第33話 トラブル(2)
女子高生2人の後を追いかけて行く途中、公安の動向について穂乃果に尋ねた。
「公安は手を出さないわけだよね。それって他にも仲間がいると考えてのことだと思うのだが」
「そうです。ハムはその仲間も監視してるようです。アジトに向かえばその場所を特定してその組織に加担している人物を芋づる式に割り出し、組織全体を把握してから一気に潰す考えだと思います」
「極左にもいろいろあるからね〜〜どこの組織なのかな?」
「わかりませんが、今日来る予定の保守系の国会議員は、地元に原子力発電所を構えています。先の大地震により現在稼働はしてませんが、再稼働の必要性を訴えています。それに反対する一派かと思いますが」
「そうなんだ。利権が絡むからねぇ、こういう話は好きじゃないんだけどなぁ〜〜」
「俺もだ」
3人でそんな話をしながら、のんびり追いかけていくと、早速、公安の人らしい人物が木陰から現場方向を見ていた。
「ちょっと、あの人に聞いてくるね」
聡美姉はそう言って公安の人物に接触する。
俺達も少し様子を見てその後に続く。
「ちょっとすみませ〜〜ん。お聞きしたいんですけど」
公安の男は、40歳代、くたびれた背広に着ており、鋭い目つきをした男だ。
「なんだ?俺にはようは無い。さっさとあっちに行け!」
「そんな事言わないで教えてくださいよ〜〜公安の方ですよね?」
「なっ、貴様!」
その男は胸に手を入れ拳銃に手をかけたようだ。
「心配しなくてもいいですよ。私は藤宮家の者ですから」
そう言って聡美姉は身分証を提示する。
それを見て、公安の人は胸から手を出した。
そして近づいて行く俺と穂乃果を見て納得したような顔をした。
「なんかようか?藤宮の娘さんよ」
「実はあっちで捕まってる人質は、この子達の同級生なんですよね〜〜それで、どうしようかと思いまして〜〜」
「はあ〜〜そういうことか、こっちの目的もわかってると言いたいわけだな?」
「捕まえるのは、直ぐにでもできるんですけど、後々そちらさんと揉めたくないわけですよ〜〜」
「まあ、お前らならそう言うだろうな」
その男は俺と樫藤さんを見てそう言った。
俺達の素性を既に知ってるようだ。
「俺達としては泳がせたかったんだが、こんな事件を起こしちまってはもともこうも無い。殺さないで無力化できるか?」
男は俺に向かって問いかけた。
「お望みとあれば……」
「あまり出せねぇぞ」
男は手に輪を作ってアピールした。
「依頼じゃないからそれはいらない。そのかわり情報が欲しい時は頼みたい」
俺がそう言うと、少しムカついた顔をして反論してきた。
「おいおい、それは、出来ねぇ相談だ。俺達にとって情報は命だ。それを、こんな雑用で取引の種にされたら割にあわねぇ」
「う〜〜ん、じゃあ、こう言うのはどうかな、それぞれ貸しひとつって事で。お宅らが必要な情報があったら渡すけど、こっちが必要な情報があったら教えて欲しい。それでWIN WINだよね」
「う〜〜ん、それならまあいいか?じゃあ、ひとつ聞きたいんだがこれはサービスしてくれるだろう?」
「まあ、わかる範囲なら」
「ユリア・シルクフォーゼは、今どこにいる?」
公安はユリアの行方を知りたいのか?
だが、俺も今、どこに居るのかわからない。
「ユリアは、マレーシアに居ると言ってたけど、今はわからない」
「そうか、わかった」
「じゃあ、制圧しちゃうね。カズ君、これ付けて」
聡美姉は、真っ白なお面を俺に渡した。
「これは特製樹脂でできてるから弾丸も大丈夫だよ。それと穂乃果ちゃんも分もあるよ。制服はここで脱いでいってね。目立つから」
「お前らいつもこんな物持ってるのか?」
驚くように公安の男はそのお面を見ている。
「銃を持ってる人に言われたくありません。私達は、銃やナイフは持ち歩けませんからね」
聡美姉は、どんな時にもブレない返答をする。
俺と穂乃果は、その場で制服の上着を脱いで、そのお面を被った。
「あ、ちょっと待ってね」
聡美姉は、ゴムバンドを取り出して俺の髪と縛り、穂乃果の髪をポニーテールにした。
「これでクラスメイトに会ってもわからないと思うわよ」
「現状は分かっているのか?犯人は博物館ロビーの中に立て篭もっている。人質にはお前らと同じ高校生達だ。正確な人数は知らん。ただ、俺が見たときは1人の女だ。犯人は拳銃を所持している。扱いが素人に毛の生えたような奴だ。こういう輩は興奮すると何をするかわからねぇ。以上だ」
結構、詳しく教えてくれた。
「犯人の人数は1人なの?」
「おそらくな。博物館内に仲間がいれば合流してる可能性はある。だが、俺達の監視を受けてた奴はいない。1人と考えて差し支えないだろう」
「では、手早く処理する」
「そうしてくれ。でないとマスコミや本庁の警察が駆けつけてくる。そうなると、本庁のお偉いさんを通さなきゃならなくなる。俺達がしょっぴくにも手間がかかる」
警察と公安の間にもいろいろあるようだ。
俺と穂乃果は、博物館に近づき木の影から中の様子を伺う。
博物館広場には、1人の警官が野次馬の整理をしてる。
この警官が職務質問した若い警察官なのだろう。
野次馬の中に鴨志田さんと佐伯さんがいた。
2人は心配そうに中の様子を伺っている。
それに立花達もいて、警官に文句を言っている。
「早く羅維華を助けてくれ!」
「警察は何をやってんだよ」
「早く仲間を呼べよ。SATとかよ〜〜!」
どこにいても騒がしい奴等だ。
きっと将来は立派なクレーマーになるだろう。
「どうしますか?」
「どうもこうも正面から行くしかないだろう?俺が先行くからフォローを頼む」
「わかりました」
俺は、正面から素早く中に入る。
それを見ていた警官が『ダメだ。戻れ!』と大きな声を上げていた。
中に入ると広いロビーの奥に、鈴谷羅維華と博物館の中にいた数人が固まっていた。
その前には拳銃を持った大学生に見える青年が銃を構えてウロウロしている。
結構、人質がいるな。
俺は、一気に犯人との距離を詰める。
犯人は急に現れた俺に驚いて俺に向けて拳銃を構えた。
もし、犯人が冷静な人物なら人質に向けて拳銃を構えていただろう。
本当に素人だ。
「止まれ、来るな!」
犯人は拳銃を発射する。一発、二発……
銃口を見ればどこに飛ぶかは予想できる。
銃の扱いが素人なだけに、明後日の方向に弾は飛んで行った。
『キャッーー!!』
人質の悲鳴が上がる。
だが、俺の足は既に犯人の拳銃を落として、その腹にもう片方の足で蹴りを打ち込んでいた。
拳銃を拾って、犯人に近づく。
うずくまっている犯人の後頭部にもう一度蹴りを入れて気絶させた。
だが、どうも変だ。
何かがおかしい……
その時、人質の1人が立ち上がって拳銃を俺に向けた。
人質の中に仲間が紛れ込んでいたようだ。
その中年のおっさんから銃が発射される。
弾丸は避けた俺の顔側面を掠った。
そのせいで付けてた仮面が床に落ちる。
だが、中年の犯人は、持ってた拳銃を床に落とした。
手を押さえて悶絶している。
そして、今度は首筋を抑えて倒れ込んだ。
側面を見ると穂乃果が吹き矢を放ったらしい。
即効性のある睡眠剤でも針に塗ってあったのか、人質の中の犯人はその場に倒れた。
俺は、直ぐにそいつの拳銃を取り上げる。
そして、人質に『外に出るんだ』と告げた。
俺は、少し確認が疎かだった。
お面が弾かれ素顔が晒されている。
俺は鈴谷と目が合ってしまった。
マズい……
俺は、直ぐに顔を背ける。
そんな鈴谷は、俺を見て『カッコいい……』とその場に相応しくない言葉を放った。
俺は落ちた仮面を取って顔に付ける。
その間に、穂乃果は2人の犯人を拘束し終わっていた。
見事な手際だ。
「撤収」
俺は穂乃果にそう言ってその場を去るのだった。
◇
穂乃果と2人でその場を離れて聡美姉がいる木陰に入った。
「お疲れ様」
聡美姉は、俺達を笑顔で迎えてくれた。
公安の男は、俺と入れ違いに博物館に入って行った。
聡美姉が持っててくれた制服を着て眼鏡をかけ髪を解く。
「穂乃果、助かった。最初のも吹き矢か?」
「いいえ、拳銃を落としたのは手裏剣です。出過ぎた真似を……」
「いいや、見事だった。俺より凄いよ」
「勿体ないお言葉です」
穂乃果も制服を着てすっかり学生に戻っている。
「失敗したよ。素顔を鈴谷に見られた」
「普段のカズ君なら素顔を見られてもわからないと思うよ」
「そうかな?」
「はい、全くの別人です」
聡美姉と穂乃果はそういうが、俺は少し不安だ。
「じゃあ、私は別行動するね。まだ、学校行事中だしね」
「ああ、そうか、後で連絡する」
「うん、ほら、女子高生2人の荷物を届けてあげないと」
「そうだな」
俺と穂乃果は、こっそり博物館の前にいる野次馬の中に紛れた。
◇
鴨志田さんと佐伯さんに合流して荷物を渡す。
2人は鈴谷さんと一緒にいて『無事でよかった〜〜』と抱き合っていた。
鈴谷羅維華も涙ぐんで2人の抱擁を受け入れていた。
まあ、これで仲が戻れば……
俺と穂乃果はその場をそっと抜け出した。
時間が過ぎて、集合時間となる。
事件のことが話され無事でよかったと先生方も安堵したように話していた。
千葉先生だけは、股間を押さえて少し前屈みになっていたが、気にしないでおこう。
そのあと、聡美姉と合流して再び美術館に行く。
鴨志田さんと佐伯さんは鈴谷羅維華達と一緒に帰った。
そして、今、俺と聡美姉は2人で『オフィーリア』を見ている。
「綺麗な絵だけど何だか寂しい絵だな」
「そうだね。死をイメージする絵だから余計にそう思うよね」
「時間があったのに1人で見にこなかったのか?」
「うん、見に行ったんだけど知り合いがいてトイレに隠れちゃった。そのまま、ここには近づいてないんだ。ねぇ、カズ君は『死』ってなんだと思う?」
「見守る事しかしない存在が人間に平等に与えた最初で最後の思いやりだよ」
「そうか……カズ君……」
俺達が見つめている『オフィーリア』は、なんと答えただろう……
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