかなり天気に左右され,いつもより早く来て店周りの雪掻きが日課になる事がある。
今年は当たり年…除けられた雪は日に日に両脇に大きな山を作っていく。毎日足首位まで積もるからサボれば翌日は悲惨な状態になる事は容易に想像が付く。
腰は悲鳴を上げていた。
違う場所をやってるコウはおれより五歳は若いのに,スコップを雪山に突き立てしゃがみこんで
「こんなん毎日続いたらもたないっすよ…。使いものにならないから女が不満タラタラで」
切なそうな顔で,勝手に自身の営みを暴露し出す
「まぁ…あと数ヶ月で春だから頑張れ」
吹き出しそうになるのを堪える。
「ユウキさん…笑ってるじゃないっすか!春先は危ないんすよ。晴れが続けばここなんかあっという間にツルツルになって……」
「ああ,あれは見ものだった」
コウは当時革靴で歩き,綺麗なまでの見事な転び方をし腰をしたたかに打ち付けた。
それからコウは革靴を履かなくなり,俺と同じでスニーカーを履いている。
他では有り得ないんだろうな
ひとしきり笑ってから作業をさっさと終わらせようと一生懸命動いた。
「私も手伝っていいですか?」
背後から声を掛けられ振り向くとマユがマフラーに口をうずめて立っていた。
ビクッとしてしまった。
…そうだった。話したのはたったの二·三言で,声は低くハスキーな彼女の声すらろくに覚えていなかった。これが作った声でなく地声なら殆ど初めて聞く声だ。
「早いね!でも女の子にはさせれないよ,鍵の場所分かるから店で休んでて」
突然の事で不意をつかれ,つい普通に答えてしまった。
帰りは送迎があるが,出勤時の大半は電車で,あとはタクシーや同伴や仕事等でそれぞれの来方がある。数センチならまだしも,ここまで降れば確実に電車に遅れが出るか止まる。
なのにマユは雪を見て楽しむ子供みたくおれの近くにしゃがみ
「あーもう固まってきてる所ありますね」
と,素手で雪を掴み感触を確かめている
よく見れば前よりお洒落になり幾分綺麗になった気がする…だがその中にもヒールの部分が太く低めのブーツを履いている。
しゃがんだ際にふっと香水の香りが舞う
甘くはなく,どこか男っぽい…
「エタニティー…」
マユは顔を上げ細い指で小さな丸を作った。
またおれは居心地の良さを感じていた
きっとマユに対するこの心の疼きは「好き」とかそんなものでなく,一緒に居るこの時間と空間に癒され離れたくないんだろう。
ふふっ。と笑っていた。
マユもゆっくり立ち上がりあの優しい笑みを浮かべていた。
もうこの笑顔を見てしまったがおれは言った
「マユちゃん,おはよう。また今度雪蹴りしよう」
色々順番も言葉もおかしくなっていたが…その言葉を聞いてマフラーに隠れていた口をひょこっと出し
「おはようございます」
先程より楽しげな顔をしていた。
口数がさほど多くないのは変わっていなかったが。
(今日のおれのミッション達成)
心の中でゲームのクリア音が流れた
「ユウキお疲れ様。マユおはよう,だいぶ早く来たんだな。こんなとこにいると風邪引くから店にいな」
マユの店の店長だ
「はい」
少し残念そうな表情をしたものの店長に着いていく途中でこちらに一度ペコッと頭を下げた。
歩いて行く後ろ姿を見ながら思った
きっとこれからもっと綺麗になるんだろうな…
もうひとつ気付いた事がある
マユが手で丸を作ったその手首と,しゃがんだ際に少し見えた腰に細かな文字が見えた。
女の子の中には意外と入れてる子が多い。
この仕事で見てきた人は大雑把に分けると二通りある。またタトゥーにも二通りあると思ってる。
(どんな意味があるんだろう)
何故だか気になったが,準備に遅れないようまたスコップを動かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます