第21話 退院後の高校で



あれから2週間が経過し、俺は無事退院した。

入院中は聡美姉達が毎日のように面会に来てくれた。

リリカはアレ以来音沙汰がない。

気になって1度メッセージを送ったが『今、みんなで頑張ってるから』と返事が来たきりだ。


それと紫藤夫婦の件については、白鴎院家の総代に連絡を入れたらしいが、まだ返答はないようだ。


それと幸子さんとは、お風呂の度に〇〇する関係だ。

『退院したらお店にも来てね』と言われているが行くつもりはない。


今の俺の状態は、左手はギブス、右手は固められているけど、指先は動くようになっていた。


だが、まだ上手く動かせないので日常で不便になる事が多い。

一緒に暮らしてる聡美姉や雫姉、そして珠美やメイの補助で何とかやっている。


今日は退院後の初登校だ。

朝、学校に向かう為、聡美姉がマクラーレンで送ってくれてる。

校門前で聡美姉に別れを告げて、校舎に入ると、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


〜〜〜〜〜

「あいつってアレだろう?」

「ああ、恐らくあの時怪我した奴だ」


「あいつ、すげ〜〜美人の人に送ってもらってたぞ。しかも青のスーパーカーだぜ」

「気に入らねぇな。なんでそんな奴が美人と知り合いなんだ」

「今度締めるか?」

「ああ、いいな、それ」

〜〜〜〜〜


俺は締められるらしい。


そんなヒソヒソ話を耳にしながら、教室に入ると来ていた生徒は数人だったが、会話していた者は途中でやめて静まりかえった。


久々に来るとこういう歓迎をされるんだな……


学校というものは本当にどうしようもない。

ぬるいガキの集まりだ。


俺は自分の席に座り、動かしづらい手でバッグを机にかけた。

最近はスマホで投稿小説を読みあさっているので、いつもの通りそのサイトのアプリを開いて本を読む。


投稿サイトに掲載されている小説は異世界ものばかりだが、読みだすと結構面白い。特に俺は復讐系のものが好きだった。


時間が経ち、投稿してくる生徒が増える。

大きな声で話しながらクラスに入ってくる生徒も俺を見て、一瞬静まりかえった。ヒソヒソと話し声が聞こえてくるが、しばらくしたら普通通りの大きな声となる。それの繰り返しだ。


「東藤君、おはよう。その手大丈夫?」


そう声をかけてきたのは鴨志田結衣。

俺の席に割と近い為か、それとも通り過ぎる時俺の横を通る為なのか知らないが、声をかけてくる。


「大丈夫だ」


俺はひと言だけ告げると、少し先にいた男子が文句を言ってきた。


「おい、東藤、せっかく鴨志田さんが挨拶してくれたんだ。もう少し愛想良くしたらどうなんだ?」


「鴨志田さんもこんな奴に話しかける事は無いよ。こんな自作自演で同情を引こうとする奴なんかにさ」


新井真吾と南沢太一とかいう奴だ。


まあ、確かに俺に話しかけても良い事はない。

だが、お前らにそう言われる筋もない。

言い返したりはしないが、気分がいいわけでもない。


「おい、聞いてるのか、この隠キャ!」

「何か喋れよ。このクソ野郎!」


男子2人は今にも掴みかかる勢いで捲し立てている。

そんな様子を鴨志田さんは焦って『あわあわ』してる。


「おはよーー」

「やあ〜〜」


そんな時、鈴谷羅維華と立花光希が登校してきた。

鴨志田さんは駆け足で鈴谷羅維華のところに駆け寄り何かを話している。


俺に文句を言ってる新井と南沢のところに2人はやってきて俺の様子を見ながら見下すように呟く。


「こんな奴構ったってしょうがないよ」


「真吾も太一もやめろ。相手にする価値もない男に突っかかってもつまんねぇよ」


俺をそう見下しながら仲裁をしてるつもりの2人は、カッコいい自分に酔ってるだけにしか見えない。


『お〜〜い、席に着け。ホームルームやるぞ』


担任の千葉先生がやってきた。

さっきの騒ぎは無かった事にされた。


「おお、東藤来たか?後で職員室に来い。渡す資料があるからな。じゃあ、今日は連絡事項は特にない。明後日の校外学習は資料の通りだ。何かあるか?………ないようなので今日も一日頑張ろう」


短いホームルームだ。

くどい話をされるよりマシだが……


そんなクソみたいな学校生活がまた始まる。





ユリアに救ってもらってから、いろいろな知識を得た俺は、学校の授業は割と簡単だった。

だが、どうしても古典だけは理解できない。

考古学者や歴史を生業とする職業ならば必要だと思う。

今を生きるのに精一杯の俺には、過去の産物を紐解くその意味が理解できない。


俺は休み時間、職員室に行き千葉先生の元に向かう。

渡された資料は、学校加入の損害保険の申告書と明後日行く校外学習の資料だ。


「東藤はクラスの中に仲の良い奴はいるか?」


わざとらしくそんな事を聞く先生は、俺がボッチなのを知ってるはずだ。


「いません」


「そうか、無理に仲良くなれとは言わないがお前から歩み寄る努力も必要なんだぞ。校外学習は、ウエノの博物館と美術館に行く。現地集合の現地解散だ。できればグループで周る事を推奨するが、まあ、努力してみろ。一人でも構わないがな」


言いたい事を言ってくれる先生だ。

俺の怪我の様子を尋ねる素振りも無い。

気弱で考え過ぎる奴なら自殺するレベルだぞ。


「はい、それで保険は先生に提出すればいいのですか?」


「書き終わったら俺でも保健の先生でもいいぞ」


「失礼します」


俺は職員室を出る。

保健の提出は保健の先生にしよう。


授業中は右手が使えないので慣れない左手で授業の内容をノートにとる。

そんな俺の様子をチラチラと鴨志田さんが見てるが、関わるとろくな事がないので気付かないフリをしている。



昼休み、雫姉の作ってくれた弁当を校舎を出て人のいない場所を探して食べ始めた。

すると、あの気配を感じて背後を見ると樫藤穂乃果が木の影から俺を見ていた。


「穂乃果、一緒に食べるか?」


「………た、食べます」


穂乃果を誘うと俺から1メートル離れて自分の弁当を開いた。

横目でその弁当を見ると、俺と同じ内容だった。


「雫姉に作ってもらったのか?」


「‥…は、はい。毎日作ってもらってます」


俺はその返答を聞いて首を傾げた。


「穂乃果はどこに住んでるんだ?」


流石に屋敷の中で一緒に住んでいたら気配でわかる。

では、どこ?


「お、お屋敷の稽古場の裏手にある家に住んでます」


そういえば割と立派なログハウスがあったけど、そこに住んでいたのか。


「そうだったのか、気付かなくて悪かった」


「‥…いいえ。気付かれない事が修行ですから」


普段からそう鍛錬してれば、その腕が確かなのもわかる。


「そうか、俺の手が治ったら1度手合わせして欲しい。リハビリも兼ねて組み手をして欲しい」


「はい!」


穂乃果は、それだけは元気よく吃らないで返事をした。



1日がこんなに長いとは思わなかった。

入院してた時が懐かしい。


放課後、校舎を出て歩いて帰る。

聡美姉のお迎えは目立つので自粛してもらった。


校門を出て駅へと向かう並木道を歩いていると声をかけられた。


「東藤君、東藤君」


この声は朝も聞いた。

俺は後ろを振り返ると走って追いかけて来たかのように息を切らしている鴨志田結衣がそこにいた。


学校では緑扇館高校で有名な美人らしい。

週に何度も告白をされてるが、全て断っていると男子が話していた。

そんな女が俺に何のようだ?


「もう、東藤君足が早いよ」


「何のよう?」


「そうそう、これ」


分厚い紙の束を俺に差し出した。


「何、これ?」


「東藤君が休んでた分のノートのコピーだよ。字が汚いけどそれは許してね」


「いいや、そんな理由で聞いたんじゃない。なんでノートのコピーを俺に渡す必要があるんだ?」


「休んでた分の授業が分からないと困るでしょう?その手だとノートとるのも大変みたいだし」


俺が聞きたいのはそういう意味ではないのだが……


「そうか、すまんな。この礼は必ずするから」


「いいよ。そんな事、それより今朝はゴメンね。私が話しかけたせいで……」


「鴨志田さんが謝る理由が見つからない。そもそも俺は気にしてないし」


「そんな事は嘘だよ。誰でも気になるに決まってるじゃない。東藤君は何時もそうだよ。心の中で押さえ込んで、いつか爆発しちゃうよ。窓から飛び降りた時みたいに。私、心配だったんだから」


本当に気にしてないのだが……

彼女には伝わらなかったようだ。


それと心配されてたようだ。

窓から飛び降りたのはメイが来たからなのにな……


「そうか、すまなかった。心配してくれてありがとう」


「うん」


そんな鴨志田結衣の笑顔が印象に残った。


でも、そんな時……


「グーグ、迎えに来たのネ」


メイがやって来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る