第20話 入院生活はお静かに(3)




聡美姉達が家に戻り、病室には見舞客は誰も居なくなった。

メイもユートンさんという話し相手ができたので前ほど俺の病室に来なくなった。


俺は少し眠くなり、うとうとしてるとスマホが振るえた。

メッセージがきたようだ。

俺はスマホを確認すると差出人はリリカだった。


〜〜〜〜〜

「具合はどうなの?」


「大丈夫だ」


「お見舞いに行きたいけど、時間が取れない」


「来なくていい。大した事じゃない」


「レッスンの時の写真を送るよ」


送られてきた写真には『FG5』メンバー全員が写っていた。


「頑張ってるみたいだな」


「うん、カズキも早く良くなりなさいよね」


偉そうなんだが……


「わかった。またな」


〜〜〜〜〜


あいつ、俺のID知ってたっけ?

そうか、マネージャーの蓼科さんから聞いたのか。


リリカも夏の武道館に向けて頑張ってるようだ。

ストーカー問題も一応解決したし、集中できるだろう。


俺は、そのまま眼を閉じて少し休んだ。




「東藤さん、東藤さん」


俺を呼ぶ声がする。


「東藤さん、起きて下さい。お風呂の時間ですよ」


寝てた俺を起こしてくれたのは若い女性の看護士さんだった。


「お風呂ですか?」


「ええ、今日はお風呂の日です。この部屋の皆さんはみんな入りましたよ」


そういえば、シャンプーや石鹸の匂いが部屋に漂ってる。


「俺はいいです。手がこれだし」


「大丈夫ですよ。私が介助しますから」


介助と言われても……


「さあ、行きますよ」


看護士の横須賀幸子さん、25歳ぐらいの女性に連れられて2階の奥にあるシャワー室に連れて行かされた。


病院の浴室だけあって至る所に補助の取っ手が付いている。

脱衣所で横須賀さんからビニールの中に両手を入れさせられた。

濡れるのを防ぐ為だ。


「これだと服が脱げないのだが……」


「私がするから大丈夫よ」


慣れた手つきで服といっても入院用のパジャマなのだが、スルスルとあっという間にパンツ1枚となってしまった。


「貴方、その傷凄いわね〜〜」


俺には額の傷の他に全身にいろいろな傷が残ってる。

背中の切り傷は特に大きい。


「大した事はない」


「虐待?それとも上級者?」


虐待はわかるが、上級者の意味がわからん。


「昔の傷だ」


「そう、この病院に入院してるくらいだから訳ありなのね。それにしても見事な身体つきだわ。見せる筋肉じゃなくって戦闘に特化したような‥…あ、ごめんね。ちょっと踏み込んじゃったわね」


「気にしなくていい。それより1人で大丈夫だ。これ以上は……」


「じゃあ、眼鏡を取って……」


俺の眼鏡を外した途端、横須賀さんは俺の顔を驚いて見てる。

そして、慌てて俺の長い前髪を掻き上げた。


「あ、貴方、カズキ君だったよね。凄いイケメンじゃない!」


「俺には顔なんてどうでもいい」


「そんな事ないわよ。普段から髪をちゃんとセットすれば……そうか、その傷を隠してるのね。確かに頭蓋骨が少し陥没してるけど、それほど広範囲じゃないわ。右目上の額だけだし髪の毛をそこだけ隠すようにセットすれば、イケるわよ」


「いいんだよ。俺はこれで」


「あっ、ごめんなさい。また、余計な事を言っちゃったわね。あまりにもイケメンだったんで驚いただけだから、その〜もったいなくって……」


「悪意がないのは分かってる。気にしなくていい」


「本当、私ってダメね。年下の男の子に自分の失態を慰められるなんて。じゃあ、お姉さんがお詫びにサービスしてあげるからね」


そう言って横須賀さんは、俺のパンツを下ろした。


「さあ、こっちよ」


横須賀さんに促され浴室に行くと、


「そこに座ってね」


椅子の上に腰掛けさせられて髪の毛を濡らされた。


「まず、髪の毛から洗うからね」


横須賀さんは、優しく髪を洗ってくれた。

他人に髪の毛を洗ってもらった覚えがあるのはユリアだけだ。

反対にメイの髪の毛はよく俺が洗ってあげてた。


「どう?痒いところある?」


「特にはない」


そんな会話をしながら慣れた手つきで髪の毛を洗ってくれた。

そして、スポンジに液体石鹸を含ませ、よく泡だてて背中を擦っている。

背中を優しく洗ってもらい、横須賀さんは『今度は前ね』と言って胸の部分から丁寧に洗ってくれた。お湯をかけて泡を落とすと


『失礼します』と言って……


『凄〜〜い、大きい』と言いながらモゴモゴと口を動かす横須賀さんを見て、どうしてこうなったのかを俺は考えていた。


〜〜〜


病院の浴室で全裸になっているのは俺だけじゃなかった。

浴室で洗い息をしながら、汗を流しに来たはずなのに2人とも汗まみれになってしまった。


話を聞くと横須賀幸子さんは、イメクラで働きながらこの病院の看護士もしてるらしい。20歳の時、看護学生だった横須賀さんはホストに入れ込みお金を貢がされたようだ。借金がまだ残ってるみたいでイメクラで働きながら看護士をしてるという。


特に普段偉そうな中年男性が自分の前では怯えながら『お許しを〜〜』と言われるのが快感らしく、言う事を聞かないお客は太い注射をぶっこむようだ。


どんなプレーなのかそれ以上聞くのはやめておいた。


2人とも服を着て髪の毛をドライヤーで乾かしてもらってると『普段はこんな事しないんだからね』と言ったり、『カズキ君だけなんだからね』とか言われながらドライヤーをかけてもらった。


そして幸子は……


「私、カズキ君の女になっちゃダメかな?」


と聞いてきた。


「幸子は男を見る目が本当に無いんだな」


俺みたいな奴に関われば幸せな暮らしなど出来ないと分かっているだろうに……


「いいの、たまに会ってくれれば」


「たまにならな……」


深く関わるつもりはない。

きっと幸子も同じだろう。


俺に手厚い?介助をしてくれた幸子さんに腕を組まれて、病室に戻ろうとした時、メイがやってきた。


「グーグ、そこにいたのネ。あ、グーグ、いい匂いがするのネ。お風呂入ったの?」


「あ、ああ、今上がったとこだ」


「いいな、メイは番は明日みたいね。男性の曜日と女子の曜日が交互みたいなのネ。だからユートンと一緒に拭きっこしたネ」


「仲の良い知り合いができて良かったな」


「うん、それよりその女は誰ネ。なんでグーグにくっついてるネ」


「看護士の横須賀幸子さんだ。お風呂の介助をしてもらったんだよ」


俺は両手をメイに見せる。


「ふ〜〜ん、そういう事なのネ」


メイはそう言っているけど、眼は鋭かった。





夕食を終えて、俺はこの病院の屋上に上がってみた。

3階建なので、見晴らしはそれ程良いものではないが、ネオンが眩いくらいに点滅しているのを見るのは綺麗だった。


今夜は風が強いらしく、生暖かい風にいろいろな匂いをのせて通り過ぎて行くのが都会らしい。

眼下には、酒や女を求めて人が行き交う。

繁華街から外れているとはいえ、欲望と隣り合わせのこの病院は、休む間もないのだろう。


「あっ、カズキ、ここにいたんだ」


俺を呼ぶ声、振り返ってみるとリリカが変装して立っていた。

あの野暮ったい眼鏡をかけて三つ編みにしている。


「お前、こんなとこに来たら不味いだろう?」


「大丈夫、変装してるし美晴さんが車で待ってるから」


マネージャーの蓼科美晴が送ってきたのか……


「忙しいのにわざわざ来なくても……」


「ちょっと寄っただけだから、それに今日から前の部屋に戻るんだ。今夜は美晴さんに泊まってもらうの」


「そうか……」


その時、突風が吹いた。

俺の髪は夕方洗ったままでサラサラだ。


髪が押し上げられ、メガネはベッド脇に置いてきている。


「カズキ……」


リリカは、俺の顔をジッと見ていた。

何だか小刻みに震えている。


「どうした?」


「ず、ずるいよ!カズキは!」


「ずるいって、なんで?」


「本当、ずるいんだから〜〜、カズキのバカ、アホ、アンポンタン、死んじゃえ〜〜っ!」


そう言って逃げるようにリリカは走り去った。


俺はわけがわからず、ただその場に立ち尽くしていた。



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