第9話 レモンは淡い恋の味
まだ薄暗い時間帯の田舎道を一台の車が走る。赤の……コルベットだろうか。2匹の猫又が乗っている。
「ユミさぁーん。今日もあのお店に行くんすか?」
運転席に居る変なサングラスした猫又が話しかける。
「いけない?」
色っぽい美人の女の子猫又が冷たく言い放つ。冷たく言われても気にする様子もなく、サングラスはチャラくペラペラ喋る。
「いけなくないっすけど、あの猫又は難しいと思いますよ。前の奥さんの為に猫又になったって噂ですからね。200年くらい奥さんの転生の猫を探すってヤバイっすよね。俺、絶対りーむー。ユミさんも、そんな不毛な恋するより僕にしておいた方が……って、ひぃ!」
地獄の不動明王な目つきでサングラスを黙って睨みつける女の子の猫又。
しれっと顔を元に戻すと窓枠に頬杖をつき、
「そんなことわかってるわよ……」
蚊の鳴く様な声で呟いた。
「え?なんすか?」
馬鹿みたいに聞き返すサングラス。
「何でもないわよ!さっさと運転しなさい!引っ掻くわよ!」
シャキン!と爪を出し、またしても鬼の様な形相で運転する猫又に言い放つ。
「ひぃ!失礼しましたぁ!」
車は、田んぼ道をひたすら走っていった。
今日はすごく綺麗な朝焼け。又三はウーンと背伸びを2回すると日の出に手を合わせる。そしていつものルーティンで太極拳をしていると、近所のおばあちゃんに話しかけられた。朝にたまに会うおばあちゃんだ。
「今日も早起きだねぇ」
「こんな気持ちの良い日は起きるに限りますからね」
慣れた流れで動きながら又三が応える。おばあちゃんは微笑みながら歩いて行った。
人間のお年寄りの中には又三の姿が見える人も少なくない。そして、おばあちゃんといっても、又三よりは歳下だ。とりあえず、相手が見た感じ明らかに子供だと思う以外は、又三は必ず敬語を使うようだった。
猫又は肉体の歳を取るのが遅い。222歳の又三でもまだまだ見た目や肉体は若い。あのおばあちゃんからも見れば、又三はきっと若い者なのだろう。というより、又三の存在をあのおばあちゃんはどう思っているのかは不明だが、年の功で多少は異形の者だと分かっているのかもしれない。
朝の支度を整え、朝ご飯を食べる。今日は白飯に納豆、鯵の干物、大根の味噌汁、海苔とゴマと小松菜の和物。
「今日も美味しかった!ごちそうさまでした」
手を合わせ、片付け、歯を磨きお店を開く。
看板をかけるとお店の前でブォンブォーンとエンジン音がした。
常連客の『ユミリンゴベンジー』という猫又だった。
彼女は猫又界の有名な売れっ子ミュージシャン。いつも日替わりで決まったアッシー猫又を連れていて、車はだいたいオープンカーだ。
「ハーイ、コバーン♡」
『コバーン』とは、ユミリンゴの中で、又三の愛称らしい。ユミリンゴは又三の事を何故かこう呼ぶ。
「おはようございます。今日はいらっしゃる時間が早いですね」
「朝まで近くのライブハウスでやってたから」
「えー?ここまで来るのに高速で2時間かか……ひぃ!」
今日のアッシーだろうか。運転席のサングラスをした猫又が口を挟む。と、ユミリンゴが目で殺す勢いでキッと睨み、アッシーは慌てて口を抑えた。又三は心の中で、今日のアッシーは変なサングラスの奴か、と、思っていた。
「ふん、なかなかコバーンがあたしのライブに来ないから催促しにきてやったのよ」
「すみません、行きたいのは山々なのですが、最近仕事が多くなってなかなか行けなくて。でも今度、僕主催で音楽フェスを開催するので、その時に是非ご出演してくださると嬉しいです」
「え!?あなたが開催するの!?」
「はい、最近お店の商売も順調で、最近大きな収入もあったもので、ここらで音楽の大きなお祭りでもしようかと思い、準備しております」
「早くいいなさいよ!あたしより先に他のアーティストに声かけてないでしょうね!!」
「まだ誰も声かけてないですよ」
「やった!あたし一番乗りじゃない!ていうか、あたしのこと待っててくれてたのね。やっぱりコバーンもあたしのこと……♡」
「はい、今日から色んな方にお声かけようと思っていたんで、ユミリンゴ様がちょうどいらしてくださって話せたので良かったです」
又三が嬉しそうににっこりして答えた。
「え、オイちょっと待て。それって、たまたまあたしが今日来たから話したって事?」
「まあ、タイミングとしてそうですね」
「なんか、急にイラッとしてきたわ……やっぱりあたしフェス出るのやめた!」
「え!?なんで!?」
「なんでも!!ずえっっっったいでない!!」
ユミリンゴは完全に拗ねているが、又三には意味がわからない。さっきまでノリノリだったのに……。
いつもこうだ。又三が何気なく言った一言で、ご機嫌を損ねてしまう。まあ、オンナゴコロに全く鈍感な又三もいけないのだが……。
又三は、お店の中でお客の2人にレモンを絞った炭酸水を出す。グラスには氷が浮いている。今日は少し暑いのでとても美味しく感じる飲み物だ。お茶請けは又三手作りの生ハムとクリームチーズにイチゴを入れたカナッペ。サクサクと良い音を出してカナッペを食べ、グイッとグラスを煽ったサングラスが叫ぶ。
「あー!おいしぃ!さすが又三さんの手作りは何でも旨いっすね!何すか?これ?イチゴ?チーズに合うんすね!」
「あんたうるさい」
「はぃ……」
こんな会話が2人の普通の会話なのだろう。コントの様だ。又三も見慣れているのか全く動じず、フォローも入れず、要件を話し出す。
「えー……。とりあえず……。まあ、ユミリンゴさんが出演嫌なら仕方ないですね。無理強いは出来ませんから」
その言葉に間髪いれず
「って、もう諦めんのかい!」
ユミリンゴが更に怒り突っ込む。
「え?じゃあ出てくれるんですか?」
「う、で、出ないわよ!」
「うう……でも、僕はユミリンゴさんに是非出て欲しいので、気が向いたらいつでも連絡お待ちしてますね。ユミリンゴさんのステージもすごく見たいし……」
又三が困った顔で両手の肉球同士をポチポチし、本当に残念そうに言うと、ユミリンゴは今の言葉が嬉しかったのか、そんな又三を見つつ少し頬を染めた。
眉間にシワを寄せ、又三を横目でチラ見しながら、カナッペをじゃがり○のCMの様のようにサクサク食べ、グイッとグラスを一気にあける。そして、口を尖らせ言った。
「そ、そんなに言うなら出てあげてもいいわよ。仕方ないわね」
「ほんとうですか?」
又三の顔がパァと明るくなる。
「よかったぁ!ありがとうございます!じゃあ、詳細についてはまたご相談させてください」
又三の心にはいつも下心など全くない。それをユミリンゴはよく知っている。ユミリンゴの周りは、ミュージシャンとして成功したユミリンゴに群がる猫又や妖怪は沢山いるが、又三はそんなの全く気にしていなく、純粋にユミリンゴの音楽を褒め、頼まれれば優れた機材を不備もなく用意したり、ただ、そこにいるだけだ。初めて会った時も、又三は目の前にユミリンゴ本人が居るものだと気付かず、かかっていた彼女の音楽をすごく褒めていた。
本人同士紹介された後も、又三がユミリンゴに対する態度は出会う前と全く変わらなかった。
だからこそ好きになった。
でも、逆にだからこそ、ユミリンゴという女の子個人に対して、又三は全然興味が無く色香にも動じず手応えが全くない。そんな奴は初めてだった。そんな鈍感すぎる又三に対して気持ちが少し物足りないというのはあるようだ。
正直、今回も又三の態度と思惑に対して府には落ちないが、又三が純粋に嬉しそうにしているので、ユミリンゴも長くふて腐れてもいられない。
ユミリンゴの頬が更に染まる。でも、
「ふ、ふん!あたしのステージは1番目立つ様にしてよね!あと、今度こそちゃんと観に来ないとぶっ飛ばすわよ!」
「もちろんです」
少々荒っぽい会話だが、これがこの2人のいつものルーティン。
実は、又三もユミリンゴのライブは何度か招待されて行っている。ステージの機材も又三がほとんど手掛けている。ユミリンゴが何が欲しがるのかどんな機材が欲しいのかよく知っている。しかし、だからこそ又三もこれでいて最近は裏方の人気者。妖怪からも神様からも引っ張りダコ。最近は、神様からの拉致もあったほど。他のアーティストからの誘いもあり、ユミリンゴからのステージの誘いがあってもなかなか観に行けない。
なので彼女も色々面白くないのだ。
「ふん。今日はこのくらいで勘弁してあげるわよ。
さ、いつもの5本もらってくわ」
「かしこまりました」
又三はにっこりしてそう応えると、新品のコードレスマイク5本持って大きい紙袋に入れてきた。
紙袋をユミリンゴに手渡す。
「100万円です」
「はい、じゃこれ」
札束が手渡される。
「ありがとうございます、じゃまたこちらからご連絡しますね」
「よろしくね。連絡他の奴より遅かったら承知しないわよ」
「かしこまりました」
「さ、ってあんた!いつまで食べてんのよ!」
「ふぐっ、ひゃい!」
残っているカナッペを頬張るサングラスの猫又を叱りつけると、ユミリンゴはお店を出て
「出して」
と、サングラスの猫又に言い、挨拶もせずその場を去っていった。走り去るユミリンゴの横顔は少し微笑んでいる様だった。でも、又三はそれには気付かない。いつものように普通にお店に戻っていった。
現在午前11時
現在の売り上げ100万円也
その夜遅くまで、パソコンに向かっている又三がいた。各本面からメールが来ていた。
アーティスト、スポンサー、海外のアーティストからのも来ているようだ。
「マタゾーがヤルフェスティバルはぜったいぜたいデルカラネ!!タノシミダゼィ!!」
「マタゾげんきか?オレハゲんきよ。マタゾノfestival楽しみにしてるヨ!ふーじやーま!!」
又三は微笑んでよく冷えたレモンサワーを飲みながら、メールを読みポチッと返信した。
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