第12話 もんすごいのが来た

 ある日、閉店後の猫又亭。少し栄えていて、少し田舎のこの地域。夜は商店街も閉めてしまう店も多く、割と辺りは暗くなる。猫又亭には明かりがついている。雨がかなり降りしきる日だった。

 人間の酔っ払いが1人、ウィ〜っと陽気にあっちへふらふら、こっちへふらふらしている。酔っ払いはふと、辺りから良い匂いがしてくる事に気付いた。


「クンクン、これは……すき焼きの匂いだぁ〜♪何処の家だぁ〜♪」

 辺りを見回すが、目の前は更地だ。周りはシャッターを閉めているお店だらけで静まりかえり、雰囲気はガランとしている。生活の気配は無い。

「うう〜ん?俺のっ……勘違いかぁ〜♪腹減ってんのかなぁ?いや、さっき〆のラーメン食ったろぉーがぁー!ぶつぶつぶつ……って、食いしん坊!ばんざい」

酔っ払いはずっと1人で話している。そのうち通り過ぎて行き居なくなった。

 

 猫又亭に近づいて来るものがあった。


ひたひたひたガサガサガサ


沢山の不穏な黒い影が来る。黒い影達は塀を乗り越え屋根に登り、あっという間に猫又亭をぐるっと取り囲んだ。



 店の中では、しむだいごと又三がいた。なんだかワイワイしている。しむだいごはいつもの様にレモンサワー、又三はクラシックラガーですき焼きをつついていた。ジュージューと美味しそうな匂いが店内に立ち込める。火が入った柔らかい肉に又三特製のタレをジューっとかける。出来上がったすき焼き肉に生卵をつけ、ホクホク顔で喰らいつく猫又男子2人。


「うんまぁ〜♡たまらんのぅ!」

「はふぁ、はふぁ♡う〜ん♡」


2人は肉をしばらくもぐもぐして、同時にグラスをグイッとした。


「ぷっはー!うまくいった仕事の後のすき焼きは最高じゃぁ〜♡」

「じゃんじゃん焼きますからねーどんどんいきましょう」


2人がニコニコして2枚めの肉を口にしようとした時だった。


ピシャーン!バリバリバシャーン!!


外にものすごい音がして雷が落ちた。店内の電気が消える。


 この雷で町内全域の電気が落ちた様だ。猫又亭はというと……おや?先ほどと同様に明かりが付いている。

 2人は電気が落ちると同時に素早くランタンをつけ、雷の事や停電に対して何も触れず、何事も無かったかのように先程と同様、ワイワイ肉を食って酒をやっている。猫は暗闇でも良く見えるので、大した影響はない。妖怪になった猫又は死ぬ事も無い。なもんで雷に驚く事も怯える事も無い。でも、今は肉を焼くのに火を使っているので火事になると面倒くさい。周りの人間に迷惑をかけない為に2人はランタンをつけた。というだけの事だ。


♪電気が消えたならランタンつければいいじゃない♪


 非常にシンプルなマインドである。


 そんな2人の様子を伺っている存在がいた。


 猫又亭の外では、一台の不思議なが店の上に着いて(浮いて)いる。籠の中から声がする。

「ほぉ、奴ら、あの程度じゃビックリせんか」

籠の主の声がする。

「いかがしましょう?」

お付きのものだろうか。籠の中にいる者へ確認する。

「面白い奴らじゃ、そうさなぁ。……うん?くんくん……良き香りじゃのぉ」

店の中ではすき焼きをやっているので、外にも肉とタレの焼けた香りがしている。籠の主からグォォオォオォと地響きの様な音がした。

「お腹がすきましたか?」

お付きの者が尋ねる。

「うむ邪魔しよう」

籠から主が地に降り立った。


ズシン

ズシン


地が響いた。


 猫又2人は、このズシンズシンで身体が2回浮き上がった。2人は片手に溶き卵の皿を持ったまま同時にため息をついて、天井を見上げた。


「なんか来ちょうな」

「間違いなく異形の者ですね」

すると腹に響く太い声がした。


「誰が異形の者じゃ」


2人が声の方を向くと、店の中なのにブワッとつむじ風が起き、風の中から2人の御仁が姿を現した。1人はお付きの者なのか、前にいる御仁の後ろに控えている様子だ。

「卑しい者共。我が誰かわかるか?」

「いいえ」

2人は肉を口にいっぱいモリモリしながら首を振る。

「無礼な者共め」

御仁の後ろから控えていた者が2人の失礼な態度に気分を悪くした様で、声を上げた。

大山祇おおやまつみ無粋ぶすいだ、やめておけ。それに邪魔をしているのはわれらよ」

「オオヤマツミ?」

その名前に又三だけはわかったようだった。


「もしや、貴方様あなたさまはスサノオノミコト?」

「ほぉ、ようわかったな。妖怪猫の分際で大山祇の名でわれに気付くとは感心よ」

「えー?しかし、なんで貴方様の様などものすごい偉い方がこんなところに?」


スサノオノミコト(須佐之男命)

オオヤマツミノミコト(大山祇命)


 このお二人は日本の古来の有名なもんすんごい神である。特に、スサノオノミコトは知る人ぞ知る、そら有名な神様だ。

 誰もが知ってるであろう、かの有名な天照大神アマテラスオオミカミが岩戸に閉じこもった伝説はこの神様の暴君っぷりが原因である。スサノオが又三の問いかけに応えようとした時、


ズゴゴゴゴゴゴゴゴギュウゥゥゥ!!

もの凄い地響きと音がした。


「な、なんじゃ?この音は?」

流石に驚いたしむだいごが辺りを見回し叫ぶと、

「ワシの腹の虫じゃ」

スサノオが応えた。

「は、腹の虫ィ?」

しむだいごがまた叫ぶ。すると、

「あ、食べます?すき焼き」

又三が普通に聞く。

「うむ、よきにはからえ」

「かしこまりました」


淡々ともてなしの用意に入る又三にしむだいごがヒソヒソ話す。

「なんか、面倒くさそうな奴がきたのぉ」

「しっ」

コソコソ話しながら、スサノオとオオヤマツミの分の肉を焼き、ビールを開けグラスを出し、慣れた手つきでいつもの様にもてなし始めた。

 又三は何度も伎芸天等をもてなしているので、こんな異例の事態でも手際が良い。早速に用意された料理に手を合わせ、スサノオはすごく美味しそうに食べた。

 又三は、神様も人間も妖怪も動物も美味しいものを食べるとみんな同じ顔になるなぁと思っていた。


「もちろんそうじゃ、神も嬉しい時は嬉しい顔をするもんじゃ」


「僕、今の言葉口に出してませんよ?」

「人間や妖怪の心の声くらい聞こえるわ」


スサノオはムッチャムッチャしながら応えた。しむだいごはそれを聞いて罰が悪そうにコソコソ隠れた。隣を見ると、オオヤマツミも美味しそうにビールを飲み肉を食べている。なんていうか、2人ともものすごい偉い神様なのに可愛らしい。

 スサノオが食べながら又三に問いかけた。


「あの一件はお前達の仕業か?」

「あの一件とはどの一件ですか?」

「もちろんゴミ屋敷の婆さんの件じゃ」

「ご存知なのですか?」

「もちろんじゃ。この日本でワシが調べられないことなどないわ」

スサノオは得意げに応えた。

腑抜ふぬけた神共がどうにも出来なくて、神なのに諦めようとしていた事業をあっさり片付けてしまった其方そなたらの偉業には感心したぞ。おかげであの者は、先日往生してな、地獄行きは何とか免れたわ」


 どうやら、前に又三が火を放ったゴミ屋敷のお婆さんは、自身の体調が原因で不可抗力とは言えど、沢山の猫を犠牲にしてしまい責任としてかなり徳を失ってしまった。が、なんとか天国に行けるだけの分は残せていた。地獄行きは免れたものの、まぁぶっちゃけギリギリだった。これからは、生きていた晩年の頃の自分の行いに対してしっかり向き合い厳しい修行ののち、いつになるかはわからないが神様に仕える眷属けんぞく(神に仕える存在)になる為の修行に入る事が出来るという事だった。


「あの家に放った火はお前が細工したのか?」

「はい、まだ実験段階ではありましたがうまくいきました」


 又三は今回のミッションとして、あの家に居る生き物の命を全て助けた状態で、ゴミ屋敷を無くす事が最速の解決策だと考えた。あの家がある限り、多頭飼育を素早く終わらせる事は困難。例え、素早く家中の猫達を全部保護したとしても、家主はまたあの家で自分の命が続く限りは他から猫を拾ってきては多頭飼育を繰り返すと予想したからだった。ゴミ屋敷に住んでいる事態も非常に宜しくない。

 あの家に住む者は、命があれば家が無くなっても後は周りが勝手に何とかしていく。ということ事が又三には読めていた。なので、まずは不要なゴミ屋敷を1番に片付ける必要があったのだ。

 はなみずきがゴミ屋敷に放った紫の炎は、又三が作り出した炎だった。冷たい人魂ひとだまの炎と、全てを燃やし尽くす熱い赤い炎を組み合わせた様なものだ。人魂の炎は物質を燃やす力はない。反対に、人間界の赤い炎は地球上の殆どの物質を燃やし尽くす事ができる。又三が作り出した紫の炎は、多少熱く感じるものの生き物は殺さず、負のエネルギーを持つ物質だけを燃やす事が出来るようになていた。が、基本的に燃やす力は弱い。加えて、そんな異形の炎が、お天道様が出ている時間帯に物質社会に居続ける事は難しいのだ。人魂が日中に人前に居られないのと同様だ。


 だったら夜にやれば良かったのでは?と思うだろう。しかし、今回のミッションは日中に行う必要があった。人間社会のメディアに幅広く拡散してもらわねばならなかったからだ。

 人間は、自分の目に見える案件には素早く反応する。日中堂々と噂のゴミ屋敷が燃えれば、野次馬がすぐに喰らいつく。テレビの報道が来れば、リアルタイムで中継しやすい。お陰で、今回の事件を家主の身内に気づかせる事にも、猫達の里親探しをするボランティア団体にも、スピーディーに反応させる事が出来たのだ。

 スムーズに家から猫を追い出しつつ保護し、家主が驚いて家から出てきたのを見計らって、又三達は呪術を使い赤い炎に変え、最後はゴミ屋敷の全てを燃やし尽くさせる事に成功した。


 屋敷を燃やす前に、又三とはなみずきが行っていた事がもう一つある。二人が最初に怪しい種蒔たねまきをしていたのを覚えているだろうか。赤い炎は気をつけないと熱すぎてしまい、火が苦手な猫をパニックにおとしいれてしまう事がある。事を起こす前に、猫達をせっかく外に逃したとしても、飼い猫は危機感に弱く臆病おくびょうな生き物なので、逃げるつもりで慌てて自ら火に飛び込んでいってしまう恐れがあった。なので又三は、猫達を安全に保護するべく、自らが研究して作り出した植物を使った。

 かずらの「くず」と燃えにくい「モチノキ」の成分を合わせ改良した種を事前にゴミ屋敷の外側に撒き、念力で急速に増殖させ、ツルを絡み合わせた小さくて長いトンネルを作り出し、猫達の避難場所とした。家を燃やす前に妖術で猫達をおびき出し、そのトンネルに避難させ守ったのだった。又三の計算では、猫達が家から出て仕舞えば、家主も熱かろうが無かろうが自動的に家から出てくる。そのタイミングを狙っての、『ゴミ屋敷は燃やし尽くし、全員は助けよう作戦!!」を無事に成功させたのだった。


スサノオは満足した様子で扇子せんすを仰ぎながら、言った。


「なんともあっぱれな事よ。猫又達よ見事であったぞ」


と2人を褒めた。

ものすごい神様に褒められて、猫又2人はスサノオの前で直立しながら少し照れ、又三はえへへと頭を掻いた。


「さて、馳走ちそうになった。また来るぞ。達者でな」


そう言って、スサノオは籠に乗り、神々2人は黒い影達を連れて帰っていった。

 スサノオは神の中でも黄泉よみの国(死者の国)を司る神様だ。少し周りの者が禍々まがまがしいが、それも必要不可欠なのだ。いうなれば、ちょっとアナーキーな神様と言ったところ。

 今回の又三の目的の成し遂げ方もきっと好きな方向性だったのだろう。だからこそ、又三達の事に興味を持ち遊びに来た、そんなところだろうか。


 猫又2人は、神様達が見えなくなるまで見送り、しむだいごが先に店に戻っていった。

と、


「ああ!!」

しむだいごの叫びを聞いて又三も店に戻る。と、


「わし等の肉が無くなったぞい!!」

しむだいごはがっくりと膝をついた。



神々はよく食べて飲んだ。そのまま帰ってしまったので、又三達のお肉が無くなってしまっていた。涙を浮かべるしむだいご。


すると、


「ピンポーン、お届け物でーす」


二人が声のするほうを見ると、ムッとしたような表情のはなみずきが沢山の荷物を持って店に入ってきた。ビールと焼酎のデカ瓶が見える。


「もう、2人とも!私の事、絶対待っててって言ったのに!もう『ミッション成功パーチー』始めちゃってたんですか?ひどーい」

と、少々プンスカしながら入ってきた。

「いや、ちょっと色々あってわしらもそんなに食うてないんじゃ」

しむだいごが焦って言い訳をする。

「そういえばはなみずきちゃん、その山盛りの荷物は?」

「あ、これ?なんか店の前に落ちてたよ。手紙付きで」


 又三が手紙を開くと、しむだいごもしかめっ面で覗き込んできた。

 手紙にはきったない字でこう記してあった。


「すき焼き旨かったぞよ。これは、今回の件に対しての褒美じゃ」


袋の中にはとても美味しそうなすき焼き肉と卵が山盛り入っている。


「スサノオさまぁーー!!!!♡」


又三としむだいごはお店の中心で空に叫んだ。


 猫又二人の声が聞こえたのだろうか。

 スサノオは籠の中でニヤリとした。

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