第4章

第58話 月曜日は憂鬱(1)

  


翌日の月曜日の朝。


藤宮家別邸では、いつにもまして朝から慌ただしかった。

預かっていたちびっ子達が、それぞれ学校に行く準備をしている。


雫姉が遠くの者を送って行き、近くは聡美姉が送る予定だ。

護衛には、雫姉にはメイが、聡美姉には穂乃果がつく。

その後穂乃果は学校に行くらしい。


俺は、珠美を幼稚園に送ってから学校へと向かう。

俺が学校に着く頃は授業開始ギリギリ、若しくは遅刻になると思う。


そんな慌ただしい中、穂乃果と花乃果は言い争いをしていた。

花乃果のアイドル活動が穂乃果には気に入らなかったらしい。


「花乃果、樫藤流はそんなに甘くありません!」

「ちゃんとやるもん。でも歌もダンスも私は諦めないから」

「そんな事は許されません!」

「お姉ちゃんに許してもらおうとは思ってない!」


お互いヒートアップしてる。

このまま放って置いたら決闘とか言い出しそうだ。


「穂乃果、少し時間をくれ。俺にも黙ってた責任がある」

「いいえ、東藤殿には関係ありません。これは樫藤の問題です」


確かにそうだが、今、花乃果に抜けられでもしたら日曜のコンサートが間に合わない。


「穂乃果、昼休みにでも話そう。今は忙しい」

「そうでありますね。理解しました」


そして、各々目的の場所に出かける。

何故かちびっ子達はホッとしたような顔をしてた。




珠美を幼稚園に送ってから電車に乗り、学校の門を潜った途端に授業開始のチャイムが鳴った。


マズい、遅刻だ。


俺は、そっとクラスのドアを開けて中に入る。

先生は、俺に気付くも「早く席に着け!」とひと言だけ言われただけだった。

クラスの連中も冷たい視線を向けている。


そんな中で瀬川美咲と目が合ってしまった。

直ぐにそらされだが、冷たいというよりも虫ケラを見るような目を向けてた。


ミサリンこと瀬川美咲は、あの後すぐに『お店やめたからデートしよう』とメッセージを送ってきた。

「わかった」と返事を送ったが、あの時の俺が今の俺だとは微塵も気付いてない様子だ。


席につくと斜め前に座ってる鴨志田さんがニコって笑ってくれた。

朝の挨拶のつもりなのだろう。

心なしか、木梨なんとかも俺を見てすぐに顔を背けた。

いつものクールな顔つきに笑顔が混ざってた気がする。


今週は大変そうだ……


事務所を襲った犯人達のデーター解析は聡美姉が引き受けている。

思ったよりもどうしようもない中身だったみたいで、ボスに繋がるヒントはないようだ。

その犯人達は、ある思想団体の一味だったらしい。

やってる事はヤクザ顔負けの事をしてるが、思想とは裏腹に資金集めを主な仕事にしてた中堅の連中のようだ。


白い粉もあったし、売り捌いてたんだろうな……


ボスという人物はそんな彼らに金をチラつかせて俺を襲わせた、というのが聡美姉の見解だった。


そして、ちびっ子達の件だ。

今週の日曜日にミニ・コンサートが行われる。

殆どメイの指導で行われている合宿は、男子禁制と言われて稽古場に入れない状態が続いている。

俺の知る限りメイにダンスの経験はない。


この件に関しては不安しかない。


それと金堂組の件もある。

なかなか尻尾を出さない相手は、北キュウシュウで侵入した男の動向を逐次監視カメラで観察してるようだ。

今週の週末にかけてトウキョウに出張で来るらしい。


全てはこの1週間にかかってると言える。


あ、そうだ。百合子に返事を書いてない……


忘れてたわけではない。

それどころかいつも気になっていた。

だが、会いたいと書かれてなんと返事を書けば良いか答えを出せないままだった。


怪我も全快したし、この1週間は気を抜けない。

はあ、憂鬱だ……





月曜日の4時間目は体育の授業だ。

体育はC組とD組の合同授業で、今日は体育館でバスケをするらしい。

出席番号順でチームを作る為、俺は立花光希と南沢太一と同じ班になってしまった。


「おい、東藤、邪魔すんなよな」


いきなり南沢にそんな事を言われる。

慣れてはいるが、たまに殴りたい気持ちになる。


「立花君がいれば楽勝だね」

「確かに立花は運動神経いいよな」


そう言う人物は津田翔一。

俺と同じ眼鏡をかけた人物で、ガリ勉タイプの奴だ。

立花を持ち上げても良い事はないと思うけど……

あと1人は沼田昴。いつも『FG5』話題で盛り上がってるアイドルオタクだ。

つまり、この5人でD組の奴らと対戦する。


「とにかく、東藤と津田はボールを手にしたら俺か光希にまわせよ。沼田でもOKだ。わかったな」


いきなり仕切り出す南沢太一。

言われなくてもそうするつもりだ。

俺は目立ちたくない。


試合が始まった。


相手チームには身長185センチはある現役のバスケ部員がいる。

チームの奴らもそのバスケ部員に球を集めているようだ。

あっという間に点がはいる。


「おい、東藤、津田、お前らはあいつを止めろ!」


点を入れられて悔しがる南沢は俺達にそのバスケ部員を止めろという。

自分がやろうとは思わないらしい。


『立花君、頑張って〜〜』


隣のコートで試合に出てない女子が立花を応援する。

南沢も自分をアピールするかのように派手に動き回っている。

しかし、バスケ部員に軽くあしらわれて、また点を入れられた。


「おい、東藤、止めろっと言っただろう!」


南沢は怒り狂ってる。

俺が止めるも何もお前が勝手にバスケ部員に向かって行ったのを忘れてるらしい。


こいつ、痴呆症かもしれない……


「とにかくボールを回してくれ。俺が何とかするから」


立花も業を煮やしたらしい。


そして、またプレイが始まった。

先のボールをゲットしたのは南沢だ。

ドリブルで相手チームのバスケットゴールに向かって行った。


だが、簡単にボールを取られる。

そして、すぐにバスケ部員にボールが回された。


「チキショウ!!」


南沢は悔しがって追いかけてくるが間に合わない。

バスケ部員は運悪くゴール右手前にいた俺のところにやってきた。


俺の事は虫けら同然のような目を向けてドリブルして抜けようとする。

その目つきが気に入らなかったので、手からボールが離れた瞬間を狙って、ボールを拳で叩きガードのついてない立花にパスを送った。


いきなりボールが飛んできた立花は焦った顔をしたが、そのボールをドリブルに移行させ相手チームのゴールにシュートした。


『わ〜〜立花君、かっこいい!』


女子の歓声が聞こえる。


すると、その時、バスケ部員が俺のところに来て言った。


「今、何をした?」

「偶然手を振ったらボールが良いところに飛んだだけだ」

「俺にはそう見えなかったがな」

「偶然だ」

「そうか……」


どこか怪しんでいるそいつは、俺を見ながら自分のコートに帰って行った。

その後もそのバスケ部員によって点を入れられ、バスケの試合は負けたのだった。


そのあと、南沢に散々文句を言われたがな……




昼休み、雨が降ってたため屋上に続き階段上のスペースで弁当を食べる。

俺の気配を察知してか、穂乃果もここにやって来た。


「よくわかったな、ここが」

「はい、造作もない事です。はい」


2人並んで弁当を食べる。

当初は俺と穂乃果の距離は1mは離れていたが、今は50cmまで距離が縮まっている。


「花乃果のこと考えは変わらないのか?」

「はい、樫藤流を極める為には、余計な事を身に付ける必要はありません」

「確かに技を極めるためには余計な事をしてる暇はないな」

「そういう事です」

「だがな、樫藤流は過去の産物にしてはならないと俺は思う」

「どういう事でしょう?」

「時代の流れに合わせて、技も変かすべきだと俺は思う。例えば、水遁の術は樫藤流にあるのか?」

「はい、ございます。水場で隠れるときに使います」

「息はどうしてる?」

「はい、古来より中をくり抜いた竹を使用してます」


「それだよ。竹がない都会ならそれは不自然だ。プラスチック製品の方が都会では自然だと思う。つまり、時代と場所に合わせて変化しなければ簡単に見つけられてしまうというわけだ」


「ガーーン……気が付きませんでした」


口でガーンって言うやつ初めて見た。


「花乃果の件についてだが、歌やダンスの中で今風にアレンジした樫藤流を修行できるのではないか?」


「それはもはや樫藤流とは言えませぬ」


「だから、本流は穂乃果が継げばいい。アレンジした新しい樫藤流は花乃果が自分で編み出すだろう」


「ほほう、樫藤流をアレンジしたものでございますか?」


「ああ、穂乃果もやりたければそうすればいい。昔より技が強く慣れば過程など問題ないと思うが?」


「確かに、伝え聞いている技を磨くだけでは、先人達にはかないませぬ。ですが……」


「まあ、基本は既に花乃果も習得済みでろうから、樫藤流を蔑ろにする事はないだろう」


「一考の余地はありますが、そうですね……少し考えてみます。はい」


「そうしてくれ、それと腕が治った。立ち合い稽古はいつでもいいぞ」


「おお、そうでしたね。では、今晩お願いします。はい」


これで、少しは花乃果の当たりが弱まるだろう。

さて、穂乃果の樫藤流とはどんなものか?

立ち合い稽古が楽しみだ。


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