第14話 玉手箱(前編)
時期としては、猫又フェスから程なくして1年くらい経ったのだろうか。一台の車が田んぼ道を突っ切っている。黒いコルベットだ。かなり乱暴なハンドル捌きで、アクセル踏みっぱなしのようだ。はっきり言って私こと麻太は、この車の助手席には乗りたくない。
助手席には……おや?又三が縄でグルグル巻きにされて乗せられている。いつかのデジャブのようだ。どうやら、また拉致されたらしい。
コルベットはそんな乱暴な運転のまま、又三と共に山を越えていった。車はどんどん沢山の山を越え、降りて行った。
車が向かってる先は、遥か遠くの山奥のようだった。
ここで、これより1年ほど前に話を戻そう。
ユミリンゴと変なサングラスをしたアッシー猫又が山の中の自動販売機の前に居る。どうやら道に迷ったらしい。
「もー!道、間違えるなんてさいってー!明日のステージ、間に合わなかったらあんたクビよ」
「だだ大丈夫ですよ!あ、ほらユミさんジュース飲みません?ねっ」
サングラスがジュースを買ってユミリンゴに手渡しながら誤魔化す。そんな感じで2人が騒いでると、1匹の猫に話しかけられた。
「あれ?あなた方は猫又ですか?」
見ると、綺麗な毛並みのグレーの猫だった。目は澄んだブルー。すごく顔立ちが整っていて、ロシアンブルーのようだった。
2人はびっくりして軽く固まり目を丸くしている。
まぁそれもその筈。そもそも、猫又の妖怪になれば言葉を喋るのは当たり前なのだが、猫で言葉を
そのロシアンブルーは、2人が自分の言動に驚いているのがすぐにわかった様で、前足で少し頭をかきながら話した。
「僕がどうして猫なのに言葉を話しているのか不思議なんですよね」
2人は黙って頷く。
「立ち話しもなんですし、この先に僕の家があるので良かったらどうぞ」
猫又2人は顔を見合わせ、黙って頷くと、その猫について行った。
少し山道を入って曲がったところに、ボロボロの一軒の家があった。人間の気配はない。この猫以外は住んで居ない様だ。
カラカラカラカラ
ロシアンブルーは、家の戸を開けてそこへ入っていった。
「ただいまー」
ただいま。って事は、誰かいるのか?猫又2人はまた顔を見合わせ、家を覗き込んだ。
家の中にはもう1匹猫がいた。隅に丸い薄汚れた猫ベッドの様な物に入って寝ているようだった。
真っ白い猫だ。その白い猫は、黙って寝たまま顔だけ動かし、こちらを見た様だった。その猫の様子から見て健康そうには見えず、線は細く弱っている様に見える。
それでも、何故か気品があり、すごく綺麗な顔立ちの猫だった。
「具合はどうだい?」
ロシアンブルーが白猫に尋ねる。
白猫は帰ってきたロシアンブルーと顔を擦り合い、またベッドに顔を戻し、こちらへ顔を向けた。
はっきり言って、美男美女の猫同士の美しい光景だ。白猫と猫又2人は目が合った。
ハッとしてユミリンゴが横を見ると、サングラスが白猫を見て赤くなりボーッとしている。ユミリンゴが肘鉄でサングラスの脇腹をどつく。
「うぉっ」
サングラスが
「さっき、偶然そこでお会いした猫又のお二人だよ」
白猫はじっとこちらを見ている。先程から見る限り、白猫は普通の猫だ。言葉を話すのはロシアンブルーの猫だけの様だった。
ユミリンゴがようやく口を開いた。
「あなた達、何者?」
そうそれ。と言わんばかり、サングラスがウンウンと頷く。
「僕らは、今は普通のノラの猫です。僕はスギと言います。少し前まで人に飼われていました。僕らを飼っていた家のご主人に不幸があり、今から1年前に急に亡くなられてしまったんです。その後に、ご主人の息子家族という人達が遠方から来たんですが、家族内に猫嫌いの人が居たようで、僕らは家から追い出されて、ここの山に捨てられてしまったんです」
それを聞いたサングラスが神妙な面持ちで佇んでいる。ユミリンゴも同様だ。
「それは大変だったわね。
って、それはそうと、なんであなた言葉が話せるの?」
ユミリンゴが再び質問する。
「僕は……前世が猫又でした」
「前世が?」
「はい。それが……」
スギというロシアンブルーは過去の事を話し始めた。
「当時、悪い悪魔妖怪に騙され、猫又としての契約違反をしてしまったんです。
罰として、僕は猫又の契約を神様に破棄され、猫又生(ねこまたせい)を終えました。
それから僕はしばらく普通の猫として、違反の罪を償う為に輪廻転生を繰り返しました。」
「それが現在進行形って事ね」
「はい」
「でも、なんで過去の記憶が今あるの?」
「実はひとつ前の転生の時に、「猫又契約事項」が改善され、神様達が僕が悪魔妖怪に騙された事で契約違反をした事は仕方の無かった事だったという決定を下したんです。
それから少しして、僕の猫又の時の罪が無罪ということになり、希望であれば今世で猫又に戻してやる、と言って下さったんです」
「へー!そんな事ってあるのね」
「ええ。但し、3つの条件付きですが」
「条件?」
「はい。
1、今回の転生で猫又としての記憶を持ったまま普通の猫として過ごす事
2、10年以上生きる事
3、自分以外の誰かの為に生きる事
と」
「ふぅん。でも、10年だったら今の時代なら楽勝じゃない?今で何年目?」
ユミリンゴが聞いた。
「11年目です」
「過ぎてんじゃ無い!」
「はい……。条件の3の誰かの為に生きるというのが僕にはまだ足りないらしいんです」
「飼い猫の時期が長いと、そういう場面にはあんまり出くわさないって訳か……」
ようやく口を開けたサングラスが腕を組みながら呟く。するとスギは、少し頬を染めはにかんだように言った。
「はい。でも今はこのカスミの為に生きていこうと思っています」
そう言って、白猫を見つめた。
「僕もカスミも元は捨て猫で、保護施設にいました。同じ飼い主さんに時期や場所は違いますが、見初められて飼われました。それからずっと一緒に暮らしてて……。僕にとって大切な妹のような存在です」
「カスミは身体の具合でも悪いの?」
ユミリンゴが直球で聞く。
スギは少し下を向き、また話し出した。
「カスミは生まれつき後ろの片足が不自由なんです。片方無くて、生きていくには条件が厳しい。保護施設にいたのも、体が不自由だから捨てられていたのではないか?と言われていたそうです。飼い主さんはそんなカスミを受け入れて、あえてカスミを飼っていました。優しい方でした。でも、その方が急に亡くなり、息子家族という人達が家の整理の為に訪れ、そして要らない僕らをここの山へ捨てました。捨てたのは、猫に興味が無いという事と、身体が不自由なカスミの世話を嫌ったから。それが1番の理由の様です。」
ユミリンゴがため息をつき首を振る。
スギは続けた。
「人間に捨てられてしまった今は、カスミは狩りも出来ないから食べるのも難しい。でも、僕がいれば、なんとかなる。僕も狩りはそんなに得意ではないけれど、昔からの記憶や知識があるから、なんとか食べる物は確保できるんで。カスミの為にも一緒に頑張っていこうって思って……」
「じゃあ、こうなったのは残念だけど、あなたもようやく猫又に戻るための道が見えてきた訳ね」
ユミリンゴが言う。
「……皮肉ですが……そうですね。」
「運命共同体ってやつっスねぇ……」
サングラスが分かったような顔してウンウンと頷く。
「一緒に繁栄するのは良いとして、滅亡してどーすんのよ。ったく。」
ユミリンゴがジロリとサングラスを見て冷たい目線で言う。
「え?運命共同体って、そう言う意味っスか?」
「もう黙っててよ」
「はい」
「あなた達は最終的にどうなりたいの?ゴールというか、目標は決めてるの?」
ユミリンゴが訊く。
「猫として、僕が彼女に出来る精一杯がこのくらいしか……」
スギはそう言って俯いた。その時、サングラスがハッと何かを思い出したように話し出した。
「そういえば確か……前にデラックス様から聞いたような。 ホラ、ユミリンゴさんも一緒に聞 訊いてませんでしたっけ?いやね、身体が不自由な猫は、猫又になるまでの期間が普通の猫より短いんだよ、とかなんとか。で、確か今の時代だと……」
「10年!」
ユミリンゴが答えた。スギの顔がパァァっと一気に明るくなる。
「それじゃ、カスミは今年で8年目です!あと2年頑張ってくれれば……!」
と言ったところでまた、しゅんとしてしまった。
「最近のカスミ、以前より調子が良くないんです。たぶん……生活環境全部影響しています。
飼われていた時よりもちゃんとした食事も出来てなくて……あと2年か。もてばいいのですが……」
スギは不安な顔でガックリした。
そんなスギの肩に猫の手がポンと乗った。見上げると、サングラスの猫又が手をグーにして親指を上げている。
「そんな時の猫又様よ。俺だってこれでも全ての猫の為に猫又になった男さっ!俺らも協力するぜ、ね!ユミリンゴさん!」
「はぁ……」
ユミリンゴがそっぽを向いてため息をつく。
「え?協力してあげましょうよ!」
「いいんだけど、あんたが言うとなんだかやる気が起きないわ」
「えええ?!?」
「ま、いいわ、わかった。こんな話聞いちゃったんだもの。私たちも出来ることは協力するわよ」
「ユミリンゴさぁーん♡」
「うるさい!」
「はぁーい!」
まぁ、サングラスはなんともめげない男である。
スギは願ってもない事態にあぜんとしていたが、事態が飲み込めてくると目に涙を溜め、下を向き2人にお辞儀をした。
と、まぁこんな事があり、忙しいながらにこの2人の猫又は時間をつくっては、この2匹の猫の様子を見に行っていたようだった。
時を戻そう。
黒のコルベットには、運転席にはユミリンゴ。
そして、助手席にはグルグル巻きにされた又三だ。
車はかなり急いでいる様だ。
車内は不穏な空気が漂っている。
ようやく又三が口を訊く。
「あのぉー。僕なんで縛られてるんですか?」
「え?なんとなく」
「なんとなくで縛らないでくださいよ」
「だって逃げられると困るし」
「逃げる様な事なんですか?」
「とりあえず集中して急いでいるんだから、話しかけないでよ!」
「はい」
「あと少しで着くわ!」
車は山奥へ入っていく。
とある一軒の家に着いた。
ボロボロの家だ。
そう、読者の方はわかるが、ここはロシアンブルーのスギ達が暮らす家だった。
又三は初訪問。
「ここは?」
「入って」
大した説明もないままに、ユミリンゴに促され、家に入る。灰色の猫が猫ベッドの前に座っている。又三は、猫ベッドの方も見た。
白い猫だ。息をするのも少し苦しそうな感じだった。
又三は横たわる白猫を見て、少し驚いた様だった。
が、そんな又三に周りは気付いていない。又三が口を開いた。
「……この方は?」
「カスミと言います。又三さん」
灰色の猫が応えた。
「カスミ……」
「僕はスギ。元猫又です」
「元……ですか」
「はい」
「又三さん!それよりカスミの様子が!なんとか出来ない!?」
ここでずっと付き添っていたのか、少し焦った様にサングラスが言う。再び白猫を見て、又三は小さく呟いた。
「また君のこういう姿を観る事になるとは」
「え?」
又三の小さな呟きが少しだけスギに聞こえた様だった。
又三は黙って外に出ると、懐からマッチを出し、シュッと剃ると緑の炎が出た。それをポイっと投げ地面に着く瞬間。
ボン!!
とマッチは小さく弾けて煙の中から猫又亭のお店が出現した。
猫又2人とスギがビックリし過ぎて、呆気にとられている。又三はギャラリーにお構いなく黙ってお店に入り、すぐに紙袋を持って出てきた。再びスギたちの家に入り、又三は猫ベッドの白猫に話しかけた。
「おス……カスミさん。僕の声が聞こえますか?」
又三がカスミの名前を噛んだ事に、ユミリンゴだけが気づいた。白猫は息をしているが、反応が薄い。しかし、又三の言葉に反応したのか少しだけ身体を動かした。
又三はカスミが反応したのを確認すると手をかざし、カスミの首筋に氣を送り始めた。首の後ろから、頭、お腹、腰、足。カスミの身体が徐々に優しい光で包まれていく。全身に光が行き渡ると、次は紙袋から注射器を取り出した。アンプルから液を抽出し、カスミの後ろに周り、腰に注射する。カスミは打った時に少しだけビクッとしたが、その後は大丈夫な様だった。注射が終わると、カスミを纏う光の色が緑に変わり、オレンジになり、ピンクになって、最後は白く光り、スッと消えていった。又三は再び手をかざしながらカスミの全身を巡り、手を下ろした。
振り返り、そこに居る全員に切り出した。
「もう、大丈夫です。1週間安静にしていれば、以前よりも動ける様になる筈です」
その又三の言葉に、そこにいる全員が安堵の表情をした。
スギは泣いている。
「又三さん、ありがとうございます。なんとお礼を言ったら……」
「いいえ、お礼を言いたいのは僕の方です」
「え?」
「え?」
「……。」
又三の言葉に、サングラスとスギが声を揃えた。ユミリンゴは眉を動かしただけで黙っている。
何かに気付いた1人が居た。
「あ……。まさか、あの噂は本当だったって事?又三さんの……」
サングラスがその先を言えずにいると、
「奥さん……なのね」
ユミリンゴが言った。
「はい」
又三が迷わず応えた。
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