第18話 入院生活はお静かに(1)



左頬に涼しい風が当たる。

両腕に痛みが走る。

だけど、俺の右頬は柔らかな感触に包まれていた。


「グーグ、起きたネ」


俺は意識を覚醒して、今の状況を判断する。

どうやらメイファンに膝枕されてるらしい。


「ああ、どのくらい俺は意識を失ってた?」


「1時間くらいネ。私もさっき起きたネ」


先に目を覚ましたメイファンに介抱してもらったようだ。

俺た腕と砕けた手の甲に、手当ての痕があった。


「メイファンの具合はどうなんだ?」


「急所は外れている。問題ないネ。というよりグーグは甘いネ。あそこは確実に急所を狙うのが常套ネ」


「甘いわけではない。そこしか狙えなかったんだよ」


犯罪組織に売られたメイファンは、小さい頃からとても強かった。

それをユリアと俺が足りないところを訓練したのだから、強さに磨きがかかるのは言うまでもない。


「初めてメイファンに負けたな……ちょっとショックだよ」


「グーグは武器を持ってなかったね。フェアな戦いではなかったヨ」


「殺し合いにフェアもクソもない。結果が全てだ。完敗だよ」


俺はポケットからスマホを取り出そうとしたが手が上手く動かない。


「悪いが、俺のポケットからスマホを取り出してくれ」


「いいよ。ちょっと待ってて」


メイファンが制服のポケットを探る。

手にしたスマホを俺に見せた。


「何するネ?」


「時間を知りたかっただけだ。今は午前11時か……家に帰って委員会出る時間まで結構、余裕がありそうだ」


俺はメイファンの膝枕から起き上がり、彼女の顔を改めて見る。

切れ長の狐目が少し潤んでいた。


「どうしたんだ、メイ」


俺は昔の呼び名で呼んだ。


「やっと昔みたいに呼んでくれたネ」


「そうだったな。メイ、強くなったな。頑張ったんだな」


「グーグ、メイは寂しかったネ、あの時、我儘言って悪かったヨ……」


「俺もだ。ずっと心に引っかかっていた。メイを置き去りにした俺が悪い。すまなかった」


『うえ〜〜ん、え〜〜ん』


メイの目から堪えていた涙が溢れ出てきた。

俺は痛みがある手をメイの頭に置く。

顔を胸に押し付けて小さな肩を揺らしている。


子供だと思っていたメイはいつの間にか女性の香りを身に纏っている。

汗と混じったその香りは甘酸っぱく、そして心地良い。


メイは、俺の胸の中でしばらく涙を流していた。





タクシーを河原に呼んで、俺とメイは聡美姉の屋敷の門の前で車を降りた。

勝手に入ると対侵入者用迎撃システムが起動するので、俺はインターホンを押す。


そう言えば門の解除キーは、教えて持っらってないな……


「あら、カズキ様、どうされました?今、開けますから」


雫姉が門を開けてくれたので、俺とメイは中に入る。

玄関まで慌てて出てきた雫姉は傷だらけの俺を見て驚いてる。


「カズキ様、どうしたんですか?それとその方はお知り合いですか?」


「大した事はない。腕の骨が折れて手が砕けただけだ。それと彼女はメイファン、ユリアと暮らしていた時に一緒にいた女性だ」


「カズキ様、その怪我を大したことがないとは言いません。それと、メイファン様、カズキ様もどうぞ中へ」


雫姉に言われて俺もメイも家の中に入る。

そして、今までの事を話すと、直ぐに知り合いの医者を手配してくれた。

車で近くの知り合いの医者に連れて行かされると、直ぐにレントゲンを撮り、それを見た医者が驚いて緊急手術となった。


メイも腹部の損傷具合を調べる為、レントゲンとCT検査が行われたが、内臓に損傷がない事がわかり、大事をとって2〜3日入院する事となった。


俺の手術は腕の骨折は大した事がなかったが手の甲の損傷が酷く、骨が砕け神経が千切れている可能性があった。

最悪の場合手が動かないと言われたが担当した医者が名医だったのか、無事手術は成功した。


その結果、俺は2週間の入院生活を余儀なくされたのだった。



夜中、眼を覚ますとメイが点滴をしながら俺の寝ているベッドに俯して寝ていた。


自分のベッドを抜け出してきたようだ。


「おい、メイ、起きろ」


「ふにゃら、ほにゃらら……」


何だ?その間の抜けた寝言は……


「おい、メイ、ちゃんと自分のベッドで寝ろ。巡回の看護士さんに怒られるぞ」


「にゃらほにゃら……グーグ?」

「そうだ、自分のベッドで寝ろ。風邪引くぞ」

「平気なのネ〜〜」


「平気じゃありません。自分のベッドに戻りますよ」


看護士さんがやってきてメイを強制連行して行った。


委員会に出られなかったな。それと珠美の迎えも行けなかった。

珠美、怒ってるかな……


俺は、珠美に対して約束を破ってばかりいる。

会ったら謝ろう……





俺とメイファンが入院している病院は、日下くさか病院というシンジュクの繁華街の外れにある3階建てのビルの病院だ。


1階は普通の診察室、地下に検査室と手術室があり、2階、3階は、入院施設となっている。


俺は2階の4人部屋に入院している。因みにメイファンは3階だ。


この医院は、戦後の混乱期からあるらしく、軍医だった先代から今は2代目らしい。


医院長は、現在お婆さん医者でその孫の日下みどりが医学部を卒業してお婆さん医者を手伝っているらしい。


自由診療がメインらしく、たまに保険適用の患者も受け入れている。


そんなわけで、ここに入院している患者は訳有りの患者ばかりで、俺以外この部屋に入院しているのは外国人だったりする。


俺の隣にはフィリピンの男性、年齢は40歳前後。

タガログ語か英語、あと片言の日本語が話せる。

名前はジャスティンと言い、日本とフィリピンの密入国の案内人らしい。


俺の真向かいはベトナムの男性、年齢は20歳前後。

ベトナム語と英語、日本語は片言だ。

名前はグエン、職業研修で日本に来てそのままビザが切れても日本の繁華街で働いているという。


そしてもう1人は、韓国の男性、年齢は25歳前後。

韓国語と片言の英語と日本語が話せる。

彼の名はキム・シウと言いシンオオクボで韓国料理店で叔父の手伝いをしているがビザ切れらしくここの医院で世話になっているようだ。


この部屋の人達は、みんなどこかしら骨折している。

ここは整形外科の部屋らしい。


そんな怪我人ばかりなので、内臓疾患の患者と異なり元気が溢れている。

フィリピン男性ジャスティンは『今度良い女を紹介するよ』とタガログ語で話しかけてくるし、ベトナム男性のグエンは、家族の事をベトナム語で話してくる。

韓国の男性キム・シウは料理の事ばかり韓国語で話してくる。


俺は東南アジア系の言語は、少数部族の言語以外は殆ど話せる。

俺みたいな日本人が珍しいのか、それとも自国語で話せる事が楽しいのか、俺の入院生活は賑やかなものとなった。


そんな賑やかの中、メイファンも加入するので更に騒がしくなる。


『野郎ども、静かにしろーー!!』


騒がしい病室に現れた日下みどり先生。

医学部を卒業したばかりだが、小さい頃からこの医院に遊びに来てたらしく裏社会では「鬼っ娘」と呼ばれるほど有名らしい。


「随分騒がしいな、お前のせいか?はあん?」


医者というよりどこぞのヤンキーだ。

俺とメイファンを見て『チッ!』と舌打ちしたりする。


「ほらほら、ここはラブホじゃねぇ、お前は3階だろう?さっさと戻んな」


「いやネ、グーグとは離れないネ」


「グダグダ煩いんだよ!良い度胸じゃねぇか、これでもくらえ〜〜必殺梅干し攻撃!」


みどり先生はメイファンの両目脇に拳でグリグリと攻撃している。


「痛い、痛いネ〜〜、やめて〜〜」


メイファンの絶叫が騒がしい病室を沈黙させた。


『あれは痛いぞ』

『日本の女性は怖い……』

『くわばら、くわばら』


みんなの言いたい事はわかったけど、韓国語に『くわばら、くわばら』ってあるのか?


「さあ、観念して病室に戻りな!」

「わかったネ、戻るから〜〜」


メイファンを言うこと聞かせるとは、ユリア並みの女だ。

そんなメイファンは、頭を両手で抱えながらシブシブ自分の病室に戻って行った。


「さて、静かになったし、診察するぞ。お前ら覚悟はいいか!」


「「「ひえ〜〜」」」


俺以外の3人は、怯えまくっている。


「始めはジャスティン!お前に決めた!」


『ギャッーー!!』


カーテンに遮られた中からジャスティンの悲鳴が聞こえる。

マジで、何が起きてる?


「ふう〜〜堪能したぜ。次はグエン、貴様だーー!」


『ギョエ〜〜!!』


グエンの変わった悲鳴が聞こえた。

あの叫び声はお国柄なのか?


「はあ〜〜まずまずだな。キム・シウ。覚悟しろ!」


『ヒャホ〜〜!』


どんな診察してんだ?

ヒャホ〜〜って悲鳴?


「まだまだだな。さて、最後は東藤和輝、お前は渾身丁寧に診察してやるからな」


俺のところにやって来てカーテンを閉めると、包帯を取り替えてくれた。そして「これ痛いか?」と言いながら骨折した箇所に力を入れる。


「うお〜〜!」


「痛いか、そうか、そうか」


みどり先生は何故か嬉しそうだ。

俺は、みんなの悲鳴の原因が良くわかった。





午後からは一般の面会が許可される。

俺のところに始めに来たのは聡美姉だった。

俺を見るなり、駆け寄って抱きしめられた。


「カズ君、心配したんだからね」


涙声でそう呟いた。


「すまない。心配かけたようだ」


「本当だよ。雫姉から聞いて驚いたんだから。昨日の手術の間も心配でどうにかなっちゃうんじゃないかって思ったんだから」


「悪かったよ。ところで、俺のところに来たメイファンのことなんだけど……」


「カズ君に怪我させた子だよね。どうして戦ったりしたの?」


「俺達の挨拶みたいなものだ。勿論、昔のね」


「挨拶にしては過激すぎない?他に方法はなかったの?」


「ああ、これは必要な事だったんだ。だから、メイファンの事を悪く思わないでほしい。それと……」


「わかってるよ。うちに住んでもらうよ。カズ君が退院したらどうするか考えればいいでしょう?うちは部屋だけはたくさん余ってるしね」


「ありがとう。感謝するよ、聡美姉」


取り敢えず、メイファンが退院した後の行き先を確保できた。

俺が退院したらどうするか、その時相談すればいい。


「それから、これはまだオフレコなんだけど、紫藤さんと奥さんの連絡が途絶えたの」


えっ……出張先で何が起きたんだ?

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