第19話 入院生活はお静かに(2)
紫藤さん夫婦の連絡が途絶えたと聡美姉から聞いて、まず思い浮かべたのが珠美の事だ。裏の世界では良くある事だが、残された珠美が不憫だ。
「その情報は確かなのか?」
「定時連絡が無かったから、こちらからかけてみたんだけど電波の届かない地域か、って言うお決まりのメッセージが流れたの」
という事は、まだそうと決まったわけではない。
「そうか、静香さんも同じか?」
「ええ、そうよ。どうしよう。このまま紫藤さん達が居なくなったらタマちゃんになんて言えばいいの?」
「まだ、諦めるのは早い。もう、2、3日連絡を入れるんだ。本当に電波の届かない場所に居るのかもしれないだろう?それに紫藤さん達が何の目的で出張に行ったのか俺は知らない。聡美姉は知ってるのか?」
「聞かされてないよ。秘密の任務なんだって。どこに行ったのかも知らないんだよ」
「せめて依頼主がわかれば、場所ぐらいわかるだろうけど」
「それは知ってるの。白鴎院家の総代からだよ」
「白鴎院家か……」
百合子の家からの依頼。
依頼内容が気になるところだが……
「でも、総代からの直接依頼だと言ってたから私が聞いても教えてくれないと思うよ」
依頼の内容は様々だ。
個人的な依頼もある。
場所を聞くのも無理かもしれないな……
定時連絡がないという事は様々な理由がある。
この場合の生存率は五分五分だ。
望みはある。
「遊びに来たよ〜〜」
その時、メイファンが自分の病室から遊びに来た。
一緒に20代前後の色っぽい女性を連れている。
「あ、グーグのお姉さんと嘘ついてる狸女ネ。グーグ、この女に近づいたらダメなのネ」
「あっ、狐女。私は嘘はついてません。カズ君のお姉ちゃんなんです〜〜う」
俺の手術中に話でもしたのだろうか?
仲悪いのか?
「メイ、この人は戸籍上の従兄弟になる。俺のお姉さん的な存在だ。メイもしっかり挨拶してくれ。聡美姉のところに住まわせてもらうんだからな」
そういうと、聡美姉はドヤ顔をし、メイは項垂れた。
「わかったネ、でも妹の座はあげないネ。それはメイのものネ!」
「わかったわ。こっちこそ姉の座はあげないからね!」
この2人は何を争っているのだろうか?
「ところでそちらは誰なんだ?」
メイの脇でことの成り行きを見ていたその女性はわけがわからないようだ。
『この人は同じ病室の
中国語でその女性の事を話した。
『それは災難だったな』
『そう、騙されたのヨ。日本のお酒出す店で働いたらお金たくさんあげると言われて
同じ出身国の女性に共感したのか……
『メイ、理由はわかった。ユートンさんはどうしたい?』
俺はユートンさんに声をかけた。
メイの早とちりの可能性もある。
『私、お金もらえればそれでいい。あの男は嫌いだけどそんな男はどこにでもいる。きちんと働いた分のお金欲しい』
うん、まともな人だ。メイが少し暴走してるみたいだな。
『メイ、お金の回収が最優先事項だ。今まで働いた分と怪我した分の治療費と賠償金の回収だ。男の事は少し痛めつけるだけで良さそうだぞ』
『グーグは甘いネ。そんな悪い男、他にもきっと女を泣かせてるネ。絶対、始末するべきネ』
メイならそう言うだろうな……
俺も日本じゃなかったら殺してたし……
ここは迷惑かけるけど聡美姉に頼もうか……
俺は聡美姉を見ると、
「いいよ。私がいろいろ調べてあげる」
聡美姉も中国語を理解してるようだ。
『メイ、聡美姉に相談しろ。ここは日本だ。日本の流儀がある。メイは日本をよく知らないだろう?』
『この狸女に?』
『そう、狸女じゃなく、聡美姉だ』
『うぬ……わかったネ』
メイは何だかんだ言って頭の良い子だ。
今、どうするのが最善か理解している。
「聡美姉、話を聞いてもらってもいいかな?これにかかる費用と報酬は俺が出すから」
後でメイから回収するけど……
俺達はただ働きはしない。
それがルールだ。
「わかったわ。じゃあ、あっちの談話室に行こう。病室で話す話じゃないしね」
聡美姉はメイとユートンを連れ出した。
この病室には、その男の関係者がいるかもしれない。
これ以上の情報漏洩は命取りだ。
幸いこの部屋からメイ達の後を付ける人間はいなかった。
◇
俺が動かしづらい手でスマホで投稿小説を読んでいると、今度は雫姉と珠美が一緒にお見舞いに来た。
「カズお兄ちゃん、ケガだいじょうぶ?」
「ああ、お迎え行けなくてすまなかった」
「ううん、ほのかちゃんが来てくれたからだいじょうぶ」
樫藤穂乃果が代わりに行ってくれたのか……
「カズキ様、メイファン様は明日退院出来るそうです。今、先生に会ってお話しして下さいました。家でお預かりしてよろしいのですよね?」
「うん、さっき聡美姉にも頼んだんだ。少し我儘な奴だけど宜しくお願いします」
「はい、お願いされました。美味しいものをご馳走したいと思います」
「あ、あいつ結構料理できるんで使って下さい。中華は得意ですよ」
「本当ですか?それでは歓迎会は中華料理に致します」
「あの、サンバはなしでお願いします。驚いて攻撃してくると厄介ですから」
「はい、あれはカズキ様だけです‥‥うふふ」
そんな雫姉は意味深な微笑みを浮かべた。
珠美はベッドに腰掛けて、俺が見ているスマホを覗いている。
「字ばかりでつまんない」
「そうか、他に面白いものを俺は知らないんだ」
「ゲームとかできるよ。お父さん、女の人がたくさん出てくるゲームしてたもん」
どんなゲーム何だ?
「珠美様、そろそろお屋敷に帰りましょう。夕食の用意もありますしお買い物もしないといけませんから」
「え〜〜今来たばかりだよ〜〜」
「幼稚園の帰りに寄りましたから、汗もかいております。お着替えしないといけませんし」
「まだいるもん。カズお兄ちゃんとお話あまりできてないし」
この場合、俺はどちらの味方をしたら?
『今度は可愛いお見舞い客だな』
ジャスティンさんが珠美を見てそう言う。
『俺にも国に同じぐらいの子供がいる。10人ほどな』
『10人もですか?』
『ああ、みんな母親は違うがな。わははは』
うん、こいつはダメな男だ……
『確かに可愛い。小さい妹と同じ歳ぐらいだ』
今度はグエルさんが話しかけてきた。
『妹さんがいるのですね?』
『ああ、10人いる。弟4人、妹6人』
『そうですか、みんなに会いたいでしょう?』
『ああ、もちろん。早く退院して働いて仕送りしないとあいつら食うに困るからな』
家族思いの人のようだ。
『それにしても小さい子はいいね』
韓国籍のキムさんもこちらを見ながら話しかける。
『小さい子好きなんですか?』
『そう、大人の女性は強くて怖いしね。小さい子はマジ天使だよ』
キムさんが珠美を見る目はどこか怪しい。
もしかして小さい子が好きなあの属性か?
『キムさん、この子は知り合いの大切な子ですから、変なことしたら起こりますよ』
『わははは、知り合いの子には手を出さないよ』
知り合い以外なら出すのか?
ここに珠美を居させるのはマズい気がする。
「珠美、俺は大丈夫だからメイの事を頼むよ」
「メイってあの泣き虫な狐さん?」
「ああ、泣き虫な女の子だ。俺の妹みたいな子でもある。仲良くしてくれると嬉しい」
「わかった。泣き虫な狐さんと仲良くする」
すると、聡美姉とメイ達もやって来た。
話が終わったようだ。
「カズ君、こっちは話しつけといたよ。狐女……メイちゃんが退院してから挨拶に行ってくるね」
メイがいるなら大丈夫か……
嫌、居た方が危ない気がする。
『メイ、わかってるだろうな?ここは日本だからな』
『問題ないネ。郷に入ったら郷に従って上下運動するネ。白いの出て早く終わるヨ』
はっ!?こいつ何言ってるんだ?
『とにかく、聡美姉の言う事を聞くんだぞ。わかったな』
『仕方ないネ。狸女……聡美の言う事を聞いてあげてもちょっとはいいネ』
はあ……メイなりの譲歩なのだろうが不安だ……
『すみません。ご迷惑かけます』
そう言うリー・ユートンさんだけがまともな気がする。
◆
少し時間が遡った緑扇館高校。
2年C組、朝のホームルームでは……
「おい、席につけ。ホームルームを始めるぞ」
2年C組の担任、千葉源五郎。36歳独身が名簿を片手に教室に入って来た。
騒がしかったクラスは、静かになる。
千葉先生はクラス全体を見渡して
「欠席は東藤だけだな。東藤は怪我をして入院したと保護者の方から連絡があった。2週間は入院するみたいだ。それと昨日の小屋が爆発した件は調査中だ。現場には近寄らないように。では、以上だ」
担任の千葉が出て行くと1時間目から移動教室での授業だ。
みんな教科の用意をして移動を始める。
「なあ、東堂って誰だっけ?」
「確か帰国子女の奴じゃね?」
「ああ、居たな。陰キャの奴か」
「そう言えば、昨日の爆発の時、廊下に出てなかったか?あいつ」
「俺もみたぜ。いきなり窓の外に落ちたんだよな」
「爆発に驚いてパニクって窓から落ちて怪我するなんてバカなのか?」
爆発でパニクって窓から落ちた男、というデマ話が学校中に広まるのはとても早かった。
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