第17話 その者は……



学校の廊下でおそらく小屋を爆発させた者と対峙している。

その者は、俺を見つけるとフルスピードで迫ってきた。


だが、俺に迫る2メートル先で『ガキーーン』と激しい金属音が響く。

ナイフとナイフが交差した音だ。


俺の前で二つの人影がナイフを交差させて睨み合っている。

生徒達からは教室の壁で見えてないはずだ。

それに外の爆発でそれどころではない。

だが、さっきの金属音でこちらを振り返った生徒が何人かいる。


このまま、ここにいてはマズい。


「おい、こっちだ」


俺は廊下の開け放たれてた窓から、外に飛び降りた。

2階程度なら問題ない。

そして、2つの人影も別の窓から俺に続いて飛び降りて来た。


俺を守るように戦っているのはおそらく2年A組の樫藤かしふじ穂乃果ほのかだろう。


そして、相手は……


『もう、せっかくにグーグに会いに来たのに、なんなの、こいつ!』


お互いナイフを手にして襲いかかる。

激しい戦闘が始まり、俺は隙を伺って2人の間に素早く入り、ナイフを持つ手を押さえた。


「そこまでだ!穂乃果、メイファン」


すると2人は力を抜いた。


「初めましてだな。樫藤穂乃果」


「……は、はい」


俺が穂乃果を見ると顔を真っ赤にして俯いた。

小柄の女性、身長は150センチ弱か?

黒髪をボブカットにしてるお人形みたいな女の子だ。


『メイファン、いつここに来た?ここは日本だ。物騒な事はやめろ』


俺は中国語でそう話す。


『グーグ、会いたかったネ。ユリアはキライネ。グーグと離れ離れにしたヨ』


こいつはメイファン。

ユリアと一緒に東南アジアの組織を潰した時に、刺客として育てられていた中国系の少女だ。


2年ほど一緒に暮らした仲でもある。

メイファンは俺の事をグーグと呼ぶ。

中国語で『お兄ちゃん』という意味らしいが恋人の愛称として使われているようだ。


「ここではマズい。移動するぞ」


俺は穂乃果とメイファンにそう伝えた。

穂乃果は『うん』と首を縦に振り、メイファンは俺の腕に抱きついた。


人目のないところまで移動して、俺はまず樫藤穂乃果に話をする。


「さっきは済まなかった。しかし、凄い腕だな。速度も体術も惚れ惚れする程だ。特に隠形が凄い。聡美姉達に言われるまで今まで気づかなかったぞ」


「‥‥まだ、私は修行中の身です」


もう十分だと思うが……


『メイファン、挨拶にしてはやり過ぎだ。それと小屋を爆発させるだけなのに火薬の量が多いぞ。もう少し量を加えれば爆風で窓ガラスが割れて怪我人が出てたぞ」


『出来るだけ派手にしたかったネ』


『わざとかよ‥…はあ、でも久しぶりだな。可愛くなったぞ』


『はふぅ〜〜、グーグは意地悪ネ。突然、そういうこと言うのはいけないことネ!』


メイファンは、実際の年齢はわからないが、俺より2〜3歳下だと思う。

揶揄うと面白いのでつい昔の調子で話してしまった。


「メイファン、日本語を教えたろ?もう、忘れたのか?」


俺はメイファンに日本語を教えてた。

当時は、問題無く会話できてたはずだ。


「覚えてるよ。グーグ。えへへへ」


ちゃんと覚えていたようだ。

俺はメイファンの頭を撫でる。


「というわけで、こいつは俺の知り合いだ。穂乃果も悪かったな。今まで陰から俺をサポートしてくれたんだろう?」


「……た、たいした事はしてない。貴方を悪く言う奴がいたらバケツで水をかけたり、トイレに行く時は漏れたら大変なので人払いの結界を急いで張って直ぐにでも用を足せるくらいしかしてない」


気付かないうちにいろいろしてくれてたようだ。

内容はちょっとアレだが……

でも、俺も気付かない人払いの結界は興味がある。


「さて、どうするかな?」


学校にサイレンを鳴らして警察が来た。

野次馬もかなり集まってる。


「取り敢えず、俺はメイファンを家に連れて帰るよ。今日は委員会があるからまた、来るけど」


「……わ、私、戻る」


「そうか、では解散だな」


穂乃果は、クラスに戻って行った。

俺は、誰にも見つからないようにメイファンを連れて屋敷に戻るのだった。





幸いにも制服のポケットに財布とスマホがある。

荷物はそのままにして、学校を囲んでる塀をメイファンと一緒に飛び越えた。


「どうやってここまで来たんだ?」


「ユリアに途中まで潜水艦で送ってもらったネ。それから泳いで陸まで来たヨ」


俺の時と一緒だな……


「グーグ、あれ食べたい」


並木道にある和菓子屋さんの店頭でみたらし団子を売っていた。


「わかったよ」


店頭で5本セットのパックに入った焼きたての団子を買う。


「そこの公園で食べよう」


小さな児童公園のベンチに座って買ったばかりの団子を食べる。


この時間は近所の子育て中の奥さんが何人か集まって井戸端会議をしてる。子供は砂場で山を作っていた。


「これ、おいしいネ」

「確かにな」


砂場で遊ぶ子供達を見てると思う事がある。

俺もメイファンもああやって普通に育っていれば、今頃どうなっていただろう。


「ユリアはどこに行ったんだ?」

「マレーシアに行くと言ってたネ。理由は知らないヨ」

「なぁ、メイファン……」

「なんだ、グーグ」


俺はメイファンを沙希の代わりと思って可愛がった。

それは、メイファンにとっては失礼な事だったと思う。

俺が日本に行きたいとユリアに言った時、メイファンは反対した。

その理由をメイファンに告げると彼女は凄く落ち込んだ。

俺は、メイファンと喧嘩状態で日本に来たんだ。

そのメイファンが今ここ日本にいる。


「さて、行くか」

「そうネ、グーグ」


俺とメイファンは、何も無かったかのように昔話に花を咲かせて、電車に乗りそして屋敷ではなく近所の河川敷に来た。


「グーグの家は随分、自然に溢れてるネ」


「ああ、ここなら誰にも邪魔されないだろう?」


「そうネ、どちらが死んでも川に放り込めば楽ちんネ」


仕掛けたのはメイファンからだった。

一瞬で俺の間合いの内側に入り込む。


屈んだ姿勢のままメイファンはナイフを下から俺の喉に向けて振ってきた。

俺は後ろに退け反りその攻撃を躱す。


俺は態勢を整えてメイファンの足を払う。

しかし、それはメイファンのジャンプで虚しく宙を切った。


飛び上がったメイファンは上からナイフを振り下ろした。

俺は、肩に背負っていたバッグでそれを受ける。


メイファンが普段使う武器は二本のトンファーだ。

まだ、彼女はそれを出していない。

おそらく、黒いパーカーの下に隠しているはずだ。


「メイファン、腕が上がったな」

「そういうグーグは鈍ったネ」


メイファンは着地と同時に足蹴り連続攻撃を仕掛けてきた。

的確に急所を狙ってきている。


「メイファンにはもっと明るい色が似合うぞ。赤い服とか着れば可愛くなるぞ」


「服など着れればいいのネ。グーグを殺してグーグの着ている服を戦利品にするからメイは困らないネ」


メイファンは靴の先と踵に仕込んであるナイフを露出させて攻撃している。


俺の制服は、ナイフの先端に掠って切れ始めた。


メイファンはバク転したり逆立ちしながら脚を開いて回転させるアクロバット攻撃を仕掛けている。


さすがに俺も全て避け切る自信はない。


仕掛けるか……


昔ならナイフ、拳銃は常備していた。

ここは日本だ。持ち歩いているだけで捕まる。


俺はメイファンの攻撃を躱しながら、バッグから筆箱を取り出してシャーペンを握る。


そのシャーペンでメイファンのナイフ攻撃を捌く。


『グーグ何それ?そんなもので私の攻撃を受けるなんてバカにするのもいい加減にするネ』


メイファンは、怒ってるのか中国語で捲したてる。そして黒の上着のパーカーからトンファーを取り出した。


本気で俺を殺しにくるようだ。


「ハァーー!!」


掛け声と共に両手に握ったトンファーが回転しだす。

メイファンの間合いはさらに広がった。


そして……


連続で両手に握ったトンファーを操り攻撃を繰り出すと、メイファンは薄っすら笑みを浮かべた。


「グーグどうしたネ。日本に来て本当に鈍ったネ。もう、メイの敵ではないネ」


前なら避けるにしても余裕があった。

でも、今はメイファンの攻撃を避けるだけで精一杯だ。


日本に来てからはクズ仕事しかしていない。

人も殺さず、ただ普通の高校生として暮らしていた。

それでも、鍛錬は欠かしていなかったのだが、ぬるい生活の中で命のやり取りをしてこなかったツケが今現れている。


「ハイッ!」


メイファンの右手のトンファーは上段から、左手は下段から俺に振り向ける。


マズい……


俺は半回転して上段の攻撃は右足の裏で、下段の攻撃は左手に握ったシャーペンで防ぐ……が


左手のシャーペンが砕けて折れた。

メイファンのトンファーは俺の左上腕部に命中した。


『ミシッ』


明らかに骨が折れてる。

左手が思うように動かない。


「獲ったネ」


更に追い討ちをかけるメイファン。

技を繰り出すスピードが上がってる。

トンファーを扱いながら、その合間に二段蹴りを入れてきた。


だが、俺はその蹴りを右手の甲で受けて一気に懐に入り込む。

そして……


俺の蹴りは、メイファンの腹に減り込み、メイファンの蹴りは俺の右手の骨を砕いた。


『うっ……』


左腕と右手を砕かれた俺に、これ以上メイファンの相手をするのは無理だ。

それに、トンファーが俺の後頭部に当たっていた。


仰向けに倒れ込む俺。

メイファンも疼くまってそのままうつ伏せに倒れた。


「はー、はー」


俺の意識は辛うじてある。

メイファンは気絶したようだ。


だが、直ぐにでも眼を覚ますだろう。


「相討ちか……いや、俺の負けだ……」


俺も意識を手放した。

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