第11話 老婆と猫

 とある一軒家。所々窓ガラスが破られている。家を直している様子は無い。

 複数の猫の鳴き声が泣き止まないその部屋は、一台ソファが置いてあった。1人の人間らしき者がゴミ屋敷の中で破れだらけのそこに座り、猫を撫でている。両脇には口を縛ったビニール袋だろうか。大きな物、小さな物、無数に積み重なっている。

 今は夕方だろうか。辺りに糞尿が無数に散らばっている様だ。住人と思われるその女性は、裸足で過ごしているようだった。

 ねこまたフェスが終わり、しばらく経った頃、気付けば秋の訪れの雰囲気で夏の終わりの匂いが辺りを包んでいた。又三は少し涼しくなってきた朝方、お店の前を掃きながらいつものようにお店を開ける準備をしている。

 そこへ、又三の事をジッと見つめる目があった。又三が気付いて視線をやると、1匹の子猫がいた。


 赤茶のキジトラ柄の子。お腹は白くて毛並みは綺麗だ。首輪はしていないがノラっぽくはない。

子猫は又三が自分に気付いた事が分かると、そろそろと近づいてきた。

 姿形は少し違えど、又三も妖怪なだけでとりあえず猫だ。猫同士、話さなくても分かる事が多い。又三が子猫を見て黙ってお店に入ると、その子猫も続いてお店に入っていった。

 又三に肉球で指された先のがりかまちに子猫が上り、大人しく待っている。と、又三が子猫用の猫缶をパッカンと開け、中身をお皿に入れ、子猫の前に出した。子猫は小さくニャンと言って、そろそろと食べ出した。その様子を少し見て、すぐに又三はお店の開店準備に戻る。


 看板をかけると又三はいつも音楽をかける。

今日のナンバーはクニャリ。リズミカルだけど優しい音楽が店内に流れる。フンフン♪とリズムに合わせて鼻歌を歌い、商品にハタキをかける又三。しばらくすると子猫は食べ終わったらしく、顔を舐め、綺麗にしだした。お皿は空になっている。又三とお店に安心しているのか、背中や股も舐めている。又三が店内の掃除が終わる頃、子猫は土間にトンと降り、ニャンと言って又三に擦り寄ってきた。まるで、このお店や又三を知っていたかのような振る舞いだ。

 又三は子猫を撫で、キャリーバッグに子猫を入れると、お店に「外出中」の板をかけ、お店を出た。


 又三がキャリーバッグを持って行った先は、燕珈琲つばくろコーヒーさん。カランコロン♪と音が鳴り、キャリーバッグを持った又三は店内に入って行った。


「いらっしゃい」


低めなダンディな声の主は、燕珈琲のマスターの萩原さんだ。ナイスミドルなすごくすごくカッコいいおじさまだ。店内は静かめな音量で、ご機嫌なオーソドックスなジャズがかかっている。


「おはようございます、萩原さん」


店内にはお客さんは丁度いない時間らしく、又三だけだ。

カウンターに腰かけ、挨拶をする又三。


「又三。また迷い猫か?」

「はい」


と、キャリーバッグを開ける。

子猫が顔を出す。

と、


「きゃわいい子猫ちゃわーん♡どちたのかなー?」


ギャフーンとズッコケる又三。

萩原さん、さっきまでの凛々しさはどこへやら。

 顔から態度から全てがデレデレなおっさんに成り下がり、キャラ崩壊の萩原さん。これがなければ最高にカッコいいちょい悪オヤジなのにと、又三は毎回思う。

ここ燕珈琲は、プリンちゃんというサバトラ柄の猫が看板娘として君臨くんりんしている。

いつもはこのプリンちゃんにデレデレだ。

 萩原さんはお店の傍ら、迷い猫の預かりや里親募集をしっかりやってくれるので、この辺では迷い猫の安心できる駆け込み寺のような場所なのだ。しかし、又三や猫を拾ったお客様さん達が迷った猫をここへ連れてくる度に、萩原さんはこんなになってしまう。そんな彼に、又三もお客さんも毎回律儀にズッコケてしまうのだった。子猫なら尚の事、破壊力は抜群だ。が、誰も何も言わない。

言えないというのが正しいかもしれない。

 萩原さんの見た目や普段の雰囲気から、硬派こうは寡黙かもく、でもすごく優しくて純粋に良い人。なもんで、なんとなく本人に突っ込めない雰囲気があるらしい。連れがいるお客さんは、萩原さんにバレないようにヒソヒソ話すだけでやはり本人には言えないようだった。

ま、一部の女性からはこのギャップが良いと言う話もあるらしいが、まぁ、それはさておき。

 カウンターに座り直し、又三が話しだす。


「この子、今日の朝方僕のお店に来て、お腹すいていたみたいだったのでご飯は食べさせました。

猫エイズ陰性、予防接種は未接種、子猫なのでまだ避妊手術はしてないですが、至って健康です」


又三は特殊能力で猫の健康診断ができる。

その報告に萩原さんは、


「それだけわかれば後は予防接種させて里親探しだな。助かるよ、又三」


そう言うと、萩原さんはポットを手に取り、コーヒーを入れ始めた。

又三が好きな燕オリジナルブレンドだ。


「お待たせ」

「ありがとうございます」


又三は珈琲の香りを楽しむと、ズズーッと飲んだ。デレデレな萩原さんが子猫とカウンターで遊びながら話しだした。


「最近、子猫を捨てる奴が多いな。お前さん調べられるか?」

「今月に入って僕のところでも子猫の迷い猫がこれで3匹目ですもんね。

しかもみんな……」

「みんな?」

「あ、いえ、うーん……うん。僕の方でちょっと思うところがあるので、やってみます」

「たのんだぞ」

「はい」


又三と話してる間はいつものキリッとした萩原さん。子猫と遊びだすと、だらしないおっさんに早変わり。


「あたらちいおかあしゃんが決まるまで、ここでお利口さんにしてまちょーねー」


 又三と話がつくと、萩原さんは心のままに子猫に赤ちゃん言葉で話しかけていた。

又三は珈琲を吹き出しそうになりながらなんとか完飲。看板娘のプリンちゃん(8歳)はというと、カウンターの上で丸くなり、手の上に顎を乗せ、タヌキ寝入りしながら、子猫と遊ぶ萩原さんを目を細めしれっとした顔で黙って見ていた。


「お父ちゃん、またかよ……」とでも言いたげな表情に見える。

「ごちそうさまでしたー」


カウンターに、小銭を置き、

カランコロン♪と戸を開け、子猫を託した又三は少しふらつきながら疲れたようにお店を出た。


 その夜、珍しく猫又亭が19時過ぎでも開いていた。店の中からは又三では無い猫又が出てきた。

その猫又はフンフン♪と鼻歌を歌いながら芳香剤の棒をバリバリと喰い、もう一方の片手には並々入ったレモンサワーのグラスを持っている。

 ドカっと店前のベンチに座ると、レモンサワーをうまそうに飲みだした。タバコをスパスパやりながら態度悪く座っている。少しすると、又三も出てきて簡易テーブルを出し、レモンサワーと浅漬けを持って出てきた。


「おお、気が利くのぉ、レモンサワー丁度無くなったんじゃ」

「これ僕のですよ。しむだいごさんもう飲んじゃったんですか?仕方ないなぁ」


ぶつぶつ言いながら持ってきたレモンサワーをその荒い猫又に渡し、又三はまた店に戻る。少しして、又三はもう一杯持ってきた。


「おお、気が利くのぉ、ワシの無くなったんじゃ」

もう飲み干している。

「……もうダメです、これ僕の。あと、仕事の話出来なくなっちゃいます」

「おまんは真面目じゃのぉ」

「相変わらずポンコツですね」

「いいから、それよこせ。もう、ゆっくり飲むから」

「もう、このペースでいったら11時で四つん這いになりますよ。」

「わしゃいつも最初から2杯同時に飲むんじゃ!」

「はぁ……」


又三はため息をつきながらお店に入る。しむだいごと呼ばれていたその猫又は、お店に入った又三をチラッと確認すると、ニヤリとして残ったレモンサワーを一気飲みした。1人でニヤニヤしながら座って又三を待つ。と、又三が店から出てきた。レモンサワー15杯持って。


「おまん!仕事の話する気あるんか!?」


ズッコケたしむだいごが叫ぶ。


「おまえがいうな!」


又三も叫んだ。




「さて、ちゃんと仕事の話しましょう。実はここのところこの辺で迷い猫や子猫が捨てられている事が多いんです。僕が感じる限り、同一人物の仕業かなと思ってます」


 かしこまって又三は話し出した。

 実はこのしむだいご、猫又界では有名な敏腕探偵なのだ。彼に調べられないことは無いと噂されるほどの猫又。ちなみに、カンフーの達人だ。ただ、かなりの酒豪で酒癖の悪さも有名だ。

 話に戻ろう。


「ああ、その話はわしのところにもきとる。

ありゃ多頭飼育しとる奴の家じゃ。場所もわかっちょる。5丁目にあるゴミ屋敷じゃ」


しむだいごが応える。


「やっぱあそこでしたか。僕もちょっと気になってたんですよ。なんていうか、子猫たちから猫の死体の臭いもしてたから」

「それなんじゃが……ちとややこしゅうてのぉ」

「と言いますと?」

「先日、ワシも猫又の更新でな、伎芸天ぎげいてんに会うたのよ」


伎芸天とはこれまでもお馴染みのデラックス様のことだ。しむだいごも猫又だ。日本の猫又の更新は、だいたいがデラックス様の管轄となる。


しむだいごは続ける。


「でな、伎芸天からそん飼い主、人間の事を相談されたんじゃ。そいつの余命はあと少しでのぉ、人間としてはかなりの高齢で、最近じゃ少しボケてきとる。なもんで、猫達の餌も忘れる事がある。子猫を捨てとるのは、そん人間でなくて、母猫たちじゃ。子猫たちを家に放っておけば餌が足りなくて腹を空かせた他の猫に喰われる可能性がある。母猫たちも理性を失えば我が子といえど食うてしまうかもしれん。そんで、理性が働いている母猫達はある程度育った子猫を家の外に出してしまうんじゃ」

「なるほど、そういう事ですか。母猫が僕の事を知ってるんですかね?うちにくる子みんな僕の事知ってるみたいだったから」

「まあ、あの家汚いから悪魔側妖怪も出入りするんじゃろ。家の中でお前さんの噂でもしとったんじゃろうて」

「でも、だったら大人猫達はなんで逃げないんですか?」

「そん人間のことが好きで残っている奴もたくさんおるらしい。餌もたまに忘れられるだけで一応はもらえるしな。衛生面以外はそんなに問題ない飼い主らしい」


その衛生面が1番問題なのだが。


「そいつ、人間の中でも心は悪い人間じゃないらしいからのぉ。頭がちいと病気なだけじゃ」

「なるほど。伎芸天はその人間の事、他になんか詳しく言ってませんでしたか?」

「そん人間な、戦争を経験してるんじゃ。ワシらもあん頃のこの国をよう見てきたじゃろ。周りは毎日人や生き物が死ぬ。辺りは燻って焼け野原だらけ。終戦になっても食うもんはない。略奪や人殺しは日常茶飯事。地獄にいるようなもんじった。その飼い主は自分の子も旦那も戦争で死んだらしい。

そんな中それでも生き抜いてきた奴だ。終戦後は自分の子でもない近所にいた孤児を自分も食うもんがない中何人も必死に育ててな、だもんで、徳がすごい高い人間なんよ。

ただ、悲しいかな。

今はその昔の経験が返って仇となってるんじゃ。今の時代と歳には勝てなくてな、勿体ないし思い入れがあるからほとんど物は捨てられん、命があるもんなら飼えなくても飼ってしまう、避妊手術なんぞ頭にない、身体に刃物や薬をいれるなんぞ可哀想じゃとな。

確かにそうなんじゃが、それでも生かせるだけの力量や財力がある訳でもないから、多頭飼いのカオスになる訳じゃ。歳のせいで柔軟な行動も考えも出来んから、どんどん猫は増える、ゴミ屋敷になる、本人はボケるで、このままじゃと昔こさえた徳がどんどん無くなってしまいよる。

しまいには猫達の命がこれ以上無駄に亡くなったり、ゴミ屋敷に対しての周りの人間からの非難が増えれば、下手したら地獄行きじゃ。ゴミ屋敷になっている場所の負のエネルギーは凄まじくてな、神の声が本人にも届かんくなって正しい判断ができんくなる。神側もなんとか気付かせようとテレビで話しかけたり、あの手この手使ったが、全く本人は聞く耳なくて、困った伎芸天が俺のところに相談に来っちゅうわけじゃ。

うまくいけば神サイドに行けるだけの心の持ち主だそうでな、神達も悩むって訳だ」


一気に話切ると、ふーっと一息つき、しむだいごはタバコ2本同時に火をつけ、一気に吸い込み、鼻から一気にフーンと煙を出した。


「ま、人間が天国に行こうが地獄に落ちようがそんなに大したこっちゃ無いと思うがのぉ」

「しむだいごは地獄観てないからそんな事言えるんですよ。僕、出来る事ならもう行くの嫌ですもん」


又三が応える。


「奇遇じゃのぉ、地獄観てないけどわしも行くのは仕事でも嫌じゃ」

しむだいごはヘラヘラしながらタバコを片手に応える。


「人間同士では何も出来なかったんですか?」

「人間はいちいち面倒くさいからのぉ。法律がなんだ、人権がなんだと。命がかかってたとしても、そっちの自分らの都合のが大事じゃ。それでもなんとかしようと色々動いている奴もおるが、あれじゃ何ヶ月かかるか……母猫が子猫を外に捨てだした形での発信がなければ、まだまだ全然こっちサイドが気付くことは出来んかったわ。人間サイドは、多少話がわかるもんが動いても何故か道を塞ぐ奴が現れる。ワシら妖怪や動物はその点シンプルで楽じゃからのぉ。行動が早い。だから伎芸天もワシらに相談するんじゃろ」


「そーですか……その人間が昔育てた孤児達は連絡取っているんですかね?」

「みんな他の引き取り里親が見つかったり、親戚が見つかったりで何人かはもう音信不通らしい。

自分が引き取った子と一緒に住んでもいた時期もあったが、そん子供も病気になって死んだり、事故に遭って死んだりで、もう今は1人だけになってしもうたらしい」

「そーですか」


又三はそれだけ言うと、レモンサワーをゴクリと飲んだ。

しむだいごはタバコの火を消すと灰皿の真ん中のボタンを押した。

灰皿がシャーと鳴って中皿が回り、タバコが2本灰皿の中に消えていった。


「さてと、ワシからの情報は終わりじゃ。

伎芸天は、又三経由でこの件をなんとかしろと言ってる。

もちろん、あん人間の徳が無くならんうちなな。

とりあえず、明日から助手のジャイリン子をこっちに手伝いでやるから、あとは任せた」

「わかりました。色々ありがとうございます」

「しかし、おまんも物好きじゃのぉ。人間の都合の助けなんぞして」

「ダメな人間も多いですが、僕の周りの人はそんな事ないから。僕も色々助けられてるし、彼らと過ごすのも楽しいもんですよ。それに、今回は猫も助けたいし」

「ま、確かにな。ほんじゃま、わしゃ帰るでよ」


 テーブルに残っていた水滴だらけのレモンサワーを、カパッ、カパッ、カパッ、カパッ、カパッ、カパッと飲み干し、無言でバイバイと手を振ると、フンフフン♪と鼻歌を歌いながらしむだいごは夜の闇に消えていった。


 次の日の明け方、しむだいごにジャイリン子と呼ばれていた、本名「はなみずき」と言う女の子の猫又が猫又亭を訪れた。はなみずがガッツリ2本垂れている女の子の猫又だ。

リュックを背負い、武装した又三が出迎えた。


「又三さん!お久しぶり!」

「はなみずきちゃん今回はよろしくね」

「はい!じゃあ、早速作戦通り開始しましょう!」

「ラジャ!」


 2人は例の人間のゴミ屋敷に着いた。

又三が作ったとあるものを2人して、ゴミ屋敷の周りや家の中のゴミに撒き出した。撒き終わると、又三が太鼓を叩く。


トントコトン♪スットントン♪

トントコトン♪スットントン♪


 すると、さっき2人が撒いた物からニョキニョキと芽が出てあっという間に家を取り囲んだ。シュルシュルとツルが伸びる。と、又三の太鼓に合わせてジャイリン子が、大きな蓮の葉を自分の上に掲げて、その家の周りをリズム良く練り歩く。


トントコトン♪スットントン♪

トントコトン♪スットントン♪


 まるで、アノ映画の1シーンのようだ。たくさん伸びたツルは、家中のゴミを掻き分け、潰し、まとめ、場所を開けるとシュルシュルといって自分たちで絡み合い、家の周りをぐるっと取り囲む小さなトンネルになった。人1人がやっと通れるくらいの長いトンネルだ。


トントコトン♪トントコトン♪

ドンドンドコドン♪トントコトン♪


リズムが変わると今度は、家の前ではなみずきが舞いだした。


 今度は、家の中から沢山の猫達がワラワラと出てきた。100匹は居るだろうか。猫達は導いている訳ではないのに、ワラワラワラワラと自分たちからトンネルに入っていく。トンネルはすぐに猫でいっぱいになった。全員の猫が家から出切ったのを確認すると、最後に又三は


ドンドン!!

と大きく鳴らし、フィニッシュポーズを決めた。


すると、はなみずきが大きな箱から大きなマッチを1本だし、シュッと火をつけ無駄に華麗な動きで家中に放り投げる。


 すごく綺麗な透けた紫色の炎だ。家はすぐに炎で包まれた。あっという間にゴミを燃やしていく。家の猫達が何故か一斉に家を出て行ってしまったのに気付き、家主が慌てて正面玄関から出てきた。

 だいぶ年老いた薄汚れた老婆に見える。老婆が家を出た途端、家に炎が一気に燃え広がった。紫だった炎が赤く燃え広がり、家とゴミをどんどこ燃やしていく。家主が振り返ると古い木造の家があっと言う間に崩れ落ちていく。火事の噂を聞き、野次馬が火事場に集まってきた。家主は地面にへたり込み、自分の家が燃え落ちていく様をただ見ているしかできなかった。



ニュースの中継の声が聞こえる。

昨夜、〇〇町の5丁目の稲山智恵さんの御宅で不審火があり、住宅一棟が全焼しました。

怪我人は居ませんでした。

警察は不審な人物が……、

尚、この住宅では約100匹ほどのの猫が発見されており、多頭飼飼育が行われていなかったかの確認が……、


そのテレビの様子を、とある見なりの良い1人の男性が見ていました。

男性は少し驚いた様子でテレビのニュースを見ていた。

そして、近くにいた側近のような人間に何か指示を出している様でした。



数日後。


 1人入院している老婆の病室のドアがノックされた。来客は手に優しい色合いの持ちやすい大きさの花束を抱えている。その老婆ほどではないが、来客もだいぶ歳を召している感じだが、老婆と違い身なりはとても良い。杖をついている。

 部屋の患者は、猫達を多頭飼い飼育していた老婆だった。彼女は、あれから家が全て燃え、猫も居場所も何もかも失ったショックで入院していたらしく、まるで抜け殻のようにそこに居た。老婆は少しよだれを垂らしながらボーッとしており、来客に気付く様子が無いようだった。

 入ってきた客は、自分と老婆の目線が同じになるように座り、彼女の手を握り、何か話しかけた。すると老婆は、ゆっくりとその顔を見て何かに気付いた様子だ。驚いたような表情になり目には涙が溢れていました。

 2人は嬉しそうに抱き合い、しばらくお互いの背中をトントンとしては頷いて、泣いておりました。


さて、多頭飼されていた猫達は、ボランティアの団体に保護され、それぞれに里親を探してもらう為に猫を愛する人間の元に全国に散らばっていった。

 家の燃えた後には、ゴミの残骸の他に、猫の死骸と思われる骨が多数発見され、中には生まれたばかりの子猫の骨も少なく無かったそうだ。

家主の老婆は、体調的に責任能力が不十分だったと判断されたが、今回沢山の猫達がその存在に気付かれず、犠牲になった事は事実だった。

 老婆の身内だという彼女の身柄を引き取った大手会社の会長が、保護された猫達を引き取ったボランティア団体などに多額の寄付をすることと、今後も猫たちへの支援を継続していくとする事を発表した。

 亡くなった猫達の骨は、その会社の会長達が手厚く葬ったらしい。多頭飼育が行われていたその家が燃えた土地は、しばらくすると真っ新な更地になり、何事も無かったかのようにまたしばらくすると、何かを建て始めたようだった。


さて、又三は燕珈琲にいた。

 大好きな燕ブレンドを飲みながら、プリンちゃんと頭コッツンしてじゃれておりました。萩原さんは新聞を読み、多頭飼飼育のその後の記事を読んでいる。カウンターにいるもう1人のお店の客が大きな声でマスターに話している。


「マスターあの事件知ってます?驚いたよなぁ。あそこのゴミ屋敷の婆さんがあの大手会社の会長の恩人だったなんて!あの婆さん、昔はすごく気さくで世話焼きで優しくて、あの人に感謝している人が沢山居たんだってさ。それでもみんな引越しやらでいなくなっちゃって、婆さんだけがこの町内に残ってしまってた訳だ。今回のあの火事騒ぎで、あの婆さんの現在の現状をニュースで見て、昔あの人に世話になったって人間がドンドン増えていて、ボランティア団体に寄付や里親の申し出が相次いでいるんだってよ。いや、人生って何が起きるかわからないもんだね!俺もこれからちゃんと周りに優しくしようっと。なー♡プリーンちゃーん♡」


と、その客は、お互いの鼻先でツンツンして遊んでいる又三とプリンの間に入ってプリンちゃんにいきなり頬擦りを始めた。

せっかく又三と遊んでいたのを邪魔されたプリンは怒って、その客の顔面を強めの猫パンチ!猫パンチ!猫パンチ!


「なんだよー今日のお嬢はご機嫌ななめだなーま、そこが可愛いんだけどー。」


と、全然めげない様子。むしろ、プリンの態度にも喜んでいる。立派な猫の下僕だ。プリンの猫パンチなぞこのおっさんにはご褒美にすぎない。プリンはうんざりした様子で大きなため息をつき、そのお客さんに尻を向けて寝てしまった。


「って、なんでマスターここにコーヒー置いてるのさ!邪魔じゃない?」


普通の人間には又三は見えないので誰もいない場所に珈琲だけ置いている様に見えても仕方ない。又三の姿は見えないし、触れないし、話せないのだ。

マスターはその様子をチラッとみて、笑った顔を新聞で隠すフリをした。

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