第32話 トラブル(1)
ウエノ美術館を一通り周り、館外に出た俺達は、先程周囲にいた黒スーツの男達の姿が居なくなっている事に気付いた。
そして、時間的に会っていてもおかしくない聡美姉の姿が見えない。
俺は気になって連絡を入れると
『カフェでアイスコーヒーを飲んでるぞ。なう』
そんな返信が届いた。
何か変だ。
聡美姉は楽しみにしていた絵を見ていない気がした。
「そっちに行く。場所はどこ?」
「私は平気。でもお昼は一緒に食べてね」
「わかった」
俺はこれ以上、聡美姉に突っ込めなかった。
その選択はきっと正しくないのだろう。
「カズキ殿、ハムの行方が気になります。私はこれで……」
そう言って穂乃果は何処かに行ってしまった。
彼女にも独特のルールがあるのだろう。
「あら、樫藤さんは?」
「少し、1人で散歩してくると言ってた」
「そうなんだ。お話したかったのに」
鴨志田さんは無邪気にそう言う。
そして、佐伯さんは俺に、
「本当だ。東藤君ってちゃんと話してくれるんだね」
意味がわからないが……
「結衣がいつも言ってたんだ。東藤君は尋ねたらきちんと話してくれるって」
「そんなの当たり前だと思うが?」
「うん、でも雰囲気が他人を拒んでる感じがしてたからさ」
確かに他人と深く関わろうとは思っていない。
それが、態度にあらわれていたと言いたいのか。
「じゃあ、次はどこに行く?近くに博物館もあるよ」
「時間もあるからそこに行こうか。東藤君も行くでしょう?」
「ああ、そうするか」
俺達は、今度は博物館に向かったのだった。
◆
「しかし、白来館女学院のお嬢様は可愛かったよなあ」
「ああ、高嶺の花過ぎて手も足も出ないけどなぁ」
新井真吾と南沢太一は、女学院の女生徒達の感想を言い合う。
そんな2人の男に一緒にいた鈴谷羅維華達は面白くない様子だ。
「あのねぇ、お嬢様って言ってもやる事はやってるんだよ」
「そうそう、幻想を抱くのは悪くないけど、実際は私達より乱れてるんだから」
「そう言う話はよく聞く」
鈴谷羅維華、瀬川美咲、木梨由香里の3人の女子は、そんな男子に向かって言い放つ。
『そんな事はない!』
いきなり大きな声を上げた立花光希。
その場にいたみんなも訳がわからず、その声の主を見つめていた。
「光希、どうしちゃたんだ?何か悪いものでも食ったのか?」
新井真吾は様子の変な光希に問いかけると、光希は『ハッ」として周囲にいるみんなの顔を見た。
「あ〜〜、その。すまない、ちょっと変なテンションになってた」
光希の言い草に、幼馴染みの羅維華は、それが嘘だと疑ってるようだ。
光希は、小さい頃から惚れっぽい。
少し優しくしてくれた女の子に惚れてしまう性格をしてる。
それも可愛い子限定だ。
小さな頃から光希を見てきた羅維華だけが知ってる事だ。
そんな光希を見かねて羅維華は、光希をみんなと離れた場所に誘う。
「光希、あのお嬢様達は私達とは住む世界が違うんだよ。だから……」
羅維華は、光希にそっと囁く。
「羅維華、わかってる、わかってるんだ」
「元気だしなよ」
「う、うん、羅維華、ありがとう」
「みんなーー、光希ってお腹が空いてたんだってさ、今朝、食べてこなかったらしいよ」
羅維華がそう大きな声でみんなに告げると。
「なんだ、光希。腹減ってたのか」
「俺、スティックのお菓子持ってるぜ。それとも、早いけど弁当にするか?」
「大丈夫だ。羅維華に飴もらったし、次はどこ行く?」
何もなかったように話す光希。
そんな様子を羅維華は、悲しそうに見ていた。
◆
博物館の見学が終わると、お昼近くになっていた。
「お昼どこで食べる?」
「集合場所の噴水があったとこなんかどう?」
「うん、いいね」
鴨志田さんと佐伯さんは楽しそうに場所決めをしていた。
俺は聡美姉との約束がある。
「俺は約束があるからお昼は一緒できない」
「「え〜〜」」
「約束って何?」
「もしかして、樫藤さんと?」
女子ってなんで知りたがるのだろう?
「絵を見たいと言って姉さんが来てるんだ。お昼を一緒に食べると約束してる」
「東藤君ってお姉さんがいるんだあ」
そう言ったのは佐伯さん。
鴨志田さんは、少し考えた素振りをしてこう切り出した。
「良かったらお姉さんも一緒にどうかな?私、東藤君のお姉さんって人に会ってみたい」
「わかった」
聡美姉に連絡を入れて噴水広場で待ち合わせた。
向こうから手を振りながら、聡美姉がやってきた。
「お待たせ〜〜待った?」
「いや、そうでもないけど大丈夫か?」
少し聡美姉は興奮気味だ。
「うん、さっきあまりにもしつこいナンパ男がいたから股間に一撃入れてきたんだ」
うん、いつもの聡美姉だ。
そんなやりとりを見ていた鴨志田さんと佐伯さん。
口を開けて呆けている。
「あ、カズ君の友達かな?藤宮聡美です。カズ君のお姉さん的関係です」
「鴨志田結衣です。東藤くんとはクラスメイトです」
「佐伯楓です。私もクラスメイトです」
「カズ君、やるねぇ〜〜こんな可愛い子、2人も連れて〜〜」
聡美姉は2人の女子高生を見ながら俺にニタニタして話しかけた。
「東藤君!どういう事?」
「は?何が?」
「何なの?こんな綺麗な人なんで聞いてない!」
鴨志田さんが俺に攻めよる。
そんな鴨志田さんを佐伯さんは止めていた。
「綺麗なんて〜〜」
聡美姉はクネクネしてるし……
「そんな事より弁当食わないか?」
その一言でみんなは落ち着きだした。
雫姉が作ってくれた弁当を広げて食べ始める。
勿論、俺と雫姉のオカズは一緒だ。
聡美姉は、直ぐに女子高生2人と仲良くなった。
お弁当を分け合ったりして、良い雰囲気だ。
お弁当を食べ終わっても会話は途切れることがない。
「聡美さん、どこの化粧品使ってるんですか?」
「あ、それ私も聞きたい」
「これはね〜〜………」
俺には化粧品もことなどわかるわけもなく、みんなの話を聞き流していた。
すると、サッと俺の背後に回る人影が現れる。
「東藤殿、トラブルでございます」
「穂乃果、どうかしたのか?」
聡美姉も穂乃果に気づき『今度一緒にお風呂に入ろ〜〜う』と抱きついている。
「聡美姉、なんかトラブルなんだってさ」
俺は困ってる穂乃果に助け舟を出す。
「そうなの?それで何が起きたの?」
聡美姉も少し落ち着いたようだ。
「ハムの動向を観察しておりましたが、どうやら極左の者達の監視をしていたようなのです。保守系の国会議員がミレーを見に来る、という情報をどこからか仕入れたようです」
「そうなんだ。それでトラブルって?」
聡美姉は、呑気そうにそう言った。
「はい、国会議員が来るのはこれからのようですが、巡回中の警察官がその極左の若者に職務質問したらしいのです。慌てた極左の若者は、その場を逃げたのでずが、逃げられないと判断した極左の若者は、人質を取りました」
「わ〜〜最悪のパターンね。ハムは手出しはしないでしょう?組織を解明するために泳がせてるのよね」
「ええ、ですから警察官が犯人と向き合っています」
「警察官も仕事だから仕方ないけど、情報が共有されてないのはいつものことね。でも、それがどうしたの?」
俺も同じ意見だ。
俺達とは関係ない。
「実は人質になった人物は、鈴谷羅維華。東藤殿のクラスメイトです」
「「えっ!?」」
その名前を聞いて驚いたのは、鴨志田さんと佐伯さんだった。
確かにクラスメイトが犯人の人質になってると聞いたら驚くだろうな……
「助けに行かなくちゃ」
「羅維華が心配、急ごう」
「そうだ、場所はどの辺?」
慌てた様子の鴨志田さんは、樫藤さんに尋ねる。
「博物館の方です」
「さっきの場所ね」
2人は荷物もそもままで駆けて行った。
そうか、普通はそういう行動に出るのか。
俺は、女子高生2人の行動が新鮮だった。
「カズ君、どうするの?」
「荷物はそのままだし、届けに行くか」
「そうね、盗まれちゃ大変だよね」
俺と聡美姉、それと穂乃果は、ゆっくりその場のある荷物をまとめ、それを届けに2人の後を追った。
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