第4話 『脆く崩れる常』
四.
闇の中いた。暗い、暗い、闇の底。
光は息をひそめ、床のきしむ音だけが響く。
ここはどこなんだ?
目の前に階段があった。
それはどこまでも続いているようにさえ見える。
いや、それは錯覚だ。
だって、あそこに待っている。踊り場にはアレが、
また夢だったらしい。
今回は気付かなかったな。
なんなんだろうか。
あいまいすぎてよくわからなかった。
ちなみにぼくはほぼ毎日夢を見る。
そのため意味がわからないからと言って一日悩んだりすることはない。
最初の頃は夢占いとか見て意味を探ったりしていたのだがあんまり意味がないことに気付いた。
結局夢は夢なのだ。
そんなことばかり考えてて遅れても仕方がない。
起きて朝食と弁当を用意しよう。
頭を切り替えて立ち上がった。
結局電車はまだ今日も調査中で動かないとのこと。
鉄道会社も対応に追われているようでバスは不定期で運行しているようだったが電車と違って道路を通る交通機関だし臨時でいきなりバスをたくさん出せるほど確保はできないようであまり当てにできそうもなかった。
バスを経由して駅へ着くとまだ人がごった返していた。
駅舎はたくさんの人で改札口が見えないほど。
電光掲示板を見ると全線運転見合わせでご迷惑を、とかそんな感じだった。
しかしなんだ、昨日の午後と同じくらい人が集まっているわけだがあんなに集まって何をしているんだ?
急ぎだったら他の交通機関だってあるだろうに。
この状況ではぼくなら諦めると思う。
その時ふと駅コンビニのテレビから流れる映像が目に飛び込んできた。
『犠牲者一三四名、未曾有の大事故!?何故こんな事故が起きた?』
なんだそれ?
大きく銘打たれた文字に目を引かれて見てみると、それはこの路線で昨日起きたという事故についてだった。
待てよ、犠牲者一三四名?
なんの冗談だよ。
人が死んだ?
そりゃそうだよ。
ラッシュ時だし、電車だから、ないわけがなかったんだ。
よく考えても見ろよ。
電車の横転だぞ?
どれだけの大惨事だよ?
昨日は浮かれすぎてて気付かなかった。
何が最高の一日だよ。
もしかしたら昨日は最悪の日だったかもしれないのに!
少しでも時間が違えば、場所が違えば、電車が違えば、ぼくやハル、アヤが犠牲になっていた可能性だってあったのだ。
そりゃ駅に問い合わせが殺到するわけだ。
当然じゃないか。
自分の家族が死んでしまう可能性があった人だって、死んでしまった人だっているわけだ。
これだけ人が集まってひしめき合ってしまうのも当然だった。
ぼくはなんてのんきだったんだ。
諦められるわけがない。
だって、命がかかっているのだ!
そうか、アヤの予感はそれだったのか。
確かに電車で何かが起きる。
気を付けても仕方のないレベルの出来事ではあるけれど。
これだけの事件。
アヤの予感は本当にバカにできない。
ハルの方に送ったということは起きる場所とかまでほとんどわかっていたのかもしれない。
勘だしあいまいなのかもしれないが。
小さい人間だとは思うけれど。
やっぱり、知り合いが無事でいてくれただけで、安心してしまう。
これだけたくさんの人が死んでしまったというのに不謹慎だとは思うが。
彼らの冥福を祈っておく。
そして、願わくばこの事故が早く原因究明されて二度と起こらないようになることを。
教室に着くとアヤがすでに来ていた。
また眠っていない。
ハルはまた遅れているようだった。
「おはよう、アヤ。ハルはまだか?」
「おぁにー。きーたんはまだ」
「あっちも結構距離あるし大変なんだろうな」
アヤに少し聞いてみようと思ったがやはりいきなりは切り出せない。
「はっきりと見えるわけじゃないにー」
「え?」
「こーが聞きたいの、そのことじゃないにー?」
「幼なじみ様は偉大だな。その通りだ」
「事象が時間付きであいまいに映像や文字で浮かぶだけにー」
「千里眼とか先見の力みたいなもんか?」
「そんなに便利じゃないにー。勝手になんとなく浮かぶだけ」
「そうか。じゃあ昨日の事故についてお前は何を見た?」
「衝突、横、一三二、二。大体の位置が地図で。たぶんそのうちニュースで流れるにー」
「衝突に横?なんのことだ?一三二と二?合計すると一三四になるが。あー、確か一三四名の犠牲者とか言ってたな」
「だから、細かくはわからないに。それがきーたんのいつも乗ってるくらいの時間に起きるってわかったからに」
「それで、あのメールか」
詳しく聞いたのは初めてだった。
予感があったとしてもそもそもアヤはあまり人と話すのが得意ではないし、断片的な単語だけしか聞いてなかったので最初何かわからないことが多かったのだ。
しかし、大事件が起きる前にたまにその犠牲者数などを言い当てていたことに気付いて、アヤの勘ってやつをぼくやランは結構評価していた。
原理はいまいちわからない。
しかし、やはりその力は本物なのではないかと思える。
今回のことでまた現実味が増してきていた。
何せ身近すぎる場所で起きたのだ。
今までは遠くのことでしかなかった大事件。
この情報社会で一三四名もの犠牲者を出す大事故なんて大問題になる。
大手鉄道会社だと言うのにそれを防げなかった。
それだけでかなり叩かれてしまうだろう。
なんにしろ原因が早くわかることを祈った。
これほどまでに騒がれている事件だ。
きちんと答えが見つかるまで調べなければならないに決まってる。
「まぁ、ぼくらにできることは何もないな」
「眠いにー」
「ならなんで寝てなかったんだ?いつも寝てるじゃないか」
「こーが聞きたいことあると思って」
「ぼくのためか。ありがとな」
「んにー、こーならきっとなんとかしてくれる気がするから」
「何をだ?」
「んー、わかんないにー」
「なんだよそれ?」
「あ、おはよー、二人とも」
「あぁ、おはよ、ハル」
「おはよ、きーたん」
「なんか電車が遅れててさー」
「は?」
「ん?」
「電車が、遅れてる?」
止まってただろ、全線。
「え?そっちは遅れてなかった?なんか事故があったらしくてさー」
「いや、その話昨日もしたじゃないかよ。てか事故起きたの昨日だろ?お前から聞いたんじゃん」
「昨日?昨日は普通に動いてたけど?」
違和感がぬぐえない。
嫌な予感しかしない。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ?
メールが届いてない。
昨日のナツとの会話。
いつもハルが乗る時間。
乗る電車、は?
「おっはよーぅ、二人ともー」
「おぅ、おはよ、ナツ」
「おはよー」
「おぁにー」
「ハルはまた休みー?」
「は?」
「え?」
「んに?」
頭が真っ白になった。
二人、だって?
ハルは、また、休み?
何を言っているんだ?
「ハルは、ここにいるじゃないか」
「ナツは何を言ってるの?俺ここにいるじゃん」
「え?何言ってんの、コーヤ。まだハルは来てな――」
ガラガラッと教室の扉から先生が入ってくる。
顔色が悪い。
青ざめていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
待ってくれよ、そんな顔しないでくれよ。
嫌な予感がどんどん上塗りされていく。
信じたくない、そんなのおかしい。
ありえないだろ?
だって
「今日は皆さんにとても悲しいお知らせがあります」
ハルはここにいて
「昨日の電車事故のことは知っていますね?」
きょとんとぼくの方を見て
「あの電車にはこのクラスの」
首をかしげて笑っていて
「クラスメイトの一人が乗っていました」
どう見たってそれは
「木本 春樹くんはあの電車事故で、亡くなりました」
生きているようにしか見えなかった。
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