第8話 屑達のララバイ

「うふっ素晴らしい眺めでしょ?マタゾーちゃん♡」

「はぁ」


 又三は今日、珍しく外出している。虹色の雲に乗って。縄でぐるぐるまきにされ、まるで拉致されてきたかのような出立(いでたち)になっている。

 ワガママバディな伎芸天ぎげいてんこと、デラックス様に連れられて今、どこかへ向かっているようだ。


「じ・ご・く♡もうすぐ着くからねー。そろそろ暑くなってくるから心の準備だけしてね」

「僕、この社会見学体験、先日お断りしましたよね」

「えー?聞こえなーい。あ、見えてきたわよぉ」


 下を見ると、地面は赤黒い炎で染まり、ほとんど底が見えない。雲はビューンと下に降り、大きなガタイの人のところに降りた。

 それはよく見ると人ではなく、恐れ多くもお不動様ふどうさまこと、不動明王ふどうみょうおうだった。お不動様は、くすぶっている地面に座していて鋭い目付きでこちらをギロリとご覧になられた。


「ヤッホーお不動ちゃん!」

「伎芸天か、待っていたぞ」

「この子よ!話していた猫又の又三ちゃん」

 伎芸天は片手で抱えている又三を見せた。

「どうも、又三です」


 又三はぐるぐる巻で抱えられたまま顔を上げ、ペコリと挨拶した。


「ふっ。相変わらずだな伎芸天。また無理矢理連れてきたのだろう。」

「仕方ないじゃない。みんな地獄に来たがらないんだもの。でも、この社会科見学は神様契約の妖怪には必要事項だからさ、私も真面目に連れてきてるのよ!じゃあ夕方には迎えにくるから!宜しくね!」


 デラックス様は、又三をお不動様のてのひらに乗せると、もっちりした手をひらひらとさせ、虹色の雲に乗り、さっさと行ってしまった。お不動様は、黙って又三の縄をとがった爪でプツンと解いた。バラっと縄が解け、燻った地面に落ちすぐに燃え尽きた。


「お主、妖怪は何年目だ?」

 お不動様が又三に聞いた。

「222年です」

「なら良い頃合いだな、乗れ」


 そう言うと、お不動様は又三を頭のハスの花に乗せて歩き出した。地獄の地面は地獄専用の炎で燃えており、気をつけないとあっという間に妖怪を燃やしてしまう。ここを素足で歩けるのは、お不動様や地獄の鬼たちと、地獄に落ちた者だけ。歩けると言っても、お不動様や鬼以外は熱くてたまらない灼熱の炎。地獄に落ちた者は皆、この環境で過ごさねばならないらしい。

 お不動様が話し出した。


「知っていると思うが、ここには連日、罪人が送られてくる。お前には、その罪人の中でも輪廻転生りんねてんしょうすれば改心して天へ登れるような奴を見極めて欲しい」

 

 地獄ではここのところ、鬼の働き手が足りない。鬼といえど、地獄の仕事は厳しいものなのだ。

反対に、罪人の数は増えてきているらしい。鬼たちも残業が増え、地獄も働き方を変えていく必要があるのだ。そこで地獄の鬼を救うべく、新しい地獄プロジェクトとして、


「きっかけを与えたら成長して天国に登れる奴を探せ!」

が、発動したのだった。


 ただし、見極めが難しい。自分の罪の重さを知るために地獄に落ちたのに、成長の兆しも見えないやつをホイホイ転生させるわけにもいかない。転生した先でまた罪を働くからだ。罪を重ねれば、被害も増えるし、罪人を更に増やしかねない。そして、再び地獄から出られなくなる。

 そんな無駄を避けるべく、更生出来そうな奴を見極められる妖怪を育て、罪人を減らそうと、この社会科見学が発起したのだった。そして今回、又三に見極め監査役かんさやくとして、白羽の矢が立ったという訳だ。


「ちなみに、どんな人を探せば良いのでしょう?」

又三が質問すると

「お前が、こいつならイケると思えばそれで良い」

又三が人差し肉球を用意するとお不動様が言った。

「どれにしようかな♪は、ダメだぞ。神は誰も聞いてないし、神がお前にお願いして居るのだからなからな」

又三は黙って手を引っ込めた。


 しばらく2人で地獄中を何時間もウロウロしたが、どのくらい経っただろうか。良さそうな奴がなかなか見つからない。さすがは地獄に送られてくるだけあって、レベルの高いくずばかりだった。針の山を登っている自分の後ろのやつの頭にうん◯したりする者。自分も入ってて熱いのに、灼熱の炎の中で焼き芋をしようとする者。その芋を鬼に投げつける者。血の池地獄で輸血して元気になろうとする者。地獄に来ているのに、反省している奴がまず居ない。


「昔はここまで酷くなかった」


 お不動様もため息をつき、眉間を抑えている。さすがの人間好きな又三も、あまりに酷い罪人たちの悪意と、地獄の暑さで少し酔ってきた。

 すると、少し行った先で1人の罪人が、しゃがみ込んでいた。又三はお不動様に降ろしてもらい、掌に乗ったままその者の話を聞いた。


 その人間は、瀧ノ介と自分でいった。本当の本名は忘れたらしい。此奴こやつ、何故だか少し臭いので鼻をつまみながら又三は話を聞いた。


 瀧ノ介は以前、生きている時に悪いことばかりし、最後は人生が嫌になり自害した。生前、一回だけカメムシを助けた事があった。それをきっかけに、お釈迦様がカメムシの屁で雲を作り、瀧ノ介を救いだそうと下ろしてくれた。雲には他の助かりたい罪人が群がり、瀧ノ介は雲が無くなってしまう事を恐れ、罪人達を蹴落とした。その瞬間、雲は臭いだけ残し消えた。


「あの時、おれが自分の事だけを考えなければ雲は消えなかった。もう一度チャンスがあったら……」


 瀧ノ介は泣きながらお不動様と又三に話すのだった。又三は黙って鼻をつまみながらメモをし、そこを後にした。


 更にしばらく行くと、太った罪人がいた。その罪人は智といった。


 生前、智は鬱病だった。でも病気と言えば周りが優しくしてくれることをいいことに自身で治そうとせず、更には薬の快楽が大好きになり、妻と生まれたばかりの我が子を顧みず、最後は薬に溺れ、寝ている間に心臓が止まり命を落とした。生きている時、痩せないと無呼吸になるから、と心配してくれていた奥さんを余所に、体重は100キロを超えていたにも関わらず80キロだと嘘をつき、ダイエットも怠けていた。


「勝手ばかりをしていつの間にか死に、妻や息子がその後どうなったのかさえ知らずに今に至る。死んでからが本当の地獄で本当に苦しい。生きている時に身体を大切にして生きるための努力をし、家族を大切にするべきだった」


と嘆いていた。

 又三はこれも黙ってメモをした。


 その後も、いい歳したおっさん3人が言い争いながら殴り合いの喧嘩をしていた。


 3人兄弟で、ヒロ、ヨシ、タカといった。

 生前は、浅草川の三兄弟と呼ばれていて、この3人の悪行を地元で知らない者は居なかった。


 ヒロはヤクザで人斬り、恐喝、詐欺の常習犯。

 ヨシは一応カタギだったが、長年の浮気と借金の末、奥さんに全てがバレ合わせる顔がなく、謝る事も出来ず、離婚を切り出されるのが嫌でそのまま逃げ自害した。

 タカは三兄弟の中でも1番のくずで、『どこに出しても恥ずかしい奴』だと有名だった。

 方々から金を借り、踏み倒し、何処でも嘘をつき、最後には何が嘘なのか本人にもわからないほど。父親の金を騙してぶんどり、身ぐるみ剥ぎとり、自分の家族には贅沢をさせ、周囲にバレないように父を放置し、結局は捨て殺していたようなものだった。聞けば聞くほど、3人は兄弟でそれぞれ酷い罪人だった。


 それでも、ヒロは自分ががんで親よりも先に死ぬことになり、命の最期に頼んでも会ってくれなかったほど親を悲しませた人間になっていた事を悔い、ヨシは家族を残して勝手に死に、沢山の人を悲しませた事を悔いていた。

 問題はタカで、本当に最低だった。自分のやった罪を、あいつがやったんだ、こいつが嘘ついているだ、しまいには全部忘れたと言う。俺は何もやっていないのに地獄に落とされただの、反省のハの字も無い。人のせいにした後に忘れたと言っている時点で、嘘は認めている様なものだ。頭も悪いので、嘘の爪も甘い。証拠の映像を本人に何度も見せたが、これは俺じゃない、他人だ、冤罪だ、と言い張る始末。そんな事よりも、自分は少し英語を話せるんだと更によくわからない嘘をつき始め、しつこいので仕方が無く、又三が懐からペンを出し英語で聞いてみた。


What is this?(これは何ですか?)

と聞くと、笑顔で

「いえす、あいあむ」(それはわたしです)

と答え、手を出してきた。


タカの動作から見るに、きっと会話の意味が全て分かっていない。


 又三が、ちらりと後ろを見ると、お不動様も無言で頭を抱えている。

 又三はそれも全てメモをし、話した後もずっと喧嘩をやめない3人を残し、後にした。


 妖怪なのに具合が悪くなってきた又三。そろそろ終わりにしようと思っていた時、1人の罪人と会った。老婆だった。いや、老婆のように見えたが失礼、違った。若い女性だった。さた子といった。


 さた子はDVDの中にすみ、それを見た沢山の人を恐怖の淵に落とし、呪い殺したらしい。見かねたお不動様が、髪の毛を引っ張りDVDが入ったデッキごと地獄へ突き落としたのだった。さた子は気づいた時には次々と人々を呪い殺していたと話した。顔が髪で見えないので、反省しているのか何とも言えない。


 彼女に、生き返れたら何がしたいか?と又三は聞いた。優しい彼氏をつくって一緒にアイスが食べたい、と、さた子は言った。又三はメモをし、後にした。


 今回の実験サンプルはこの6名に決定し、又三は現世に帰った。

お不動様は、最後まで三兄弟のタカも入れてしまうのか?と心配していたが、又三はこれで決定していたようだった。


さて、輪廻転生りんねてんしょうの仕方だが、又三が提案した今までにないやり方で今回の企画は通ったようだ。


 後日、デラックス様こと、伎芸天がその後の報告書を持って猫又亭に遊びにきた。

店の前は、またいつものごとく沢山の溶かされたであろう妖怪達のドロドロがデロリンとしている。

それを、カラスが突いている。


 デラックス様は温燗ぬるかんをおちょこではなく、お茶碗で呑んでいた。おちょこでは間に合わないのだ。

 ダイナマイトバディな酒豪の為か、杯をお茶碗にしてもペースが早い。見ていると酒が水の様だ。呑みながら報告書を読み、今回の結果を話してくれた。


「あの6人、又三ちゃんの提案通り、ちゃんと猫として転生したわよ。最初に提案を聞いた時、びっくりしたわよぉ。罪深い人間を可愛い猫に転生させるってあんまり聞かないからね」


 罪人が転生する時は、人間にする以外だと大体が嫌われる方面の虫で転生するのがポピュラーらしい。Gとか蚊とかダニとか、良くてなめくじ。私、麻太はここに書くだけでも嫌になるのばかりだ。デラックス様は続ける。


「ただね、あの子たちやっぱ、染み付いたものをもってるわねぇ。全員兄弟として子猫に転生したまでは良かったんだけど、母ネコがさ、人間の家の下にまさかの産み逃げしちゃったのよ!私も聞いた時びっくりしちゃったわ〜。悪い事って、本当するもんじゃ無いわねぇ。産み逃げだから、全然母ネコの抗体がもらえてないの。拾った人間が懸命に看病したんだけど結局、全員がもたなかったのよ。」


なんと、子猫に転生した全員が些細なウィルスに耐えられずに死んでしまっていたのだった。

しかも、1週間以内に。あまり例を見ない案件から、悪事を重ねた人間の業の深さが伺える。

 デラックス様は続けた。


「でも、ちょっと気になって調べたらさ、その母猫、あの浅草川三兄弟の母親の生まれ変わりだったのよ!!あれもだいぶクズだったから、本来ならば蚊での転生の予定だったのだけど、手違いがあって、どさくさに紛れて猫で転生してたらしいのよね。ほんっとに……あの3人が出来た訳よねぇ。もう一回地獄にきたらあの女、叩き直さないとダメね」


 デラックス様が眉間にシワを寄せながら枝豆を口に入れ、話す。


「でもね、この話まだ続きがあって、それでも、生まれたばかりで死んじゃった子猫って、お空の生まれる猫専用の船に戻るのよ。要は産まれる最初に還るのよね。死の世界は経由しないで、また新しい生命として生まれることができるの。で、あの子たちさ、看病してくれてた人がすごく良い人だったのよ。みんな、本気で感謝してたのよね。1週間しか居なかったのに。その人の事を、かあちゃん、かあちゃん、て言っていたわ。あのサイッテーなタカまでが、泣きながらよ。いやぁ知ってはいたけど、愛の力って計り知れないわねぇ。だから、あの子たち、次はちゃんとしたところに生まれる事が出来るはずよ」


 前の人生の心の状態は、次に生まれる場所に影響する。自分の心が出来事を呼ぶからだ。


 デラックス様はにぃと笑うと、


「て、ことだから、とりあえずは今回は成功かはまだわからないけだ、初めての査定にしちゃあ、良い方向に行ったことは確かよ!やったじゃない!マタゾー♡」


満足そうに言うと、読んでいた書類を又三の手にバシンと手渡した。又三の手がジンジンする。


「さ、これであんたも一人前の契約査定官よ!また仕事でよぶから宜しくね!!」

「はぁ…」


 又三は気のない返事をして、手渡された報告書を眺めた。


 あの6人も、最初からなりたくて罪人になった訳ではない。悪人になるには原因がある。今回、母ネコに産み逃げされたのは残念だったが、少なくとも、1週間必死に看病してくれた人の情を感じ、死ねたことは彼らにとっても素晴らしい経験となったのだ。又三は一人一人の自分が書いたメモを思い返していた。


「ま、大変だったけど……今回はとりあえずよし!か」


 又三は呟き、次回こそはあの6にゃんが幸せな家に暮らせる!とでも想像したのだろうか。

 少し微笑んで酒を呑んだ。

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