第60話 真夜中の試合




その日の夜。


みんなが寝静まった頃、穂乃果の家の地下にある訓練室で立ち合い稽古をすることになった。

屋敷の稽古場は、ちびっ子アイドル達の合宿に使用されている。

穂乃果に良い場所はないかと尋ねたら、家に案内された。


「穂乃果の家の地下が訓練室になっているとはな」

「稽古場みたいに広くはないですが」

「2人だけだ。十分すぎる」


穂乃果の家はログハウス。木の香りが漂う柔らかい感じだが、その地下はコンクリートのタタキになっており重工なイメージを受ける。


「では、ルールの確認です。相手を殺さないこと、以上です」

「わかった」


「では!」「ああ」


試合形式の稽古が始まる。

実戦形式の為、礼はない。


掛け声と共に、穂乃果の姿が見えなくなった。

でも、全ての殺気を隠せていない。

穂乃果は天井からクナイを俺に向かって投げつけた。


俺はその場を退くと1本目のクナイは床のコンクリートに刺さり、2本目はコンクリートに弾かれていた。


二本投げは段々と威力が弱まるようだ。


しかし、気配を消すのが上手い。

投げる瞬間の殺気さえなければ、見破れないだろう。


距離をとって戦おうとするスタイルは、一撃必殺であり退路を確保することに重点を置いている。


でも、ここで一気に距離を詰めて近距離で戦おうとして相手の術中にハマるわけにはいかない。穂乃果は近接戦闘にも長けているはずだ。


俺は、穂乃果の行動を予測し数カ所にパチンコ玉を投げつける。

クナイを投げ終えた穂乃果は、そこのどこかに移動するはずだ。


む、側面か!


移動が思ってたより複雑だ。

予想を外した数個のパチンコ玉は床の上を跳ねている。


穂乃果は側面を蹴り、そして俺の背後に回った。

俺は身をその場を退くより早く身をよじる。

俺の首筋脇を小さな金属の塊が通り過ぎる。

吹き矢の針のようだ。


その場から退く退路を今度は穂乃果が先回りして手裏剣を投げる。

足の運びを正確に計算しての予測だ。

 

足の運びを読まれているなら、手で移動すればいい。

その場でバク転をして、位置をずらした。

手をついた床の数センチのところに手裏剣が打ち込まれている。


穂乃果の戦闘スタイルの一部を確認して、俺からも打って出ることのした。

まず、牽制のためのパチンコ玉を弾く。

気配を消すことに長けてる穂乃果でも、目視された以上逃げ場はないはずだ。


穂乃果は数発のパチンコ玉をさける。

俺は、その隙に距離を詰めた。


足蹴りを高所に放つ振りをして足払いに変える。

穂乃果はそれをジャンプしてかわすと仮定して、腕がくる位置に俺の手を伸ばした。


俺が掴んだものは空気だった。

確かに手を掴めたはず。それなのにその手はクナイを握り俺の首筋目掛けて攻撃を繰り出していた。


幻術なのか?


俺は、穂乃果の技術の高さに驚く。

本当であれば手をつかんだ俺は、穂乃果床に押しつけ手刀で後頭部を打つつもりだった。


それなら……


クナイの攻撃を躱さずに、もう片方の手でその手を掴む。

だが……


またか、間に合うか?


またしても幻術……


俺はそのまま、手を伸ばした反動を利用して横に飛ぶ。

穂乃果のクナイは俺の軸である右足それも太ももに掠っていった。


はは、これ凄いわ。


思わずから笑いが出てしまう。

だが、やられてばかりではつまらない。


横に避けた俺は穂乃果の側面を狙い蹴りを放つ。

穂乃果はその蹴りをバク転してかわして俺から距離を取るつもりだ。


俺は、パチンコ玉を穂乃果に向かって放つ。その間に床に転がっているパチンコ玉を弾いて穂乃果が着地する足下にその玉を誘導した。


正面からのパチンコ玉に気を取られていた穂乃果は、足下に転がった玉に気付かない。


彼女は、バク転からの着地に体制を崩した。


今だ!


すかさず、一気に距離をつめて穂乃果の側面に並ぶ。

後方に退いていた穂乃果は急には横移動がしづらいからだ。


穂乃果の胴体を鷲掴みにしてそのまま押し倒す。

手や足ならまた幻術を使われて空気を掴む羽目になりそうだからだ。


俺は仰向けに組み伏した穂乃果の首に手刀を突きつける。

穂乃果は静かに目を閉じて『参りました』と呟いた。





「樫藤流って凄いな」


「いいえ、私などはまだまだです」


組み伏せたままの体制で会話をしていた。

日本人形のような穂乃果の顔が紅をさしたように赤みがかっている。


この体制のままではマズいと思い俺は退こうとしたらいきなり穂乃果に抱きしめられた。


「おい、穂乃果?」

「な、なんでしょう?」

「穂乃果に抱きつかれて俺は嬉しいが」

「少しの間だけでございます」


そい言って穂乃果は後ろに回した自分の手を力を込めた。

その手は、俺の筋肉を漁っているようにも思える。


「私は思っておりました。自分より強い殿方が現れたらこの身を捧げると……」

「……返答に困るが、俺はいつ死ぬかわからぬ男だ。日本にもいつまでいられるかわからない」

「存じております。ただ、東藤殿の子種を所望します」


子種ってアレだよな……


「子種だけでいいのか?」

「はい、それ以上は何も望みません。その子に我が樫藤流を継いで欲しいだけです。はい」

「俺でいいのか?」

「東藤殿しか考えられません」


このままってわけにもいかないよな……


「わかった。じゃあ、一緒にシャワーを浴びるか?お互い汗をかいてるしな」

「そうですね。汗臭かったですよね」

「穂乃果の汗は良い匂いだぞ。俺は好きだけどな」

「あわわわ、シャ、シャワーを浴びましょう。こちらでございます」


穂乃果は慌てて俺から離れる。

そして導くように浴室に案内した。


「すみません、湯船の湯は落としたままでした」

「いいよ。シャワーだけで充分だ」

「では、失礼して……」


穂乃果は自分の訓練着を脱ぎ始めた。

そして下着姿となる。


俺は後ろを向いて自分も服を脱ぐ。

そのまま俺達は浴室でシャワーを浴びる。

お互いの身体を石鹸で泡だてて洗っていると、いきなりガチャっと浴室の扉が開いた。


「あ、お姉ちゃん、ここにいたんだああああああ……」


入ってきたのは花乃果だった。

稽古場でみんなが寝ている隙に家に来たらしい。


「「あ……」」


焦ったのは俺達も一緒だ。

絹のような穂乃果の身体を優しく洗っている最中だったから。


「さっき、穂乃果と立ち合い稽古してな。汗かいたからシャワーを借りたんだ。深い意味はない」


深い意味はあるけど………


「そ、そうです。深い意味はありませんです。はい」


穂乃果は、しどろもどろだ。


「それより、花乃果も入るか?」


なんでもない風を装ったのが不味かった。


「う、うん、入る……」


「「えっ……」」


驚いたのは俺と穂乃果だ。

花乃果は、その場でパジャマを脱ぎ出して真っ裸になった。

そして、浴室に入ってくる。


こうなった以上、穂乃果との件はお預けだ。

石鹸を泡だてて花乃果の身体を洗ってやる事にした。


姉妹2人とも絹のような白い肌だ。

活性化してる若い肌は、水を弾き艶やかな肌がさらに磨かれていく。


「花乃果、髪も洗うか?」

「お姉ちゃんはどうするの?」

「わ、私は汗をかいたので洗います」

「じゃあ私も洗う」


俺は2人の髪を洗い、そして俺の髪の毛は2人が洗ってくれた。





髪の毛を乾かした俺達は穂乃果の家のリビングで麦茶を飲む。

穂乃果と花乃果は向き合って座っていた。


「花乃果、私に何か話があったのではありませんか?」

「うん、お姉ちゃんとちゃんと話そうと思ってたけど、あんな事があったし、今はどうでも良くなっちゃったよ」


確かに俺と一緒にシャワーを浴びてる姿を見て驚き、自分も一緒に入るとは思っていなかっただろう。


「今、花乃果がやってることと関係があるのですね」

「うん、ちゃんと話して認めてもらおうと思ったんだ」

「意志は曲げぬと?」

「うん、歌も踊りも大好きなんだもん。止める理由を見つける方が難しいよ」

「…………わかりました。今は保留としておきます」

「えっ、それって?」

「今後の花乃果の行動を見て判断しようと思います」

「いいの?一時的にも認めてくれたんだよね?」

「そう言っています。でも、何事も修行である事には変わりません。精進なさい」

「わ〜〜お姉ちゃん、ありがとーう」


2人はその場で抱き合っている。

本当なら穂乃果とそうなってたのは俺だった。


でも、今回はこの方がいい。

2人とも良い顔をしている。


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