第59話 月曜日は憂鬱(2)



昼休み、穂乃果との弁当時間が終わり教室に戻る。

席に着いてスマホをチェックすると、いろいろな人からメッセージが来ていた。


まず、ミサリンこと瀬川美咲は……


『早く会いたいよ〜〜』


同じクラスでいつも会ってるぞ、とは書けない。


「そのうち時間を作る」と書いて送っておく。


すると、ミサリンこと瀬川美咲は、いきなりスマホを片手で上げて「よしっ!」とか言ってた。近くでその反応を見るのは少し楽しい。


鴨志田さんからも来ている。


『日曜日楽しみにしてるね」


そうだ。約束していたのをすっかり忘れていた。

断ろうと思うのだが、楽しみにしてる、と書かれては返答に困る。

そうだ。ちびっ子達のライブに来てもらえればいい。

あそこには遊園地があるし、午前中なら俺も時間が取れる。


「ああ、俺も楽しみだ」と返信。


返信に気づいた鴨志田さんは、それを見てスマホを胸に抱えていた。

そばにいる木梨なんとかが俺をチラチラ見てるのが少し気になる。

そんな様子を佐伯楓が、不思議そうな顔で仲間を見ていた。


あとは『FG5』のメンバー達だ。

リリカは『サブの仕事サボってないで顔を出しなさい』

アヤカは『今日も迎えに来てもらっちゃおうかな?』

ユキナは『勉強わかんない。てか数学無理』

ミミカは『練習キツくて足がつりそう』

カレンは『ケーキ食べたい』


それぞれ無難にメッセージを返す。

アヤカのは、今日は無理、だと伝えておく。


今日は珠美のお迎えにいかなければいけない。


沙希からも来ている。


『放課後、校門で待ってるね』


と書いてある。

沙希とは一緒に帰れるが珠美のお迎えの事を書いて送る。


一通り連絡を済ませて本を読もうとしたら、南沢がでかい声で今日のバスケの件で俺をディスってた。周りに女子がいるから調子に乗ってるようだ。


そんな南沢の様子も見ないで女子達は、スマホ片手にそれぞれ何かをしてる。


他人をディスっても人気者にはなれないぞ……


そんな昼休みの光景だった。





放課後、校舎を出ると雨が本格的に降ってきた。

折り畳み傘を出して校門近くに行くと沙希が傘をさして待っていた。


そんな沙希を横目で見ながら通り過ぎる帰宅中の男子達。

沙希は結構モテるようだ。


「あ、先輩」


俺を見つけて小走りに近寄ってくる。


「走ると濡れるぞ」

「じゃあ、先輩が濡らさないように私を守ってください」


俺は雨と戦わなくてはならないらしい。


「今日は、珠美の幼稚園の迎えに行く。寄り道はできない」

「知ってますよ。そうメッセージ送ってきたじゃないですか」

「あくまで確認だ」

「はい、はい、わかりました。先輩は私より珠美ちゃんの方が大切なんですね」


そんな事を言われても比べる事などできないぞ。


「さあ、行くぞ」

「あ、まってよ。先輩」


沙希に先輩と呼ばれるのはなかなか慣れなかったが、時間の経過はそんなことも慣れてしまうようだ。


駅への並木道を通り、駅前のアーケイドに入ると傘は必要なくなる。

すっかり濡れた傘の滴を落として開ききった傘をまとめる。


沙希は、少しスカートが濡れたみたいだ。

白い靴下も水を吸ってる箇所がある。


俺はバッグからタオルを出して沙希に渡す。


「先輩、気が聞きますね」


そう言いながら遠慮なしにタオルを受け取り濡れた部分を拭き取っていた。

そんな沙希を見て俺は気になる事を聞いてみた。


「後輩はなんで俺と通学したり、一緒に帰ろうとするんだ?」


すると、沙希は驚いたような顔をして俺を見つめた。

そして、静かに口を開く。


「先輩は、シャーロット・ブロンテ作のジェーン・エアを知ってますか?」

「それは本か?悪いがそれは知らない」

「では、読んで下さい。そういう事ですから」


沙希の言いたい事はその本に書かれていると言うことなのか?


「そうか、時間を見つけてきちんと読むよ」

「はい、そうして下さい」


俺がその本の内容を知ったのは、まだ先の事だった。





家の最寄駅に着くと、先とは途中で別れて俺は珠美を迎えに幼稚園に行った。

いつものような元気な声は聞こえてこない。

雨のせいで園舎の中にいるようだ。


俺は、先生方に挨拶して迎えにきた旨を報告する。

若い先生が珠美を下足置き場まで呼んできてくれた。

何故か木梨弟も一緒だ。


「カズお兄ちゃん、珠美の置き傘がなくなっちゃったんだ」


幼稚園では万が一の為に各々の置き傘を置いてある。

名前が書いてあるので間違いようもないのだが、中にはうっかりさんもいて間違って別の子の傘を持っててしまう子もいるらしいと先生が言っていた。


「間違って持ってった子がちゃんと返してくれるよ。今日は一緒に俺の傘に入って帰ろう」


「うん」


すると木梨弟が割り込んできた。


「ちょっと待ったーー!珠美ちゃんは俺の傘に入れるんだ」


気持ちはわかるが途中から帰る方向が違う。


「それは無理だ。家の方向が違う」

「じゃあ、うちに来ればいいんだ。この間みたいに」

「それも却下だ。今日は忙しくて無理だ」

「え〜〜ヤダヤダヤダ〜〜」


久々に子供が駄々をこねてるところを見た。

なんか子供っぽくて安心する。

こんな姿を見ると日本は平和な国なのだと改めて思ってしまった。


「こらっ、なに駄々をこねてるの!」


そう言いながら登場したのは木梨なんとかだった。


結局、その場は先生が予備の傘を珠美に貸してくれて事が収まった。

それでも、どこか納得できない様子の木梨弟は途中までぶーたれた顔をしていた。


「東藤、これ……」


木梨なんとかが帰宅路が分かれる十字路で突然、手に持った物を渡された。

見ると可愛い透明の包みに包装されたクッキーが入っている。


「くれるのか?」

「うん、まあ、この間、病院までついて来てくれたお礼だ」

「お礼はホットケーキを食べさせてくれたじゃないか」

「あれとは別のお礼だ。黙って受け取れ!」


押し付けるように俺に渡す木梨なんとか。

そこまでされたら受け取るしかない。


「わかった。ありがたくもらっておくよ」

「ああ、う、うん」


こういうシチュエーションが苦手なようだ。

勿論、俺も苦手だ。


「それ、姉ちゃんが日曜日に作ってたやつだ。結構、うまかったぜ」


木梨弟は空気を読めないらしい。

まだ、幼稚園児だしな……


「こら、さとし、そんな事言うな!」


木梨弟は、頭に拳骨をもらっていた。


「家に帰ったら珠美と一緒に食べるよ」

「そ、そうしてくれ。じゃあな」


2人の姉弟は仲良く傘をさして帰って行った。

そんな2人の後ろ姿を見ながら、


「俺達も帰ろう」

「うん」


俺も珠美と傘を並べて家路についた。





屋敷の着くと既に稽古場では練習が始まってるようだ。

『FG5』の音楽がかかっている。


「メイの奴、ちゃんとやってるんだろうな……?」


ああ、不安しかない。

こっそり覗きに行こうか……


そう考えてると、莉音が玄関まできて『お兄しゃん、覗いたらダメだよ』と言われてしまった。莉音もメイに言われているらしい。


「そう言えばお兄しゃん、聡美さんが呼んでたよ」

「わかった、顔を出すよ」


俺は珠美を連れて手洗いとうがいをさせる。

勿論、俺も同じようにする。


珠美も結構、濡れてたのでお風呂に連れて行った。

ついでに、俺も風呂に入る。


珠美の髪を洗うのも慣れて来た。

目にシャンプーが入るのを極度に嫌う珠美も俺の手に慣れてきた様子だ。


「カズお兄ちゃん、上手くなったね」

「ああ、手が自由に動かせるからな」

「あ、本当だ、包帯取れてる」


昨日、日下病院で外してもらった。

指先も難なく動く。


それからは、湯船に浸かって珠美の幼稚園での話を聞く。

誰と誰が喧嘩したとか、雨だから外で遊べないのがつまらなかったとかいろいろだ。


そして、風呂を出て髪を乾かす。

雫姉が着替えを用意しておいてくれた。

気の回らない俺には、そんな雫姉が凄いと思った。





「さて、カズ君を襲った奴の話をしましょう」


聡美姉の部屋を訪れた俺は、麦茶を飲みながら話を聞いていた。


「山中湖畔の別荘の奴らは、思想団体『コルシカの星』の構成員ね。彼らは、資金調達を主な仕事としてたみたい」


「資金調達の者がなんで実戦に参加したんだろう?」


「それは、この間カズ君とメイちゃんは倉庫で暴れたでしょう。そこの半グレ集団が実戦部隊だったみたいよ」


「ああ、それでか」


「うん、人員不足を補った結果ね。相手が素人で良かったけど」


実戦部隊もメイが殆ど片付けてしまった。

実戦部隊と言いながらただのチンピラのようだった。


「それで、ボスと呼ばれる人物のことだけど、2人いるわ」


「それってどう言う意味?」


「1人は日本で活動してる『コルシカの星』の代表ね。もう1人は、その代表に資金援助してる海外からの支援者ね」


「確かにバックにそういう奴らがいれば銃火器や白い粉も手に入りやすいな」


「そういうこと。で、カズ君を襲えと命令したのはどっちのボスだと思う」


「それは海外だろう。俺は日本に来てまだ日が浅い」


「日本来てからも色々あったけど、そこまでカズ君を狙う理由がないわね。私も同意見よ。それで『コルシカの星』の背後を調べてるのだけど、思うように情報が集まらないわ。この間の公安のおじさんから手に入れた情報も照らし合わせたけど、スッキリしないのよ。正直、おかしいとしか思えない」


「それってどういうこと?」


「情報が錯綜するように仕掛けられているということ。それらしき組織は見つかったけど、おそらくダミーよ。随分と頭の回る奴がいるみたいね」


聡美姉でも情報が集まらないとしたら、ユリアに頼むしかないな……


「ユリアに頼んでみるよ」


「助かるわって言いたいけど、そのユリアさんの行方がわからない。カズ君が知ってる連絡先も今は繋がらないわよ」


「そうなんだ。あのユリアが死ぬ事はないと思うけど、白鴎院家の総代が言ってたけど紫藤さんも一緒なんだろう。なら、どこかにいるはずだ」


「ユリアさんの所属してるもう一つの組織『箱舟』には、私はアクセスできないわ。したら多分殺される」


「そうだろうな。あそこは世界を裏で操る組織だし既に100年後の世界の未来構想も出来てるはずだ。誰を大統領にするとか、どことどこを戦争させるかとかな。そんな恐ろしいところには手を出さないでくれ」


「ええ、間違っても敵に回したくないわよ。それで、合衆国のエージェントの線から調べてみたんだけど、この間はマレーシアにいたようだけど、それからさっぱり足取りが消えてるの」


「潜水艦で潜っているんじゃないか?あいつの船だし」


「その線も考えたんだけど、行動が読めないのよ。カズ君、何か知らない?」


「俺だってユリアの連絡先はひとつしか知らない。それが通じないとすれば俺でも連絡のしようがない」


「そうよね〜〜とにかくわからないものは後回しにするわ」


「わかった」


聡美姉の言う事を聞いて、まだまだわからないことが多いということだけはわかった。



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