第6話

 どうにかこうにか神社についた。

 衣装は脱ぎ捨ててしまったのでもはや完全にただのクマであるが、神社は街の中心からは外れているので、人通りが少ないのが幸いした。


 長い石段を登り終えて、一息ついた。先日登った時より、だいぶ楽だ。クマの体になったからだろうか。


「ミーちゃん、ついたよ。次はどうすればいいかな? ミーちゃん?」


 携帯に話しかけるが、反応がない。

 スイッチや画面をいじるが、沈黙したまま。

 振ると、わずかに水の音。スピーカー部分から、茶色い汁が垂れてきた。、


「うげ!」


 臭い!

 さっきごみ山に飛び込んだときだ。生ごみの汁がかかったのだろう。


「どどどどど、どうしよ……」


 ミーちゃんにまた蹴られる……文字通り、股を蹴られる……いや、それはいいんだ。よくないけど、今はいい。

 ここでなにをどうすればいいのか。

 ミーちゃんのアドバイスがなければ、何をしていいかさっぱりわからない。

 寝てない小五郎みたいなもんだ。

 助けて!

 僕を麻酔銃で撃って小さい人!


「なにかお困りですか?」


「携帯が壊れちゃいまして! ミーちゃ、妹と連絡が取れないんです!」


「あら、それは困りましたね」


 白い手が僕の手に添えられる。

 剛毛の中を細い指がかき分けて、僕の素肌に触れてきた。


「え?」


 巫女服のポニーテールで思案顔。

 まじまじと、僕の持つ携帯を見つめている。

 白石さんだった。


「うう、ごめんなさい。わたし、機械は苦手で、力になれそうにありません。あ、でもお電話なら家にあるから、お貸ししましょうか?」


 朗らかに微笑んでる。

 あ、えくぼができてる。かわいい。


 ――って、そうじゃなくて。


 僕史上最接近した白石さんに危うく思考が吹っ飛びそうになったけど、必死につなぎとめる。

 なんでこの人、普通に、今の僕へ話しかけてきてるの?


「あ、あの、白石さん?」


「え? あ、あ!」


 顔を押さえて、真っ赤になる。


「ご、ごめんなさい! 森野くん、だよね? わたし、人の顔覚えるのが苦手で……知らない人っぽい話しかけ方しちゃったね」


 なんで僕がクマなのに話しかけてるのか、

 なんで僕がクマなのに僕だとわかるのか、

 そして僕がクマになったのをどうするか、


 ――んなこたぁ、彼女に名前覚えてくれてもらってたことにくらべたら、どうでもいいよね?


「ぜ、全然気にしてないよ! それよりまさか白石さんが覚えてくれてるなんて、いやぁ、光栄だなァ」


 とっさに「光栄だなァ」なんて昭和のドラマみたいなセリフ吐いちゃった。

 でもなぜだろう、クマになったせいかいつもよりうまく話せてる感じがするぞ。

 白石さんも恥ずかしそうにはにかむ。


「人の顔を覚えられないから、クラス名簿を毎晩見て覚えるようにしてるんだ。あんまりお話はできないんだけどね」


 なんて健気! 「毎晩クラス名簿見てる」なんて僕が言ったら女子から変態扱い確実だけど、白石さんなら努力家という印象になるからイメージって大事だよね。


 白石さんははっとする。


「あ、いけない! お客さんに立ち話なんかさせちゃって。どうぞ、座敷のほうに上がってください」


 そう言って、小走りに母屋のほうへ駆けていく。黒いロングのポニーテールが揺れるのが素敵。


 いいのかなぁ。

 いろんな疑問を吹っ飛ばしてるけど。

 クラス名簿って、当然、僕はクマの写真なんか載ってるわけないんだけど……。


 ふと、くるんと白石さんが振り返る。

 眉根を寄せて、うつむき加減にはにかんだ。


「粗相があったらごめんね。わたし、初めてなんだ。家に友達がくるの」


 いいよね別にクマでもなんでも!

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