第61話 火曜日は惰性(1)



朝、目が覚めると知らない天井だった。

これはラノベにおいて有名なセリフらしい。

実際、体験すると焦るものだが……


「そうか、俺は穂乃果の家に泊まったのか……」


俺から俺と穂乃果そして花乃果は一緒に寝ることになり、現在に至る。

俺の両隣には姉妹が無邪気な顔をして寝ていた。

姉妹は俺を抱き枕の代わりにしてたようで、手足が絡みついて動くに動けない。


「さて、このままというわけにもいかないしな」


時計の針は5時を指している。

いつもの時間に目覚めたらしい。


「う〜〜ん、そこなのです!」


穂乃果の腕に力が入った。

絞め技の稽古をしてる夢でも見てるのか?


「くまちゃんどこ〜〜?」


今度は花乃果の足に両足に力が入り、微妙に動いている。

熊を追いかけてる夢でも見てるのか?


しかし、まいった。これでは俺が絞め落とされる。


仕方ない、2人を起こそう。

そう思ってた時、部屋のドアが開いた。


「あらあら、カズキ様の姿が見えないと思いましたら、これは……あの有名な川の字ですね」


入って来たのは雫姉だった。

ボケてるのか、ツッコんで欲しいのかよくわからない。

でも、地獄に仏とはこの事だ。


「雫姉、頼む。これを外してくれ」


「う〜〜ん、どうしましょう。そうだ!今度私とお嬢様とで川の字しましょう。それが良いです」


「わかった。するから頼む」


「はい、お約束しましたよ。では……」


雫姉はそう言いて寝ていた姉妹に拳骨を喰らわした。


「え………!?」


俺としてはそっと起こさないように外してもらうつもりだったのが、まさかの展開だ。


「朝ですよ〜〜2人とも起きなさ〜〜い」


確かに穂乃果も花乃果も目を覚ました。

今の状況を理解するまでのタイムラグは生じるが……『『あっ!!』』


2人は俺に絡みついていた手足を退けて顔を赤くする。

同じ動作をするこの姉妹はよく似てる。


「はい、起きましたね。ご飯は下に作ってありますよ」


雫姉は、2人の朝食を届けに来たようだ。

俺の知らない間に、雫姉は2人の世話をしていた。


「カズキ様、約束ですよ」


雫姉のその笑みは何故か怖かった。





穂乃果との件は花乃果の乱入で有耶無耶になってしまったが、その方が今の俺にはちょうど良い。穂乃果も今すぐ、というわけではないだろう。


今日の朝も忙しい。

ちびっ子達はなかなか起きなかったらしく、メイが「たるんでいるのネ」と朝食の時に言っていた。


メイも朝は弱いくせに……とは言わない。


メイに進捗具合を尋ねたら「グーグ、口出し良くないネ」と言われてしまった。

頑張ってるのだろうが、俺の不安は増すばかりだ。


ちびっ子達はそれぞれ学校へ向かう。

俺は珠美を幼稚園に送り届けてから、高校に向かった。


この時間の電車は混んでいる。

身動きができないほどだ。


大学生くらいの兄さんが背負ってるデイバッグから覗いてる折り畳み傘の金属部分が俺の胸に当たって痛い。

どうにかそれを逸らそうとして動くと隣のおっさんに睨まれた。

仕方なく俺は痛みを堪えてその状態を維持していた。


学校の最寄駅に着くと学生の姿は少ない。

この時間では走らないと間に合わない。


学校へ続く並木道を走り、校門へ。

そして、校舎に入って階段を登ろうとしたところでチャイムが鳴った。


そのままダッシュでクラスまで走って行きドアを開ける。

担任の千葉先生が俺をチラリと見て『2度目だな。席に着け』と睨みを聞かせていた。


席に着いて呼吸を整える。

斜め前の鴨志田さんと目が合った。


火曜日は、月曜と違って学校に行く憂鬱な感じはしない。

ただ、習慣として惰性で学校に来てる感じだ。

ここ最近だが、やっと学校というものに慣れてきたと俺は思ってる。


今まで学校という場所に行ったことなどなく、初めは戸惑うばかりだった。

男子とは全然話をしないが、女子とは数人だが会話することがある。

それも、学校という特殊な場所に慣れたおかげかもしれない。


授業は、きちんと聞くことにしている。

物珍しいさもあるが、ここに座ってるだけで色々な知識を教えてくれるからだ。

馴染めない授業もあるが些細なことだ。

時間が過ぎれば自然と終わる。


休み時間になると男女の行動が異なることに気づく。

男子は、主にひとりで行動するものが多いが、女子は他の女子を連れ立って行動する。全てがそうではないが、その傾向が強いと俺は思ってた。


そんな中で、クラスでいつも1人で俺と同じように休み時間の度に本を読んでる生徒がいる。名前を神崎陽奈という名前だ。

一度も話したことはないがこれと同じ分厚い眼鏡をかけて髪の毛は目を覆うほどの長さを保っている。まるで、自分を見てるような気がして気になっていた。


俺も古本屋で買った本が読みかけだ。

それに、昨日、沙希が言ってた本の内容も気になる。

昼休みにでも、学校の図書館にでも行ってみるか。




昼休みになり、屋上に続く階段上スペースで穂乃果と弁当を食べている。

今日の穂乃果は俺のすぐ隣に座っている。

ちょっと動けばぶつかるほど近い距離だ。


「穂乃果、昨夜の試合の時、穂乃果の手を掴んだと思ったが消えていたんだが、それは何という技なんだ?」


「分身の術の応用で身体の一部を部分的に分離させる部分分身の術であります」


随分「ぶ」の多い会話だったな。


「そうか、幻術の類かと思ったぞ」

「確かに、相手を惑わす点に於いてはそうも言えます」


穂乃果は俺の腕に自分の腕を付けている。

距離が近すぎる……


「なあ、穂乃果……」

「何でしょう、東藤殿」


上目遣いで見られても……


「あ、誰か来ます……」


穂乃果は急にそう言った。

確かに気配はあるが……

すると、1人の女子が俺達のいる階段を上がってくる。


だが、途中で男子に呼び止められた。


「おい、待てよ」

「そんなこと言われても困ります」

「ちょっとだけだからさあ」

「無理です」

「じゃあ、この写真、ばらまいても良いわけ?」

「や、やめて下さい」

「じゃあ、俺の言う事を聞くんだな」

「……それも嫌です」


そんな会話を聞いて俺と穂乃果は目を合わせた。


「脅迫されているようです」

「みたいだな。痴話喧嘩かと思ったが違ったみたいだ」

「では、私が……」


穂乃果はそのままそこからジャンプして男の顔面にキックを入れる。

当然、男は気絶した。


死んでなきゃいいけど……


突然のことで脅されてた女子は、オロオロしている。


「穂乃果、スマホを回収」

「了解であります」


穂乃果は男が持っていたスマホを回収して俺のところに来る。

その女子もトコトコついてきた。


「あの〜〜貴方達は?」

「弁当仲間だ」

「あ、お弁当食べてたんですか、ここで」


どこかで見た頃あると思ったら神崎陽奈 気になってたクラスメイトだった。


「神崎陽奈だな?」

「……あの〜〜同じクラスも東藤くんですよね」

「私の名前を知ってたんですね。クラスメイトですから当然と言えば当然ですね」


神崎は分厚い眼鏡を越しに俺と穂乃果を見てる。


「脅されてたようだが?」


俺は穂乃果が回収した男のスマホを見せる。

この中には脅されるようなネタが記録されているのだろう。


「誰にも言いませんか?」


心配するのも当然だ。

ネタを知ってる人間が増えればそれだけ脅される可能性がある。


「言いたくても話す相手は穂乃果しかいない」


そういうと穂乃果は首を縦に振りながら同意してる。


「そう言えば東藤くんっていつも1人で本を読んでますね」

「そう言うことだ。別に言わなくてもいい。これを渡すから好きにしろ」


俺は男のスマホを神崎に渡した。


「困ります。人の携帯なんていりません」


そう言われてもなあ〜〜


「どうしますか?消しますか?」


穂乃果が言うと別の意味に聞こえる。


「そうだな。データー破棄するしかないな」

「わかりました。おりゃあ!!」


穂乃果は、あっという間にスマホを真っ二つにした。


確かにデーターあるだろうけど、それだけ消せば良くねぇか?


「見事だ」

「些事でございます」


そんな光景を見た神崎は、


「いいんですか?スマホをそんなにして」


まるで自分が関係ないような発言だ。


「もう遅い。それにこれで安心だろう?」


「そうですけど、そうでもないです」


「それは如何に?」


穂乃果も気になったようだ。


「バレちゃったんです」


神崎はそう言うが意味がわからない。


「そうか、大変だな」


「そうじゃなくって、私の素顔がバレちゃったのよ」


なんか口調が変わってきたが……


俺と穂乃果は目を合わせて同じように首を傾ける一緒に問いかけた。


「「何がだ?(何用が?)」」


「も〜〜う、これよ。これ!」


そう言って神崎は眼鏡を外し、ボサッとした髪の毛を取った。

ウィッグだったようだ。すると、綺麗な金髪がネットで束ねて押さえてある。

そのネットをも外した神崎は、以前の面影がない全然違う美少女だった。


「カズキ殿、変装の術でございます」

「そうだな。かなりの上級者とみた」


「…………あの〜〜なんで驚かないの?」


俺と穂乃果はまた目を合わせ首を傾げる。


「「はて?(なぜ?)」」


「もうあなた達、私を知らないの?」


「「知らない(初見でございます)」」


「あ〜〜もういいわ。私はHINA。読モのHINAよ」


俺と穂乃果は目を合わせ首を傾げる。そして……


「「読モって何?」」


神崎は、目を丸くしてワナワナ震えていた。



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